第44話 社内プレゼン
朝、6時。
私はスマホのアラームが鳴る前に目を覚ました。
いつもより1時間ほど早い起床時間だが、眠気も感じなかったので身体を起こした。
カーテンを開け、朝の日差しを浴びる。
洗顔を済ませると、鏡の中の自分に「よし」と意気込む。
今日はついに社内プレゼンの日だ。
出勤の準備をしながら、本番で話す内容にもう一度目を通した。
家を出ると、薄手のトレンチコートでは肌寒いくらいの気温だった。
マフラーを首元に巻き、会社へと向かった。
午後、定例会の時間5分前になると、同僚たちが続々と会議室に入ってくる。
席が決まっているわけではないが、自然と奥から役職順に並んで座っている。社会人の暗黙の慣習ともいえる。
そして、最後に野上部長が上座の席に座る。
今日は例外的に、私たち3人は野上部長と相対した真向かいに横並びで座っていた。
室内の雰囲気に緊張感が漂う。会議の前に談笑する者もいなかった。
これから私たちのプレゼンを見定めようとしているのだから当然の様相ともいえる。
進行役が軽く咳払いをすると、開始の号令を送る。
普段通り報告を各チームが淡々と進める。
そして、議題の最後に私たちのプレゼンの出番となる。
私は左右の顔を見合わせ、ともに力強く頷いた。
「さあ、君たちの話を聞かせてくれたまえ」
「はい、私たちの考えでは…」
静まり返った会議室で私たちの発表が粛々と進められる。
前野と奥村を含めた5人でまとめたアイデアを交代しながら話す。
自分の担当分を話しながら周りの様子を窺う。
だが、私たちの資料を見ているからか顔を伏せている者が多く、プレゼンの感触は掴めなかった。
途中、高須が慌てて話を飛ばしてしまった部分もあったが、友香がうまくフォローしていた。
野上部長は終始口を挟むことなく、話に耳を傾けていた。
「これで私たちの提案は以上です」
暫く沈黙が続く。誰もが部長の言葉を待った。
「君たちの話はわかった」
私たちは彼の言葉に息を呑んだ。
「これを実現したら年間目標を達成できるというのかね?」
「必ず達成できるとは言えないかもしれません…ですが、何もやらないよりはこの案で進めた方が達成に近づくことができると考えています」
「それはもちろんそうだろう。私もこの案は検討の余地があると思っている」
「で、では…!」
「だが、私にはこれだけでは不十分だと感じた。この内容では受動的要素が強い。もっとこちらから呼びかけるような能動的な案が必要だとは思わないか」
部長は頭ごなしに否定しているわけではない。冷静に話を聞いたうえで判断をしている。
今までの苦労が水の泡になってしまったような虚しさが押し寄せてくる。
他人任せの内容と言われれば返せる言葉はない。
しかし、そこまで否定されてしまうと虚しいというよりも悔しいという思いに変わっていく。
「では、私の意見を皆に聞いてもらいたい」
予想外の展開に耳を疑った。
部長は自らこういった話をする人ではない。部下からの意見に正誤を告げ、書類にハンコを押すのが主な業務と言っても過言ではないのだ。
少なくとも私が配属されて以降、彼が自ら進んで意見を述べるところを聞いたことはなかった。
そんな彼の手には1枚の契約書が握られていた。
「ここに、マルイホールディングスの契約書がある。年末に行うイベントのプロモーションをうちに任せてくれるそうだ」
「え!?」
マルイホールディングスといえば、IT業界で知らない人間はいないほどの大手企業だ。
緊張が解けた高須が机に伏せ、その両腕から童顔を覗かせる。
「そんなのがあるなら早く言ってくださいよ〜」
「高須くんにあそこまで言われたら私だって引き下がれないだろう。ツテを使って頑張ったんだよ!」
部長の思いも寄らない切り札に驚きを隠せなかったが、ここまで彼を突き動かしたのは高須のおかげともいえるだろう。
「私だって汗水垂らして頑張ったんだよ!!もっと褒めてくれたっていいだろう!!」
あまりの悲痛な叫びに、その場にいる人全員が圧倒されてしまう。
ようやく彼の希望に応えるようにパラパラとした拍手が遅れて贈られた。
「まあ、ただ及第点くらいはあげてもいい。遅滞なく業務しながら、これだけのデータをまとめたのは大したものだ」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、ただ社会人としてやっていくならもう少し上と上手く付き合うことだな」
高須に釘を刺すと部長は会議室を後にした。
部長に最後全てを持ち去られた気がするが、それよりもどうにか自分たちの立場を死守できてほっとひと息ついた。
すると、今までの静けさが嘘だったかのように、周りがざわめき始める。
私たちは労いの言葉を四方から掛けられる。
友香と高須と目を合わせ、笑顔でハイタッチを交わした。
その後、部署では定例会のことがなかったように通常業務に戻っていた。
退勤後、オフィスを出たところで高須から声を掛けられる。
「あの、中城さん」
「高須くん、お疲れ様!」
「あの、中城さん、実は折りいってお話があって…」
いつも素直に話す彼が遠回しな言い方をするのが引っかかった。
余程の事情があるのだろうと察する。
彼に向き直り、話の続きを待った。
「俺、実は…」




