第43話 看病 その2
目が覚めたとき、無意識的に寝返りを打った。
身体はまだ倦怠感を訴えているが、多少ましになった気がした。
もう少し寝たい気持ちもあったが、横になってもこのまま眠れそうにもなかった。
部屋全体が視界に入るが、電気が消されているので見通しは悪い。
だが、目が暗闇に慣れるまでもなく、家具の配置から俺の部屋であることは間違いない。
どれくらい眠っていたのだろうか。
ぼんやりとした頭が少しずつ冴えてくる。
スマホを見ると、あれから2時間くらい眠っていたようだ。
(さすがに帰ったか…)
室内には眠る前にいたはずの草太の姿は見当たらなかった。
俺は起き上がると部屋のスイッチをつけると、サイドテーブルに乗っているグラスを持ってキッチンに向かう。 蛇口から水を注ぐと、一気に飲み干した。
散らかっていた部屋はきれいに整理整頓されていた。
ここに彼がいたことは紛れもない事実ということだ。
まだ草太の中に俺という存在がいる。俺のために看病しに来てくれたことが素直に嬉しかった。
机を撫でながら、にやつく顔を抑えるように口元を手で覆う。
すると、部屋の扉に鍵が差し込まれた音がする。
一人暮らしの俺がいるのに誰が部屋に入ろうとしているのか、そんな疑問の答えが出る前に扉が開いた。
そこには帰ったはずの草太がいた。
「あ、陽介起きた?」
買い物袋をテーブルにおいて、コートを椅子の背にかける。
「ごめん、鍵借りてたから返す」
俺は草太から鍵を受け取る。
「草太、帰ってなかったのか?」
「うん、そういえば食べられるものないなと思ってスーパー行ってた。陽介、ご飯食べれそう?食べれるならうどんか焼きそばとか作れるけど」
「じゃあ、焼きそばがいい」
草太はシャツの裾口を捲る。
袋の中から人参や玉ねぎ、キャベツを取り出すとリズムよく包丁で刻んでいく。
慣れた手つきの彼に見惚れてしまう。
俺の気配が気になったのか草太は手を止め振り返る。
「どうしたの?」
「あ、いや、お前こんなにここにいたら風邪うつるぞ」
俺はごまかすように話をつくった。
営業での仕事をしているからか、話を振られても瞬時に話題を持ち出すことができるようになった。
ここでもそのスキルが活きたようだ。
「俺は一年に1回しか風邪ひかないから。今年はもう1回ひいたから大丈夫だよ」
「何だよそれ」
根拠のない草太の屁理屈から他愛ない会話を広げていく。
こうして話ができる喜びを噛みしめる。
俺はこの時風邪をひいてよかったと思ってしまった。
キッチンからいい匂いが漂ってくる。
寝る前におかゆを食べたばかりなのに、早く食べたい気持ちが押し寄せてくる。
椅子に座って彼のご飯が出来上がるのを、子どものように今か今かと待ち望んだ。
草太が皿に盛り付けると、俺の前に焼きそばを置く。
俺はいただきます、と手を合わせて、ひとくち食べる。そしてまたひと口、ひと口。
気づいたら箸を進める手が止まらなかった。
こんなに美味しい焼きそばを俺は今まで食べたことがあっただろうか。
草太が作ってくれたというスパイスが入っているのが大きいのはわかっていたが、俺はあっという間に平らげてしまった。
空っぽの皿を見ると、もっと味わって食べればよかったと後悔する。
草太は自分の分は作っていなかった。
今はキッチンで調理に使った料理器具の洗い物をしている。
「草太は食べないのか?」
「うん、俺は味見しながら作ってたから、あんまりお腹減ってなくてさ」
俺は皿を片付けようと立ち上がると、2日も家に籠っていたのが響いたのか、思わず足がもつれる。
「おわっ!」
俺は反射的に目を瞑る。
だが、床に転んだはずなのに思ったより痛みがなかった。むしろ生温かいぬくもりがある。
目を開けると、床と俺の間に草太が挟まっている形になっていた。
自然と心音が速くなる。
草太が俺を庇おうと手を差し伸べた結果、彼の方が下敷きになってしまったようだ。
密着している分、草太の体温が、息遣いがより伝わってくる。
顔が熱くなっていくのを感じる。今だけで体温が40℃を越えているに違いない。
彼に俺の気持ちがバレていないか心配になった。
草太の顔が目の前にある。
その可愛さに見惚れて俺は時間を忘れた。
誰かに押されてしまえば、キスしてしまうほどに。
むしろ誰かに背中を押してほしいとさえ思った。
「陽介、起きれる?」
ようやく我に返ると、俺は慌てて身体を起こす。
「ご、ごめん。どこか打ったか?」
「ううん、大丈夫だよ」
俺は立ち上がると、まだしゃがみ込んでいる草太に手を差し伸べる。
草太が俺の手を取ったと同時に彼を引っ張り上げる。
俺は転がった皿や箸を拾いあげる。
「ほら、陽介はまた寝てないと」
草太はベッドに向けて俺の背中を押す。
素直に横になるが、まだ顔は熱かった。バレないように布団を顔に深めにかぶる。
布団から出ている目はずっと草太の姿を捉えていた。
洗い物が終わると、草太は帰り支度を始める。
このまま帰したくなかったが、さすがにこれ以上引き止められないし、本当に風邪がうつってしまうかもしれない。
俺は草太を見送りに起き上がる。
「じゃあ、またね、お大事に」
「ああ、ありがとな。助かった」
扉の奥から階段を降りる足音が遠ざかっていった。
俺はベッドに飛び込むと笑みが零れ落ちる。
さっきの光景がフラッシュバックすると、思わず足をジタバタと大きく動かした。
いっそキスしてやればよかったかななどと、悪い妄想をしてしまう。
興奮してきたのか熱が上がってきたのかもしれない。
◆
翌日、俺はベッドから起き上がると身体はだいぶ軽くなっていた。
体温計も平熱を示していたので、俺はいつも通り会社に出勤する。
「おはようございます!」
「おぉ、前野風邪よくなったのか?」
「はい!もう前より元気になりました!」




