第41話 関係
朝、出勤のための準備をしていたところにスマホの通知音が鳴る。
宛先を確認すると奥村からだった。恐る恐るメッセージを開く。
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中城さんにお話したいことがあります。
どこかでお時間いただけないでしょうか。
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(なんだろう…)
堅いメッセージ内容に思わず話の内容を想像する。
パッと思いつくのは一昨日の件だ。
彼から突然の謝罪があったままそれきりになっていた。
あのあと友香に話すと飲みに誘ってくれたが、とても人と話す元気はなかったので断っていた。
心を落ち着かせた後、彼の行動の真意を探ってみるが何の謝罪かがわからなかった。
ただこのメッセージがきたということは、あの謝罪は別れの意味ではなかったということだ。
それが素直に嬉しかった。
しかし彼の話が良い内容という保障もないのも事実だ。
朝の忙しい時間にこんなことで一喜一憂している場合ではないのに、様々な想像を膨らませる。
私は彼のメッセージには返事をせず、急いで出勤の準備を進める。彼にどう返信しようかと考えながら進めていたので、いつもより進む手が遅くなった。
遅刻ギリギリの時間に家を出ると、走って駅へと向かう。
社内プレゼン準備に追われていたので、夜に時間がとれるかがわからなかった。どうにか出勤時刻に間に合う電車に乗り込むと、私は勇気を出してランチでもどうですかと誘ってみることにした。
すると、彼からすぐOKの連絡が届いた。
走ったからか、季節に似合わず身体が熱かった。
少し離れた場所の公園で待ち合わせることにした。
他の社員の目がある場所で待ち合わせをするのは誤解を招くかもしれないと考えたからだ。
先週、飲み会の帰りに奥村の好きな人を見かけて以降、もっと周りの目を気にした方がいいと感じていた。
週末に2人で出掛けたのは事前に決まっていたことなので、仕方がないことだったと自分に言い聞かせている。
会社から少し離れたいつもの洋食店に向かう道中、寒くなりました等とそつない雑談をする。
まるで週末の出来事がなかったかのような気さえしてくるが、2人の距離間は心なしか離れているように感じた。
その距離は間違いなく、あの出来事がもたらした影響だろう。
店内に入り、2人とも同じ日替わりメニューを注文すると、店員がテーブルから離れる。
お互い話すタイミングを見計らっているのがわかった。
奥村はなかなか話し出そうとしない。
私から切り出すべきだろうか。今日こそちゃんと話そうと決めてきたのだ。
ここは人生の先輩として私が話を切り出すべきだろう。
私は意を決して声を掛ける。
「「あの」」
2人の声がきれいに揃い、お互い目を丸くする。笑い出すタイミングも重なった。
私は笑い声を抑えるように大きく息を吐く。それを待っていたかのように奥村が先に話を切り出した。
「すみません、僕、自分だけ謝って満足してしまっていました」
やはり彼の話とは一昨日の話だったようだ。
「違うんです、私が悪いんです。あんな変なところに連れて行ってしまって…ご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした」
私は深々と頭を下げる。
自分の軽率さが招いた事態なのだから、謝るべきは彼ではなく私なのだ。
奥村は慌てた声を出す。
「中城さん、顔をあげてください…!あれだけの大雨でしたし、気づかなかったのもしょうがないですよ」
「でも…相談役として、奥村さんの好きな人に対しても不誠実な対応をとってしまったことには変わりないですし。せっかく奥村さんもお相手とうまくいっているときなのに…」
奥村と会うのはこれきりにすべきだ。
自らの思いを押さえつけながら必死に言葉を選ぶ。
「相談役としての役は降ろさせてもらえませんか。こんな中途半端なタイミングになってしまい、大変申し訳無いですが…」
奥村の顔を見ることができなかった。
彼の言葉を待つ時間が、数倍にも長く感じられた。
「相談を受けることが中城さんにとって負担になっているなら、相談役自体は前回で終了ということでも問題ありません。僕も僕なりにこれから頑張っていきたいと思います」
続けてほしいです、そんな台詞を求めていた自分がいたことに気づいた。
自分の愚かさに情けなくなるような、胸が詰まるような苦しさが渦巻く。
いつからこんなにワガママな人間になってしまったのだろうか。
「迷惑というわけでは…でも、そうですね、私とこうして一緒にいるところをお相手に見られてたりしても困ると思いますし…」
「あの、これからは相談の相手としてではなく、一人の後輩として接してもらえないでしょうか」
私は顔をあげて、彼を見つめる。
彼の顔正面から見るのは久しぶりのように感じた。
「い、いいんですか…?」
「もちろん」
優しい笑みを浮かべる奥村。
そんな笑顔を向けないでほしかった。
涙がこぼれそうになってしまう。
自分の気持ちに気づいてしまう。気づいてはいけなかった気持ちに。叶わない想いに。
タイミングを見計らったかのように注文したメニューが運ばれてきた。
私は彼が料理に気を取られている隙に、こそっと目に浮かぶ涙をぬぐう。
ただの先輩と後輩になった私たち。
彼の先輩としてこれから接することができる。
それだけの事実が私の心を軽くした。
叶わなくてもいい。こうして彼と話せるだけで私は幸せを感じられる。
食事はいつもよりとても美味しく楽しく感じられた。
お店を出ると、イチョウに彩られた道を引き返す。
先程より彼の表情がよく見えるような気もする。
お互い胸のつかえが下りたのか軽い足取りで歩みを進める。
奥村は思い出したかのように私に質問する。
「そういえばプロモーション部の年間目標の件はどうなったんですか?」
「今3人とも大忙しです。通常の業務もこなしながらなので。営業の人とも連携しながらですし」
「それは陽介に頼んだら良いんじゃないですか?」
「あれ、知らないですか?前野さん、風邪引いて休んでるらしいですよ」
「え?」




