第40話 心境
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今日、空いてたら飲まないか?
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陽介からのメッセージを受け取ったのは、今日の昼のことだった。
昨日、プロモーション部で急遽助っ人を頼まれたばかりで、早く帰宅したかったが酒を飲みたいという気持ちもあった。
普段、晩酌や一人居酒屋もしないので、気分を晴らしたかった。
同じ人を奪い合うライバルと飲むなんてどうかしているかもしれない。
でもライバルである前に彼とは兄弟のような関係だ。
それに俺の過去を知る数少ない人物でもある。
一人で悶々としているより、思いを吐き出したい、聞いてもらいたいという思いもあった。
了解の返信をして、午後の業務に従事した。
退勤後、いつものバーに向かった。
陽介はいつも通りカウンターに座って飲んでいる。
俺は隣に腰掛けると、ハイボールを注文した。
店内には相変わらずクラシック音楽が流れている。
今流れているのはピアノを基調とした落ち着いてた曲だった。
他愛ない会話を何度か繰り返す。
場が温まったところで、陽介は俺に問いかける。
「この前の合コンで会った木村さんとは連絡とってないの?」
木村というのは先週あった飲み会で知り合った女性だ。
取引先の事務をしていると聞いた。
大人しい感じで、どこか自分と近しい雰囲気を感じてはいた。
「うん、連絡先交換してないし」
「なんだよ、しなかったのかよ」
「付き合いで来ただけだったらしいよ。だから、彼氏を探しに来てたわけじゃないって」
「でも連絡先くらい聞けばいいだろ。せっかく良さそうな人だったのに。俺から聞いてやろうか。営業の知り合い経由で」
「いいよ、大丈夫」
「お前、俺が誘った時の話覚えてないのか?」
「女性に慣れろってことでしょ?だいぶ中城さんとも普通に話せるようになったし、そこは感謝してるよ」
彼の本当の意図はわかっている。
女性に慣れるためと称して他の女性にうつつを抜かして、中城さんへの想いを諦めさせたいのだろう。
飲み会の度に、あの女性はどうだったと聞いてくるのだ。さすがの俺でも察しがついた。
そんな遠回しなやり方を彼がすることは意外だったが、女性と話すことに慣れたいという俺自身の利害と一致したので、何回か合コンと呼ばれるような飲み会に参加した。
しつこく話しかけてくる人もいれば、あまり話さない人もいる。その場その場で臨機応変な対応が求められる。
コミュニケーションスキルを鍛えることができたと実感している。
「でも、中城さんを好きな気持ちは変わらないから」
酒を舐めるように飲み進めていたが、それでも少し気分が高揚していた。
そのおかげで、陽介の揺さぶりにも強気でいられた。
「で、その中城さんとは何かあったの?」
図星だった。隠していたつもりだったのだが、なぜわかったのだろう。
昨日のやり取りの中で前野が感じ取ったのだろうか。
いつもそうだ。彼には俺のことが見透かされているような気がする。
沈黙を貫くが、陽介は追い打ちをかける。
「なんかあっただろ?」
「なんでそう思うの?」
「それくらい見てたらわかるよ。何があったか話してみろよ」
元々、陽介に話そうと思っていたが、あまりに的をいた質問に、素直に答えるのは何か癪に障った。
どこまで話すか思案していると、待ち切れないと言わんばかりに陽介は言葉を続けた。
「ちゃんとアドバイスしてやるよ。それくらいで草太に遅れをとる俺じゃないから」
グラスにある酒をひと口、喉に流し込む。
俺は観念して、週末にあった端的に出来事を話した。
「…だから俺、男として見てくれてないのかって聞いちゃって」
彼女との関係も上手くいっているように感じていた。
頑張って過ごすというより、自然体でいれているようなそんな気がしていた。
でもそれは幻想で、彼女にとってはただの後輩の恋愛相談を受けている相手としてしか見られていないと感じたとき無性に悲しかったのだ。
「中城さん、困った顔してた。あんな顔させるつもりなかったのに…。それから頭の中が整理つかなくて、謝れないままその日は別れたんだ。昨日、中城さんの中でまだ払拭できてなさそうだったし、早めに帰ろうとしたら中城さんに呼び止めてもらって嬉しかった。そのとき、週末のことは謝って…」
「中城さんはなんて?」
「え、いや、そのまま帰ったから…」
陽介はグラスに残った酒を一気に飲み干した。
丸く削られた氷が照明の光に照らされ、黄金の光を放っているように見えた。
「ただ謝るだけじゃダメだろ。なんで怒ったのか言わないと。そのうえで中城さんの話を聞かないと。
一方的に意見を押し付けるのは子どもがすることだ。草太はもう大人だ。ちゃんと話してこい」
陽介の言葉に俺は自分の行動を省みる。
謝れたということで、浮かれていた気持ちがあったのかもしれない。
彼女の話を聞かずに、満足してしまっていた。
そうだ、追いかけてきたということは、彼女だって話したいことがあったはずだ。
そんなことも気づいていなかったなんて自分が情けなくなる。
陽介はいつもより酔っているようにみえた。
酒の強い彼には珍しい。
今日はやけに饒舌だし、こうして敵に塩を送るようなアドバイスをしている。
だがその助言はもっともだと感じたし、有り難かった。
その後、1時間ほど飲み明かした。2人とも真っ直ぐ歩くのもままならなかった。
何度も身体をぶつけあい、おかげで電信柱が固いということを学ぶことができた。
俺は自分の限界を確認しながら飲んでいたので、いつもより酔っていないと思う。恐らく。
こうして意識があることが酔ってないことの証明だともいえるだろう。
タクシーを捕まえると2人で乗り込む。
「俺…お前のこと…」
陽介はそう呟いて俺の手に自らの手を重ねた。
だいぶ酔っているようだ。中城さんのことを考えているのだろうか。
もう寝息を立てている。彼の寝顔を見ながら微笑ましく思った。今日は敵対関係としてではなく、今までと同じような兄弟のような関係に戻れていた気がしていた。
彼の手から、そっと自分の手を抜き取る。
今日はアドバイスのお礼に彼を家まで送ってあげることにしよう。
彼女と明日話そうと思い立つが、ついに俺にも睡魔が襲ってきた。
あのとき、彼女は恋愛相談の関係を終わらせたかったのだろう。
もう会う必要はないと言われるのが怖かった。
恋愛相談を言い訳にしていたツケがまわってきたのだ。
自分の思いをちゃんと伝えよう。
あなたとの関係をこのまま終わらせたくはない、と。
落ちていく瞼に逆らうことが出来なくなった俺は、そのまま眠りに落ちた。




