第39話 作戦会議 その3
思わぬ来訪者に、反射的に顔を背けてしまう。
私を気遣って、友香が小声で話しかけてきた。
「ごめん、まだ気まずかった…?」
「うん、ちょっと…」
「迷ったんだけど、前野くんも乗っかって彼を誘うから、つい…」
たしかに奥村への気まずい気持ちはあるが、嫌というわけではない。
自分の中での答えをまだ出せていないだけだ。だが、答えが出るまで過ごしてたら、彼に連絡するタイミングを失っていたかもしれない。
私は良いきっかけをもらったと気持ちを切り替えることにした。
打ち合わせのあとに彼に声を掛けようと決心する。
いざ決意を固めると、なるようになるだろうと、楽観的な気持ちになる。
高須と奥村が自己紹介を終えると、もう打ち解けているようにみえた。
高須の人懐こっさは一種の才能だろう。
3人で始まった会議が賑やかになったものだ。
奥村は私のもとに近寄ってくる。
何を言われるのかと少し身構える。
「中城さん、どこまで話が進んでるのか伺ってもいいですか?」
仕事の話でほっとする自分がいた。彼は気にしてないのか普段通りにみえる。
私は彼に説明するために慌てて資料を探し始める。
「え、あ、はい、え~と…」
手に取った資料を落としてしまい、まとまっていた資料が床に散らばる。
私の様子に見かねた友香が救いの手を差し伸べる。
「あ、私が説明するよ!翔子、お腹減って頭回ってなさそうだし」
「あ、うん、ごめん、ありがとう」
奥村は何か言いたそうにみえたが、何も言わなかった。友香は食事をしながら、現状の説明を始めた。
奥村もおにぎりを食べながら、時折彼女に質問を投げかけている。
一方、高須は前野に興味津々のようで、彼に営業トークのイロハを尋ねていた。
私は彼らの話の間で適度に相槌を打ちつつ、静かに食事を進めた。
皆、食事を終えると、自然とアイデアの詰まったホワイトボードに目を向けていた。
各々が何か唸りながら、考えを捻り出そうとしている。
そんななか、いち早く奥村が考えを声に出した。
「企業向けのセミナーを開くのはどうでしょうか?
リアルでもオンラインでも、業界の知識や実情をまとめて発表するとか。うちが各方面とのやり取りがあるからこそできるのかなと。
高須くんの言ってたプロモーション動画も流せたら、うちに興味を持ってくれる会社もあるんじゃないでしょうか。そこから契約に繋がったり、他の企業さんを紹介してもらったりしてもいいですし」
「それいい!」
「いいっすね!」
彼の意見に賛成の声をあげる。
急遽呼ばれたにも関わらず、アイデアを出せるのはさすがとしか言いようがなかった。
私も心のなかで、彼のアイデアに賛同の意を示した。
現実的かつ成約率も上げられそうだ。なおかつ低コストで実施できるのが最大の魅力だ。
決裁も折りやすく、利益率も確保できる。
激動の定例会の翌日には、方向性がまとまりつつあった。
まだ会って間もないメンバーのはずだが、それぞれが役割を果たせているように感じた。
今日は解散し、明日はプロモーション部の3人でまとめ直したものをもとに、収益シミュレーションやプロモ動画の絵コンテ作りを担当することになった。
帰宅の準備をしていると、奥村が先んじて会議室を出る。
せっかく彼と話そうと思ってたのに、そのタイミングを逸してしまう。
友香が私を追い払うように、手で払う仕草をする。追いかけろということだろう。
私は頷くと、奥村の後を追いかけるために会議室を出る。
彼はちょうどエレベーターに乗り込んだところだった。
「奥村さん…!」
しかし、彼は私に気づかなかったようで、無常にもエレベーターの扉が閉まっていった。
私は咄嗟にそばにある非常階段に駆け込む。
3階なので、走ればぎりぎり間に合うかもしれない。
1階エントランスにたどり着くと、エレベーター前で奥村が出口に向かって歩いているところだった。
「お、奥村さん…!」
「中城さん、どうして…」
私は息を切らしながら、よろよろと彼のもとへ歩いていく。
奥村も私のもとへ駆け寄ってきた。
私は喉の痛みをやわらげるように生唾を飲み込む。
息も整える前に言葉を絞り出す。
「あ、あの、この前のこと…」
「すみませんでした」
奥村は私の言葉を遮るように頭を下げた。
どうして彼が謝っているのか。謝らなければいけないのは私なのに。
保身のために嘘を重ねている私なのに。
奥村はそれ以上なにも言わなかった。
彼は振り返ることなく、歩いていった。
彼を引き留めようと手を伸ばそうとしたが、その手は少しずつ下がっていった。
彼に伝えようとした言葉は宙に舞うことなく、私の胸の中で消えていった。




