第38話 作戦会議 その2
翌日、午前中に急ぎの仕事を終わらせ、午後は再び年間目標達成に向けての案出しの時間に充てていた。
昨日、意見が出た対企業の取引に絞り、それぞれがアイデアを出し合った。
会議室にあるホワイトボードが少しずつ文字で染められていく。
少しずつ具体性が増してきたところで、友香は次の段階へと目先を向ける。
「そろそろ営業のスケジュールも確認した方がいいかもね」
「たしかに、前野さんに聞いてみようか?」
「お、さすが!お願い」
「前野さんって誰ですか?」
「営業部のエースだよ。彼まだ3年目なのに大型契約けっこうとってくるから。将来期待されてるのよ」
「へ~、そんなすごい人と知り合いなんですか?」
「まあ、なりゆきで…」
羨望の眼差しを向けられてしまい、思わず目を逸らしてしまう。
彼との連絡先を知った経緯はさすがに話せなかった。
前野に営業側の業務スケジュールについて質問をするとすぐ返信がきた。
しかし、彼からのメッセージは質問への回答ではなかった。
「今日会社戻ったあと空いてるから、こっち来たとき話すって」
「彼、空いている日なんてあるんだ…」
午後15時を過ぎたところで、扉がノックされた。
「失礼しまーす」
前野が室内の様子を窺いながら入ってくる。
トレンチコートを着ているところをみると、営業先からそのまま駆けつけてくれたようだ。
「お疲れ様ですっ!」
高須は彼の登場を待ち望んでいたかのように立ち上がった。
「はじめまして!俺、高須直って言います!前野さん、カリスマ営業ってきいて尊敬してます!ぜひ今後ともよろしくお願いします!」
リクルートスーツを着用している新卒らしい挨拶をお見舞いしていた。
カリスマ営業というのは誇張されているような気もするが、否定をするほどではなかった。それほどに彼の貢献度は高いと思っていたからだ。
さすがの勢いに前野も少し気圧されているようにみえた。
しかし、子犬のように懐く彼を無下にすることはなく受け入れているようだった。
高須は意気揚々と彼に事の経緯を説明する。
「なるほどね…。営業のスケジュール聞いてくるくらいだから何かあるとは思ってたけど。今は営業部も繁忙期ってわけじゃないから、手伝えるとは思うよ。年末年始だったら挨拶まわりとかあるから、無理だったけど」
「ちょうどタイミングがよかったね」
営業側のスケジュールは問題ないことがわかると、3人は安堵する。
どれだけいい案を出しても、彼らの手が空いていないと実行に移せない。
「中城さんの仕事なら、俺も喜んで手伝うよ」
前野は私に優しく微笑みかける。
しかし、今の私にはその笑顔を向けられる資格がない。
湧き出てくる罪悪感に胸が痛んだ。
「え、2人って付きあ…ふごぉっ」
高須の口を友香が即座に塞ぐ。
くぐもった声で抵抗しているが、友香が彼の発言を許さなかった。
彼女のファインプレイといっていいだろう。
実際、前野と何もないわけではない。
だが、今はそっとしておいてほしいところだった。
奥村のこともあるのに、前野のことにまで思考を広げる余力がない。
前野が高須の発言を広げなかったのも有難かった。
それよりもホワイトボードに書かれている内容を目で追っているようにみえた。
「仲の良い会社とかはあるから、プロモに困っている会社を知っていれば紹介してもらうとか?」
前野の零したアイデアに耳を疑った。
数秒の沈黙ののち、皆の理解したタイミングが重なった。
思わず「それだ」と声を合わせる。
「たしかに!紹介だったら、成約率高いって聞いたことある!」
「紹介した会社の手前、断りにくいっていう心理も働くもんね」
「紹介するのにもインセンティブとかつけられないっすかね?」
「インセンティブ?」
「例えば、初回は手数料少し引くとか。で、もし成約したら紹介してくれた会社にも少しキャッシュバックするとか」
「う~ん、その辺は部長とかに聞いてみたいところだけど。利益率とかも計算しないと…」
「そのへんの計算は得意なんで任せてください!俺、経済学部だったんで!」
前野の言葉をきっかけに、歯車が一気に動き出す。
話に夢中になってしまい、気がついたら20時をまわっていた。
休憩のため、友香と前野は夜ご飯の買い出しに出た。
私は高須と引き続き話し合いを続けていると、彼は神妙な面持ちになる。
「あの、中城さん、巻き込んじゃってすみません」
「え、どうしたの突然」
彼の突然の謝罪に目を見開いた。
「まだ謝れてなかったので。安達さんからも中城さんにはちゃんと謝っておきなさいって言われて…」
「いいよ、高須くんの無鉄砲は今に始まったことじゃないから」
真摯に謝る彼に優しく微笑む。
私の件が気がかりだったのか、肩の荷が下りたように表情が緩んでいったのがわかった。
彼の行動には驚きはしたが、それを責めるつもりはなかったのは事実だ。
私自身こうして皆でアイデアを出し合うという時間は好きだったし、苦難を乗り越えたときの達成感はお菓子博覧会で感じていた。
そういう意味では、私は彼と似ているかもしれないなと思った。
友香と前野が買い出しから戻ってくる。
会議室の机の上にコンビニの袋を置く前野をよそに、友香は扉の前から動こうとしなかった。
「あ、おかえり。買い出しありがとう」
友香は笑うのを我慢しているようにみえるが、それが抑えきれないのか、ぎこちない笑顔を浮かべている。
彼女は思っていることが表情に出やすいのだ。
こういうときは決まって何かを企んでいるなと、長年の付き合いで察知できる。
「諸君!ここでさらなる強力な助っ人を紹介しよう!」
ハイテンションな彼女が扉の前から一歩横にずれると、扉の奥に向かって手を伸ばす。
「じゃーん!」
指し示された方向から、奥村が気まずそうに会議室に入ってきた。




