第36話 新入社員
週が明け、私の気持ちとは関係なく勤務が始まる。
思うように仕事が捗らない。
だが、それは私の心情だけが理由ではなかった。
新卒社員が机上教育や基礎的な研修を終えて、今月から各部署に配属される。
プロモーション部にも2名配属された。
そのうちの1名は私が教育担当としてサポートをすることになっている。
その彼は配属初日に部長に対して、そんな無駄なことやる必要ありますか、と言ってのけた逸材だった。
その場にいた周りの社員は皆、目を丸くしていた。
若いからこその怖いもの知らずなのだろう。
事情を聞いたところ本人に悪気はなかった。思ったことを素直に言っただけらしい。
名前に即した性格と言わざるを得ない。
そういった経緯もあり、このトラブルメーカーこと、高須直は部長のお返しともいえる仕事量を振られていた。
新入社員にその量をこなせるわけもなく、教育担当の私も巻き添えを食らうという構図だった。
友香とお昼をとったときも、自然と高須の話になっていた。
「彼、ある意味すごいよね~」
「うん、部長にあんな風に言えないよね」
「仕事もそれなりにできるし、上手くやれば昇進だってできただろうに」
「今日も定例あるし、何事もなく終わると良いんだけど…」
高須の話題が落ち着くとお互いの恋愛事情へと変わっていく。
「そういえば、正志さんとはどうなの?最近聞かないけど。両家の挨拶終わったんだっけ?」
正志さんは友香と交際している男性で、もう付き合って4年になる。
私も一度彼とは会ったことがあった。
彼は私たちの3つ上で、ワイルドで男らしいという印象だった。
彼女たちは来年の結婚に向けて準備を行っていると聞いていた。
「別れた」
ハンバーグを口に運びながら、あっけらかんと答える友香。
「え!?」
周りの目も忘れ大きな声が出てしまい、思わず口もとを抑える。
「何かあったの…?」
周囲に配慮し小声で尋ねる。
彼女の表情がみるみる怒りへと変わっていく。
付け合わせのフライドポテトに勢いよくフォークを突き刺した。
「アイツ、浮気してたの」
「え…?」
「会社の若い女と。信じらんないよね」
「ほ、本当に浮気だったの?」
「ホントホント。私のチャットに、「リサちゃん、楽しかったよ~」って送ってきてさ。リサって誰って、問い詰めたら浮気だったってわけ。もうビンタしてさっさと別れたよ」
あっさりと言いのけるが、思ったよりヘビーな内容だった。
彼女は結婚前でよかったと、落ち込んでいるという様子でもなかった。
「それより、翔子の方はどうなの?奥村くんのことどうなの?」
「そ、それが…」
私は彼女に週末の出来事を簡単に伝える。
「なるほどね…。あんたもなかなか重たいね…」
友香は一通り話を聞いて飲み込む。
「まあ、いきなりホテルは段階飛ばしすぎた感はあるけど…」
「だよね…」
「まあ翔子だってわざとじゃないし、男性耐性ないから、ある意味しょうがないね。でも奥村くんと早く話したほうがいいよ」
「うん…」
私たちは重たい食事を終えると、会社に戻る。
そして定刻になり、定例会が始まった。
(今日は大人しくしてくれているといいけど…)
ちらっと横に座る高須のことを窺う。
彼は特に何も気にしてないのか、定例会の資料に目を通しているようだった。
「はい、では定例会を始めます。じゃあ、各チーム報告をお願いします」
司会役が進行すると、議題に沿って着々と報告がされていく。
すると高須が手を挙げ、部長への発言の許可を求めた。
「あの、すみません。誰も言わないようなので、僕からいいですか」
「なんだね?」
野上部長はあからさまに不機嫌な様子だ。
配属1週間で、既に高須への印象が良くないことは明らかだ。
「このままだとプロモーションチームの年間目標って達成できるんですか?今報告を挙げてもらっているものだけで、残りの2ヶ月をこんな調子で過ごしたら、未達のままですよね?ギリギリになってから、目標に届かないって騒いでも遅いと思うのですが、部長はどうお考えですか?」
広い会議室にも関わらず、無音が響き渡る。
彼の意見は至って正論だった。
年間目標はこのままいくと、20%ほど足りない。
今後、お菓子博覧会のようなイベントは控えていない。
これ以上、売上を底上げするようなものは用意されていないのが現実だ。
しかし、まさかそれを彼が指摘するとは思わなかった。
いや、今まで指摘した人物は誰もいなかった。
「そ、そんなことはわかっている!!新人の君に言われなくてもな!!」
彼の意見に面食らっている様子だ。
恐る恐る部長へ視線を向けると、ゆでダコのように顔が赤くなっていた。
「では、具体的に解決策はあるのでしょうか?」
「そ、それは、今検討している!」
「いつ頃まとまる予定なのでしょうか?」
「新人の君にわざわざ言う必要はない!」
「新人だろうが、部長だろうが、プロモーション部の一員であることは変わりありません。現状を把握してどうしていくかを、皆に共有すべきではないですか?」
感情的な部長に対して、冷静に答える高須。
皆、二人の議論を静観していたが、今のところ高須の方が優勢にみえた。
「そんなに言うなら君が何か代替案を持ってきてくれるんだろうなあ?」
部長の言葉に高須は一瞬答えに詰まる。
新人にそこまで求めるのは酷だろうと誰もが思った。
それだけ部長が切羽詰まっていたともいえる。
「まだ僕はこちらに配属されたばかりで、まだ右も左もわかりません」
高須に意見がないことがわかると、部長はようやく鼻を明かせたと得意げにしている。
しかし、彼も引かなかった。
「でも、中城さんや皆さんの協力があれば打開策は考えれると思います」
思わぬところで飛び火してきて、思わず彼を凝視してしまう。
「いいだろう、君が次の定例会までに何か案を持ってこれなければ、今後は私の言う通りに動くことだな」
「承知しました」
話が一段落したところで、控えめに手を挙げる人物が現れた。
「あの、高須くんの件、私もサポートしてもいいでしょうか?」
「安達くん、君まで何を言うのかね」
部長は眉をひそめ、友香を見据える。
「彼は新卒ですし、通常業務をこなしながらだと大変なのではないかと。中城と一緒に彼のサポートをさせていただきます」
「勝手にしろ。全く君たちにはガッカリだよ。せいぜい最後のあがきをしてくれたまえ」
定例会は波乱の状態で幕を閉じた。




