第35話 お出かけ その4
「中城さん、中城さん」
遠くから誰かが自分の名前を呼んでいる。
まだ寝足りなかったので起きる気にならない。
だが、何度も身体を揺らされるので、仕方なく少し目を開ける。
瞼が重く、完全に目を開くことはできなかったからだ。
ぼんやりとした視界の中に見覚えのある姿があった。
「あ、奥村さん…」
奥村は心配そうな表情を浮かべている。彼はなぜかバスローブを着ている。
「中城さん、ここがどこだかわかります?」
寝ぼけているためか頭が回らない。なかなか思い出すことができなかった。
「えっと…雨が降ってきて…」
「そうです、雨宿りとしてラブホに来たんです」
奥村は言い終えると同時に自分のバスローブを解き、上半身が露わになる。
突然の展開に思考が追いつかない。
彼の締まった身体に目を向けていることしかできなかった。
下着はつけたままなのが、せめてもの救いだった。
だが、彼は急にどうしたというのだろうか。
どうしてこんなことになったのか上手く思い出せない。
奥村は私に考える暇を与えないようにベッドに登る。そして寝ている私の上に跨るように膝をつく。
見下ろしてくる彼はいつもと違っているように見えた。
身体が思うように動かせない。私は彼を見上げることしかできなかった。
「それならここは何をする場所かわかりますよね?」
前髪を掻き上げる彼は、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
ここまできたら展開が予想できる。
でも私は処女なのだ。このままだと奥村に私の嘘がバレてしまう。
「え…え…!?ちょ、ちょっと待ってください!心の準備が…!」
「心の準備?中城さんだってそのつもりで入ったんでしょ?」
「ち、ちが…!」
私の制止は全く効果がないようだった。
彼は私に覆いかぶさるように耳元で囁く。
「ふ~ん、じゃあ身体に教えてもらおうかな…」
奥村は布団を剥ぎ取り、私のバスローブに手をかける。
私は思わずぎゅっと目を瞑る。
「ま、待って!!!!」
◆
ハッと目が覚めると、同時に勢いよく身体を起こす。
私の上に跨っていたはずの奥村は、そこにはいなかった。
代わりに、ベッドの脇で私を心配そうに見つめていた。
自分の身体に目を向けると、そこにはちゃんとバスローブが巻かれていた。
「中城さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい…」
(ゆ、夢か~~~)
アレが夢だったということに胸を撫で下ろす。
まだ夢と現実の区別がうまくつかない。
夢の中の奥村を思い出すと彼に目を向けられなかった。
場所が場所なだけに、変な夢をみてしまったようだ。
「うなされていたようだったので…」
「ありがとうございます…」
少しずつ頭が冴えてきた。
私はベッドの中央に寝かされ、布団が掛けられていることに気づく。
元々寝始めた場所はここではなかったはずだ。
(奥村さんが運んでくれたんだ…)
「って、すみません!私どのくらい寝てましたか?」
「30分くらいですかね」
かなり眠ってしまったのかと錯覚したが、そこまで時間は経過していないようだった。
よく見ると彼は最初に着ていた服に着替えていた。
彼は私の方をできるだけ見ないように気を遣ってくれているようだ。
ふと私はもう一度自分の身体に目を落とす。
乱れた胸もとに気づくと、慌てて直す。
「中城さんは無防備すぎます。こういうところに行き慣れてるのかもしれないけど、男性とこんなところに入って、バスローブ姿で寝るなんてどうなってるかわからないんですよ」
言葉の端々に彼の怒りが伝わってくる。
怒っているというより叱っているの方が近いかもしれない。
たしかに彼の言うとおりだ。
こんなところで眠りこけるなんて、相手が彼じゃなかったから危なかったかもしれない。
「すみません…奥村さんだからって甘えてたかもしれないです…」
「中城さんは僕を男性として見てないんですか?」
彼の真に迫る物言いに私は焦り始める。
思っているより彼は怒っているようだ。
もちろん、そんなつもりはない。
むしろ意識しないように努めていたのだ。
でも、そんなことは言えるはずもなく、結局彼に何も返すことができなかった。
「すみません、言いすぎました」
彼は空気を入れ替えるように話題を変える。
「雨もやんだようなので、そろそろ出ましょう」
「そ、そうですね」
私はベッドから起き上がると、服を持って再び浴室に入る。
自分が犯したミスを悔いながら、衣服に袖を通す。
手早く着替え終えると室内に戻った。
「すみません、お待たせしました」
「では、行きましょうか」
彼はスマホを見る手を止め立ち上がる。
ホテルを出ると、先程の大雨が嘘のように青空が広がっていた。
濡れているアスファルトと水たまりだけが雨の証明となっていた。
降り注ぐ日差しが地面を照らし、キラキラと輝いていた。
そんな天候と相反するように、私の気持ちは落ち込んだままだった。
私が間違っていた。結局見栄のために、彼に正直に話すことをやめたのだ。
駅に向かうまでの間、お互い口を開くことはなかった。
早くこの時間が終わってほしいと思った。
改札前で解散することになる。
「今日はありがとうございました」
彼は短くお礼だけ述べてくれたが、どこかよそよそしかった。
私は彼を失望させてしまったのだ。
彼との関係がこれで終わってしまうのではという恐怖が渦巻いていた。




