第34話 お出かけ その3
「奥村さん…あの…今まで色々お話を聞きながら私なりにアドバイスもしたつもりです。今日一緒に出掛けて伝わってきました。もう私のアドバイスはいらないなって」
奥村は私の突然の申し出に戸惑っているようだった。
「え、いや、そんなことは…」
私はもらったキーホルダーを持つ手をぎゅっと握る。
「奥村さん、これからは…」
続きを言い掛けた時、私の頬に雨粒があたる。
空を見上げるとポツポツと雨が降り始めていた。しかし次の瞬間には、ゲリラ豪雨に値する雨量へと変化を遂げた。
あまりの激しさに、地面も雨水を跳ね返すほどだった。
「奥村さん、雨宿りできるところ行きましょう!」
私は手で顔に降る雨を遮りながら、無我夢中で走り出す。
(このままだと風邪引いちゃう…!)
駅へと向かっていたはずが、周りにはオフィスビルやマンションが多く、雨宿りできそうな場所が見当たらなかった。
進む方向を間違えたかもしれない。
雨で視界が悪いなか、私は「休憩」と書いてある建物が目に入る。
「奥村さん、ここで休憩して行きましょう!」
「あ、中城さん、そこは…!」
ビルに入ってすぐ受付になっていた。私は受付の女性に休憩でと告げる。
3時間だから、と手短に応える受付嬢から部屋の鍵を受け取る。
ルームキーホルダーに記載されている部屋へと向かうためにエレベーターに乗り込んだ。
既に服が貼りつくほど水を吸っていて、少し身体も冷えていた。
奥村も同様に濡れている。
「災難でしたね…せっかく買った服なのに…」
「い、いや、中城さん、それより…」
口ごもる奥村を不思議に思っていると、光っていた階数ボタンが消灯する。
私たちはエレベーターを降りると、突きあたりの扉の上部にある電灯が点滅していた。
部屋番号はルームキーホルダーに刻み込まれている数字と一致していた。
入る部屋を間違えないようにということだろうか。親切なことだ。
フロアはやけに薄暗いと感じるが、この際贅沢はいってられない。短い廊下を進み、鍵を差し込むと扉を開ける。
「休憩できるホテルなんて親切ですね〜」
先んじて中に入ると、内装に違和感を感じる。
部屋に入ってすぐ2人掛けのソファとテレビに行き着いた。
そして何よりも目を奪われたのは、ダブルベッドが部屋の中央を陣取っていることだった。
今までの知識にはない内装だった。
いや、その前に私は先程の自分の発言が蘇ってくる。
(私さっきなんて言ったっけ?ここはホテル?)
私はこのとき、ここがホテルということをようやく認識した。
(まさか…ここは…もしかして…ラブホという場所か…!?)
完全にやってしまったと部屋の中で立ち尽くす。
この後どう行動すべきなのかと瞬時に考える。
①間違えたことを謝って、今すぐ2人で立ち去る
②間違えたことを謝るが、この場に残る
③何食わぬ顔でやり過ごす
「あ、あの…」
背後にはもう奥村が迫っていた。
大雨が降り続いていることを考えたら、②がベストだろう。
だた、①、②の場合、なぜ間違えたかという話になる。そうなった場合、私が恋愛の玄人が嘘だとバレ、奥村にも軽蔑されることは簡単に想像できる。
(うん、③だ!)
「奥村さん、先お風呂入ってきていいですよ!私タオルで髪とか拭いているので!」
私は自らの間違いをごまかすように大きな声で話しかける。
「いや、僕は元々着てきた服があるので、それに着替えようかと…」
「あ、そういえばそうでしたね!」
「な、中城さんから先にお風呂入ってください…!」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
奥村は全く目を合わせようとしてくれない。
彼はこの場所の意味がしっかりわかっているのだろう。
私はお言葉に甘えて先に温かいシャワーを浴びて身体を温める。
今にして思えば、どこか建物の軒先に入ればよかったはずなのにと後悔する。
寝不足で正常な判断ができていなかったのかもしれないと自らの行動に言い訳を探していた。
(さすがに下着はつけておこう…)
私は室内に用意されていたバスローブを羽織ると室内に戻った。
奥村は着替えもせずソファの椅子に背筋よく待っていた。
身体が冷えていないのだろうか。もう少し早く出てくればよかったかもしれない。
しかし、彼に声を掛ける間もなく、私が出てきた姿がわかると美しい姿勢で素早く立ち上がる。
「じゃあ、僕もシャワー入ってきます」
「あ、はい」
彼は俊敏な動きで浴室へと消えていった。
私は一人室内に残されると、衣服から水気を取るように服をタオルで挟みこみ何度も叩く。
それでもなかなか水気がとれない。
ドライヤーを使おうと洗面所に向かうと、そこには様々な女性向けの小物が取り揃えられていた。
(すごいアメニティとかたくさんあるんだ…)
ホテルの充実さに感動してしまう。
ドライヤーの温風をハンガーに掛けた服に浴びせる。乾かすのにも腕が疲労を訴えてくる。多少服が乾いてきたところでドライヤーを置く。
休憩がてらテレビをつけると、突然セクシーな女性が画面に現れて、思わず電源を切った。
奥村が浴室からなかなか出てこない。私はせっかくなのでダブルベッドに腰掛けると、そのまま上体を倒す。
(よく考えたら、休憩できる場所の時点でおかしいって思わないといけなかったのに…。奥村さん、変に思ってるかな…)
部屋に窓はあるが内側に雨戸が設置されていた。わざわざ起き上がり外の様子を見るまでもなく、まだ雨音が聞こえてきていた。
私はそっと目を瞑る。
◆
奥村は心を落ち着かせるのに手間取っていた。
思いもよらぬ展開で好きな人とホテルにくることになったのだ。平静を保つことのほうが難しかった。
シャワーしか浴びていないのに、長時間入っていたからかのぼせたような気がしていた。
バスローブを着ると、ぼうっとした状態で部屋へと戻る。
「すみません、遅くなり…」
大きなベッドの端で中城が静かに寝息を立てていた。
彼女に近づいてみるが起きる様子はなかった。
(昨日もあまり寝てなかったんだろうな…)
「中城さん、僕だって男なんですよ…」
片膝をベッドに乗せるとギシッと軋む音がする。
そして、静かに彼女へと手を伸ばした。




