第33話 お出かけ その2
ペンギンのお散歩タイムにはまだ時間があるので、水族館の順路に従い進んでいくことにした。
館内はかなり人が多いうえに、客の大半はカップルと家族連れで占められている。
いちゃついているカップルを気にせず、水槽の中を見るのは一苦労だった。
自分のスペースを確保するのもやっとだ。
すると、無邪気な子どもに押しのけられ、奥村にぶつかってしまう。
だが、彼が私の身体を支えてくれたおかげで事なきを得た。
私はすぐに彼から身体を離し一歩距離を置く。
「す、すみません…!」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
館内は暗がりのため、水槽内の照明に青白く照らされた奥村を横目でつい盗み見る。
(なんかこうしていると、本当のk…)
私は咄嗟に思考を止める。自分の頬をパシッと叩く。
(今私は何を思ったの?これ以上考えちゃダメだ)
私は水槽を縦横無尽に泳ぐ魚の姿に集中する。
「次行きますか?」
「そうですね」
展示を食い入るように見つめていたが、館内はそこまで広くなかったのもあり、順路もあとは出口を残すのみだった。
一番最後のペンギンエリアにある休憩スペースの椅子に座って、ペンギンたちの登場を待つことにした。
「中城さん、水族館結構来るんですか?」
「え?」
「魚たちを熱心に見ていたようなので」
心を惑わされたくなかったんです、などとは口が避けても言えない。
「あ、いや、久しぶりにきたんですが、魚が泳いでいる姿が楽しそうで、つい見ちゃいました」
我ながらよくわからない返答だったと反省する。
「たしかに、楽しそうですね」
合わせてくれる奥村の優しさが逆に辛い。
そういえばと、奥村は前置きをおく。
「鮭は繁殖のために、オス同士は激しい争いをして、争いに負けた鮭は勝った鮭からの攻撃を避けるためにメスに似た模様になるそうです。でもその負けた鮭は、メスの産卵の瞬間に自分の遺伝子が残るように産卵場所に飛び込むそうですよ」
奥村の思いがけない雑学に感心した。
「魚詳しいんですか?」
「いえ、自分を偽ってまで、そのメスと一緒になりたかったのかなと思って覚えてたんです」
彼は私に真剣な眼差しを向ける。
「中城さんは負けたオスのことは愚かだと思いますか?」
「え?」
「いや、すみません、なんでもないです。忘れてください」
そう告げる彼の横顔はどこか悲しげで、とてもなかったことにはできなかった。
「私は、負けたオスのことを愚かだとは思いません。メスの方だって、気を許したから負けたオスのことを受け入れたんじゃないかと思いますし。争いに勝った子と結ばれるっていうのは、メスの気持ちは関係ないことになってるのかなって。本当はその負けたオスのことが好きなのかもしれないですし。って、鮭にも色々と事情あるのかもしれないですけど!」
微笑む彼はどこか清々しい表情にみえた。
「そうですね、答えてくれてありがとうございます」
そうしているうちに、ペンギンたちが展示エリアから出て、お散歩コースを歩き始めた。
私たちは立ち上がると、ペンギンがよく見える位置に移動した。
スマホで思わず何度もシャッター音を切る。
よちよちと歩く姿がとても愛らしい。
ペンギンたちが去る姿を惜しみながら、私たちは出口に向かって進み始める。
「少し寄ってもいいですか?」
奥村の提案で水族館のお土産コーナーを覗くことにした。
店内の商品を見てまわる。ぬいぐるみだけでなく、マグカップなどの日用品も並んでいた。
「こういう時、記念に何かを買うっていうのは子どもっぽいですかね…」
「そんなことないですよ!2人の思い出になりますよ!それを見たら、一緒に水族館に行ったなって思い出しますし!」
「中城さんだったら、どういうのをもらったら嬉しいですか?」
「私ですか?う~ん、そうですね…」
店内を見回すと、ペンギンのキーホルダーが目に入る。
「これとかかわいいなって思います!」
「なるほど、勉強になります…」
考え込む奥村だったが、キーホルダーは手に取らず、他の商品に目を移す。
「実家にもなにか買っていこうかな。クッキーとかってありましたっけ?」
「え~っと、たしか…」
私は柱の反対側に食べ物コーナーを見た気がしたので、確認しに回り込む。
「奥村さん、ありましたよ!」
私の呼びかけに応じたように奥村は現れた。
彼は別の場所を探していたようで、私が通った道ではない方向からやってきた。
「あ、いいですね。魚とかペンギンの形をしていてかわいいですね。これにします」
奥村はクッキーを手に取ると、レジへと向かう。
会計を終えた彼が来ると、私たちは水族館を出た。
自然と駅へと向かっていると、奥村が私に尋ねる。
「今日は、どうでした?」
そういえば今日は奥村にお任せした1日だったことを思い出す。
デートコースにしては申し分なく、私がアドバイスをするようなことはなかった。
といっても、今日は自分のことでいっぱいいっぱいになっていたこともあるが。
「よかったですよ!もうバッチリでした!」
「中城さんは楽しんでいただけましたか?」
「それは、もうもちろんです!」
「よかったです。今日いつもより元気がない感じがしていて」
「え、そう…でしたか…?」
「いや、気のせいかもしれないんですが」
私自身変な行動をしていた自覚はある。さすがに奥村も気づいたのだろう。
奥村は鞄からラッピングされた袋を差し出す。
「中城さん、これよければ…」
「え?」
袋を開けると、私が先程勧めていたペンギンのキーホルダーが入っていた。
いつの間に購入していたのだろうか。
「これ…」
「せっかくなので、記念に」
「あ、ありがとうございます…嬉しいです…」
ペンギンのキーホルダーを愛おしげに見つめる。
思いがけないプレゼントに胸が満たされる。
でも、これ以上彼と過ごしてはいけないと、心の内が叫んでいた。
私は彼との関係に区切りをつけるための言葉を告げようと心に決める。
「奥村さん…あの…」




