第31話 違う
「翔子、もしかして、奥村くんのこと好きなんじゃない?」
「え?」
言葉は聞こえているのに、理解が追いつかない。
頭の中で友香の言葉を反芻する。
(私が奥村さんを好き?)
そんなはずはない。
私は奥村さんの恋愛相談役で、彼の恋を応援する立場だ。
彼にそんな想いを抱いているはずがない。
いや、抱いていいはずがない。
「お~い、翔子~、大丈夫か~?」
私の顔の前で友香が勢いよく手を振ると、ようやく我に返る。
「ご、ごめん、ちょっと酔ってるのかな」
「そう…かもね、早く帰ってゆっくり休んで」
「そうする、ありがとう」
別れ際、友香は私の肩に手を置くと、力強く言葉を掛ける。
「悩んだときは連絡してよ!」
「う、うん」
自宅に帰る道中、友香のあの言葉が胸に突き刺さっていた。
何度思考を巡らせても、考えがまとまらない。
本当に酔っているのかもしれない。
私は自宅に着くと、早々にベッドに飛び込む。
帰宅するまでどうやって帰ってきたかも覚えていなかった。
私はゆっくりと瞼を閉じる。
(そもそも奥村さんには好きな人がいるんだし…)
自分のことなのに自分の気持ちがわからない。
前野から好意を告げられたときとは違う。
あのときは驚きはしたが、こんなに戸惑わなかった気がする。
前野とは友好関係を築きつつあると思っている。 だが、それを隠れ蓑に前野への想いをずっと保留にしてきた。 改めて彼についても考えないといけない。
前野にしても、奥村にしても、彼らに元々恋愛感情はなかったという点は同じだ。
それなら、前野と奥村の違いはなんだというのか。
奥村と初めて会ったのは駅の改札だったなと、記憶が呼び起こされる。
デートの練習をしたとき、ビアガーデンで飲んだとき、花火大会に行ったとき、一緒にレシピを考えたとき、次々と思い出が蘇る。
彼と一緒にいて楽しかったのは事実だ。
でも、そこに恋心なんてなかったはずだ。
じゃあ、あの時どうしてあんなに胸が苦しかったんだろう。
あの場には前野もいたというのに。
思わずため息をついてしまう。
私は重たい身体を無理矢理ベッドから起こす。
苦悩している私には目下重大な問題がある。
明日、問題の彼と出掛けることになっているのだ。
アミュゾンのレシピのアイデアを考えてくれたお礼として、奥村の服選びを頼まれていた。
奥村がデートに着ていくだろう服を選ぶのかと思うと何故か気が重くなる。
しかし、恋愛相談をされている身なのだから、私の気持ちは置いておかなければいけない。
彼からは明日のプランは任せて欲しいと言われていたので、今回は全てお任せとなっている。
今、奥村と会うのは避けたいが、今更ドタキャンはできない。
(デートじゃない。デートじゃないんだから)
平常心でいなければと、自分に何度も言い聞かせる。
しかし、変な格好で行って、隣を歩く彼に恥をかかせてもいけないので、私は明日着ていく服を吟味していた。
◆
ピピピッ ピピピッ
ベッドの横に置いてあるスマホのアラームを止める。
私は眠気を振り払うように洗面台に向かい、顔を洗う。
鏡に映る自分を確認すると、目元に大きなクマができていた。
(全然寝れなかった…)
奥村について考え巡らせているうちに眠れなくなった。
しかし、その甲斐も虚しく自分の気持ちの答えが得られないまま朝を迎えてしまった。
(奥村さんと出掛けるとき、いつも寝不足だな…)
私は昨日準備した服を身に纏い、家を出る。
ひんやりとした空気が流れ、眠気を吹き飛ばしてくれる。近所の公園の木々も色づき始めている。すっかり秋らしい季節になった。
彼と初めて出掛けたのはまだ夏になる前だ。
あの頃は男性と出掛けるという事自体にソワソワと落ち着きがなかったが、今はそういった気持ちはない。
ただあの時とは違うざわめきを感じる。
待ち合わせの駅に到着すると、既に奥村は改札前で立っていた。
こちらに気がついて顔をあげる彼を見たとき、昨日の悩みも忘れ、自然と笑みが浮かぶ。
(いつも通りに…いつも通りに…)
今日を無事乗り越えることができるのか、不安と楽しみが入り混じっていた。




