第25話 お菓子博覧会 その4
浅野が設けた期限の日の午後、私はアミュゾンの店舗前にいた。
事前に連絡をしていたので、裏にある事務所へ行くと既に彼女が待ち構えていた。
「良いレシピは考えられた?それともギブアップしにきた?」
「いえ、私たちなりに精一杯のものを考えてきました!」
「ふーん。どんなものか楽しみだわ」
挑発的な彼女だが、今日の私はそれに臆することはない。
できることは全てやった。 あとは彼女にぶつけるのみだ。
私は心を落ち着かせると、静かに話を始める。
「今年のお菓子博覧会のコンセプトは「人とスイーツを繋ぐ」です。私はこのコンセプトとアミュゾンのケーキが重なる気がしました。アミュゾンのケーキはもちろん見栄えも味も素晴らしい。でもそれだけじゃないんです。もう1つ食べたくなる、誰かに教えたくなるほど魅力的なんです。これこそ「人とスイーツを繋ぐ」ことだと感じています」
私はひと呼吸おく。
「お菓子博覧会では来場者の人たちが、色んなお店をまわってスイーツと自分を繋ぐことができます。だからこそ、アミュゾンにも出店してほしいと強く思っています」
私は前置きを終えると彼女にレシピを渡す。
そこには私たちが考えた、カップに入ったイチゴのケーキの図が描かれている。
さらに矢印を用いてケーキの各部分の内訳についても記している。
ケーキの構成は、上から順にイチゴ、イチゴのクリーム、果肉のソース、砕いたパイ生地、イチゴのクリームといったシンプルな内容となっている。
彼女はじっとレシピを見つめている。
私はレシピの詳細について説明を始める。
「今回お持ちしたレシピのコンセプトは食べ歩くケーキです」
「食べ歩く?」
「ケーキをカップの中に入れることで持ち歩くことができます。屋外イベントの食べ方は様々です。こうすることで飲食スペースで座りながらでも、立ちながらでも、食べ歩くこともできます」
彼女は腕組みをしながら、早々にこのレシピへの評価を下す。
「まあ、それくらいは誰でも思いつきそうな話ね。これで終わりなら私の気持ちは変わらないわ」
随分と辛口の評価だ。だが、ここまではある程度想定内だ。
まだ、このケーキにはもう1つの強みが残されている。その強みが彼女の心に届くのかが試される。
私は緊張のあまり、ごくりと喉を鳴らす。
「このケーキにはもう1つ強みがあります。9月といえど、まだ暑い日が続いています。このケーキは冷たいケーキとして提供したいと考えています」
「冷たいケーキ?」
「ケーキを冷やした状態で提供することで、暑いと感じている来場者も手にとってもらうことができます。そして、手の熱や気温の高さによって少し溶けた時、冷たく固まっているクリームからしっとりしたクリームへと舌ざわりが変わるようなアクセントをもたらすことができると考えています」
浅野は私の言葉に目を見開く。
その表情にたしかな手応えを感じながら話を続ける。
「そして、このケーキの2箇所にあるイチゴのクリームにはヨーグルトを混ぜることで、ケーキの食べ応えも軽くしようと思っています」
「軽く?」
「お菓子博覧会を訪れる人は色んなスイーツとの出会いを求めています。もう食べれないと思ったとしても食べれるようにと考えました」
これで私のプレゼンが終わる。2人の間に静寂が広がっていく。
突飛なアイデアだというのはわかっている。もしかしたら机上の空論かもしれない。
レシピ自体には自信があったが、そこだけは不安が残っていた。
「ただこれは私たちの理想のケーキなので、実際に作れるかどうかが…」
浅野は私の言葉を待たずして口を開く。
「面白い!」
彼女の厳しい面持ちが変わっているのがわかった。
このレシピが彼女の心に刺さったと実感でき、私は達成感で満たされる。
「冷やしたケーキなんて思いつかなかった。既存の考え方に囚われすぎてたな…バターとの配合も考えないと…1種類だけじゃなくて、もっと種類がほしいな…あとは設備と材料の調達か…」
独り言を呟きながら、無我夢中でレシピにアイデアを書き加え始める。
彼女の目がいきいきとしているのがわかる。まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようだ。
「よしっ!」
浅野は勢いよく立ち上がると厨房へと向かおうと準備を始める。
「じゃあ、中城さんまたレシピできたら連絡するから…」
出店するという肝心の言葉を彼女の口から聞いていない。
彼女を呼び止めようとした時、思い出したかのように浅野は私に告げる。
「あ、お菓子博覧会には参加させてもらうわ」
「ありがとうございます!!」
「こんなレシピ提案されたらアイデアが溢れてくるじゃない。しかもこのケーキを食べるお客さんが見てみたいもの。1番このケーキが活きるのはお菓子博覧会だものね」
彼女はふっと微笑むと、もう一言付け加えた。
「このケーキはイベント全体をみていないと思いつけないレシピだわ。さすがイベントのリーダーさんね」
緊張の糸が解れ、彼女の思わぬ絶賛の嵐に涙が零れそうになる。
「ここからはプロの仕事だから、後は任せなさい」
「はい…!よろしくお願いします!」
私は彼女に頭を下げる。
彼女は軽く手をあげると、厨房へと入っていった。
私はアミュゾンを出ると、まず最初に奥村に連絡をする。
彼も一緒にアイデア出しを手伝ってくれたおかげだ。
エクレアを食べながら歩いている彼を見て、食べ歩きできるケーキというアイデアを思いついた。
そこから、冷やしたクリームを作れないかと提案してくれたのは彼だ。
感謝してもしきれないくらいだ。
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レシピ採用されました!!!
奥村さんのおかげです!
ありがとうございます!
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良かったです、準備頑張ってください。と彼からすぐ返信がきた。
アミュゾンの出店確定の報告に、プロモーション部内でも歓喜の声が響き渡った。
そして、一難去ってまた一難。
イベント開始の1週間前にさらなるトラブルに見舞われるなんて、この時の私は思いもしなかった。




