第23話 お菓子博覧会 その2
アミュゾン出店辞退の連絡の2日前。
プロモーション部で残業している中城だったが、小腹が空いたためコンビニへ向かうことにした。
中城がオフィスを出たタイミングで、それを見計らったかのように廊下にハイヒール音が響く。
女はプロモーション部の扉を静かに開けると、中城の机に近づく。
そこにはお菓子博覧会に参加する店舗へ向けて送付する、書類入りの封筒が積み上げられていた。
女は封筒を1つ抜き取ると、部署内に設置されているシュレッダーに向かう。
そして、躊躇うことなく書類と封筒を裁断するとプロモーション部をあとにした。
◆
「アミュゾンが出店やめたいって…!」
「え!?」
野上部長のもとへ駆け寄る。
受話器を下ろした、彼は経緯を話し始める。
「お菓子博覧会の資料が来ないって怒っているようなんだけど、送ってるか急いで確認して!」
「は、はい!」
送っていないはずがない。送付前に書類は必ず確認している。
参加リストと送付リストを照らし合わせてチェックしているので、抜け漏れている店舗があったら、その時に気がつくはずだ。今回目玉のアミュゾンへのものなら尚更だ。
「佐野さん!アミュゾンに書類って送ってますよね!?」
今回のプロジェクトメンバーである佐野に確認を取る。
問題となっている書類は彼女が準備してくれたものだ。
その書類を2日前に私がチェックし問題なかったので、彼女に送付対応までお願いしていた。
「送っているはずです!アミュゾンは特に注意してみてましたし…」
「そうですよね…」
佐野は話しながらファイルに入っている領収書を確認すると、みるみる顔が青ざめていく。
「どうしたんですか?」
「郵送した封筒の数が1つ足りてないです…もしかして、それがアミュゾンの封筒だったのかも…」
佐野から領収書を受け取り内容を確認する。
内訳詳細には64通とあるが、今回送付した封筒は65通のはずだ。
たしかに、1通分足りていない。
動きが止まる私たちに見かねた野上部長が声を張り上げる。
「いいからとりあえず早く資料持って謝罪に行ってこい!」
「は、はい!」
私はアミュゾンに向けた書類を急いで準備し始める。
「大丈夫です、私が行ってきます」
「すみません…」
佐野を制すると急いでオフィスを出て、タクシーを捕まえる。
電話を受けてから30分後、私はアミュゾンの店舗前に到着した。
フランスで修行していたというだけあって、店舗の外装もヨーロッパ風の建築だ。
外から店内の様子を窺うが平日の午後ということもあり、そこまで客入りは多くなかった。
店内スタッフに用件を伝えると、裏にある事務室に通された。
厨房からパティシエの制服を着た浅野夏海が現れた。
彼女には交渉のときから私が同席していたので、顔なじみとなっている。
「この度は書類送付が漏れており、大変申し訳ございませんでした」
私はまず深々と謝罪する。
彼女の顔色を気にしながら話を続ける。
「この度の責任は私共にございます。今回のミスの原因と対策については社内で検討したいと考えております。決してアミュゾン様を蔑ろにしていた訳ではございません。身勝手なお願いというのは重々承知しておりますが、お菓子博覧会の辞退についてはもう一度再検討していただけないでしょうか」
もう一度深々と頭を下げる。
浅野はようやく言葉を発した。
「頭を上げてください」
ゆっくりと姿勢を戻すと、彼女と正面に向き合う。
「あなたたちからの書類が遅れたせいで、出店するにも何もかも準備が遅れてるんです。再検討したって、そもそも準備が間に合いません」
「そちらについては、弊社側でも可能な限りサポートをさせていただきます…!」
「いいからもう帰って。私忙しいの」
「もう少しお時間をいただけないでしょうか…!」
「中城さんとは話し合いのときから参加してくれてたのに、こんな仕打ちあんまりだわ」
彼女の怒りと失意が伝わってくる。
返す言葉が出ない。彼女の気持ちは痛いほどわかる。
何を言っても彼女の許しは得られないだろう。
アミュゾンの出店を諦めるしかないのか。いや、諦めるわけにはいかない。
今回のプロジェクトリーダーという責任もある。
だが、それ以上にアミュゾンのスイーツを楽しみにしている来場者のためにも、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
私は何か打開策がないか思考を巡らせる。
「さあ、早く帰って」
ふと厨房の作業台に置いてあるスイーツが視界に入る。
この店舗は一風変わっていて、事務室の窓から厨房の様子を見ることができるのだ。
厨房の変化にいち早く気づくためだと、以前彼女に聞いたことがある。
私はその窓に駆け寄る。
「なにしてるの?」
「もしかして、あれはお菓子博覧会のためのスイーツですか?」
作業台には、何層にも生地が重ねられている苺のミルフィーユやタルトのカップにのったモンブラン等、数種類のケーキが置いてあった。
「…よくわかったわね」
「店内の商品は全部覚えてますし、アミュゾンは直近どこか出店するという話もなかったと思いますので」
即座に答える私に少し感心したようだった。
しかし、これくらいはアミュゾンと交渉するうえでの知識として覚えていた。
「ふん…でも試作品を作る必要もなくなったわ」
彼女の気持ちの中では、あくまで辞退という意志は変わらないようだ。
(それならどうして…)
「書類が送られてきてないのはわかっていたのに、試作品は作ってくれてたんですね」
「まあね。最後まで諦めないのが一流のパティシエよ」
その言葉に私はついに希望の光を見出す。
かなり確率が低い方法だ。
これ以外に今、彼女を動かす方法が思いつかない。
だが、この話を持ち出せば自信家の彼女は、必ず乗ってくると確信があった。
「つまり、まだレシピが決まってないんですよね?」
「そうだけど…。それがなに?」
私は意を決して彼女に進言する。
「あの、もし、私が浅野さんより良いレシピを考えることができたら、もう一度出店を考え直していただけないでしょうか」
浅野は失笑した後、笑い飛ばした。
それはそうだろう。
彼女からしたら私なんか相手にならないだろう。
でも、このイベントのコンセプトは「人とスイーツを繋ぐ」だ。
アミュゾンとも絶対繋いでみせる。
このイベントに賭ける想いは、彼女にも負けていないはずだ。
「いいわ。パティシエの私よりあなたの方が、良いレシピを考えれるなら出店してあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「期限は明後日までよ。それ以上は出店準備が間に合わないから。万が一にもないとは思うけどね」
「わかりました!必ず良いレシピをお持ちします!」




