第20話 花火大会 その4
目を見開き、固まってしまう前野。
すると、堰が切れたようにお腹を抱えて笑い始める。
「あはははは」
(そんなに変なこと言った…?)
何がそんなに面白いのかわからず、彼が落ち着くまで待つしかなかった。
ひとしきり笑い終えると、目に浮かぶ涙を指で拭き取る。
「はぁ~あ、そんなこと言われたの初めてだ」
彼は一度空を見上げる。
その表情は、どこか清々しくみえた。
「あんた変わってるな。魔性の女っていうのもわかるわ」
「いや、それは…」
「違う」と言いかけるが、彼に本当のことを言っていいのか躊躇ってしまう。
ちょうどその時、誰かがやってきた。
一歩ずつこちらに近づいてくる。
自販機の光に照らされると、それが奥村だとわかった。
「草太?どうした?」
「いや、中城さんが心配で…」
走ってきたのか彼の息が荒かった。
彼らに、どこにいると伝えていなかったので、辺りを探し回ったのかもしれない。
もしそうなら気の毒なことをしてしまった。
それよりも彼が1人で戻ってきたことが気になった。
前野も同じ疑問を抱いたようだった。
「あれ、横幕さんは?」
ピロンッ
同時に私のスマホの通知音が鳴る。
巾着袋から取り出すと、横幕からの連絡だった。
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先に帰ります
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「横幕さんから、先に帰りますって来ましたけど…」
「何があったんだ?」
奥村に答えを求めるが、彼は黙ったまま佇んでいた。
気まずそうにゆっくりと答える。
「その…横幕さんに…告白されて…」
◆
10分前。
「私、奥村くんのことが好きなの」
横幕からの思いがけない告白に驚く。
一度目を閉じ思考を巡らせるが、彼の中での答えは変わらなかった。
奥村は横幕の肩を優しく包むと、ゆっくりと己の身体から離す。
「ごめん。その気持ちには答えられない」
横幕は怒りを隠しながら、彼に問い詰める。
「どうして?片想いなんでしょ?私の方がかわいいし、奥村くんのこと好きなんだよ!」
花火の打ち上げ数が多くなっていき、暗かった道も明るく照らされる。
「でも、中城さんのことが好きなんだ」
穏やかに笑う彼の姿が、横幕の目に強く焼き付けられる。
彼の様子に、その答えが覆らないことを悟る。
無意識に顔を伏せる横幕。これ以上彼の表情を見たくないと思ったからだ。
それでも、心の中のわだかまりは消えない。
「中城さんのどこがいいのか教えてよ、じゃなきゃ納得できない」
「…新卒のとき、ウチの会社説明会に行こうとしたんだけど、道を間違えて迷っていたときに彼女が現れたんだ。会社までの道案内をしてくれて、「頑張ってくださいね」って声を掛けてくれたんだ。
その優しさとかその表情が今でも忘れられなくて。まあ、中城さんは覚えてないだろうけどね」
恥ずかしそうに答える奥村はどこか嬉しそうだった。
しかし、横幕はその理由に幻滅する。
「それだけ?」
「うん、それだけ」
「意味わかんない。そんなことで好きになって、亜美のこと振るの?中城さんビッチだって、知らないの?」
「そういう噂はあるよね」
「それも知ってるのに、それでも好きってこと?」
「うん。中城さんを見かけたときも、話すようになってからも彼女の優しさとか努力とかが伝わってくるんだ。仮に彼女がそういう人だとしても、僕を好きになってもらえるように頑張りたいと思えたんだ」
「なにそれ…」
「ありがとう。横幕さんの気持ちは嬉しかった」
彼の意識が中城のもとへ傾いていることがわかる。
これ以上、彼と話してもイライラするだけだと感じた。
「もういい。行きたければ行けば」
「ありがとう!横幕さんも気をつけて!」
歯を食いしばり怒りと悔しさに震える彼女に、奥村が気づくことはなかった。
◆
奥村から簡単な経緯を聞く。
まさか彼女が告白までしていたことには驚いた。
そして前野が話した通り、その告白をキッパリ断ったということだった。
彼女のことだから、そう簡単には諦めないだろうと思っていたが、未練を残さないように伝えたのは奥村なりの優しさだろう。
「なるほどな…。まあいつかは通る道だっただろ」
「うん」
「中城さんの足のこともあるし、今日はもう帰るか」
奥村にサポートしてもらいながら、表通りまで出る。
通りかかったタクシーを捕まえると、2人を残し先に祭りをあとにする。
タクシーを見送りながら、前野は奥村に話しかける。
「あの人、面白いな」
「え?」
「じゃあ、俺今日こっちだから」
奥村を残し、前野も歩いて行く。
前野は中城の評価を改めていた。
さすがに恋愛慣れしていると言われているだけあって、簡単にオトせないということを再認識した。
だが、彼女が奥村にふさわしいという評価は下せなかった。
ここは腰を入れて、彼女を口説き落とさないといけないと思い直す。
(一応、予備の線も走らせておくか…)
残された奥村は2人に何があったのか聞きたかったが、それは叶わなかった。
彼らのところに戻った時、2人の空気感が少しいつもと違う気がしていた。
奥村のなかで焦る思いが募っていった。




