第2話 落ち着かない
夜ご飯を済ませ、部屋でくつろぐ。
ふと机の上に置いてある無意識にスマホに視線が飛ぶ。
スマホに手を伸ばし連絡先を確認する。
そこには奥村草太の名前が載っていた。
「うわ~、男の人の連絡先が登録されてしまった…!」
思わず独り言を呟きながら、ソファに寝そべり画面を眺めると、何故か頬が緩んでしまう。
恋愛指南をしてほしいと相談され、奥村と連絡先を交換した。
ランチの後はダッシュで会社に戻り、打ち合わせにはギリギリ間に合った。
それからは仕事モードに切り替えていたので、思い返すことはなかったが、今になって落ち着かなくなってきたのだ。
奥村は高身長だし、容姿も整っている。
かなりシャイなところをみると、恋愛には不慣れそうにも感じた。
ここはひとつ恋愛経験はゼロだが、恋愛指南歴は長い私の経験をもとに見事お付き合いさせてみせようと意気込む。
(奥村さんの好きな人ってどんな人なんだろう…)
同じ部署内の人なのか、それとも学生時代から想いを馳せていた人物なのか。
まだ見ぬ奥村の想い人を想像していると、既に時刻は21時をまわっていた。
恋愛指南を相談されてから、まだ奥村からは連絡は来ない。
恋愛はスピード感も大事だ。
ここはひとつ私から連絡してみよう。
〜10分後〜
「な、なんて送ればいいんだ!」
頭を抱えて、思わず叫ぶ。
女性同士のやり取りであれば、こんな気苦労はないのに、男性とやり取りをするだけでこんなに大変なのか。
「最初の挨拶は「お疲れ様です。」の方がいいのかな。それとも「こんばんは」の方がいいのか!?
あ~、もうどうしよう〜」
〜さらに10分後〜
目を見開きながら、スマホの画面を見る。
だが、文字を入れては削除しを繰り返しているのみだった。
時刻は21時半を過ぎたところだ。
連絡するなら、早いほうがいいのはわかっているが、納得いく文章が思い浮かばず、焦燥感が募っていくばかりだ。
「よし、まずコーヒーを飲もう」
コーヒーを淹れて一息つく。
ゆっくりと深呼吸をする。
心を落ち着かせ、スマホに再度向き合う。
「まず、伝えたいところから先に文章を考えていくのがいいかな。ランチのお礼はいるよね…あとは…」
悩みに悩んだ挙げ句、ようやく文章ができあがった。
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お疲れ様です。
ランチの時はありがとうございました。
ご相談の件、詳細をお伺いしたいので、都合のいい日を教えてください。
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「これでいいのかな〜。いやでも早く送らないと。あ~もうどうにでもなれ!」
勢いのまま送信ボタンを押す。
と同時に、時刻が22:18 となっていたことに気づく。
「あ、もう22時過ぎてる!?「夜遅くにすみません」にしたほうがよかったかな!?いや、そもそも明日にすべきだった!?」
すぐさまメッセージに既読がつく。
「あ~、もう既読ついた!どうしよう…奥村さん、変に思ってないかな…」
どんな返信がくるのか気になり、そわそわしながらスマホを見る。
〜30分後〜
「こ、こない…」
もしかして怒らせてしまっただろうか。
失礼な女だと思われしまっただろうか。
「なに私浮かれてたんだろう…恋愛相談するだけなのに…」
男性に連絡をするという一大イベントのあまり、自分が浮かれていたことに今になってようやく気づく。
奥村の好きな女性は私ではないし、私も彼が好きというわけでもない。
特別な関係性ではない。彼の告白が無事成功すれば、お役御免の人間なのだ。
我に返った反動で、一気に気持ちが落ち込み、何故か涙がこみ上げてくる。
ピロンッ
スマホの画面が光る。
連絡は、奥村からだった。
素早くスマホを手にとり、通知画面に表示されているメッセージの最初のテキストを読む。
「夜分の返信で申し訳ありませ…」と記載があった。
これでは本文の内容はわからない。
すぐ既読をつけるのは、少し躊躇うが、それよりも中身が気になり、恐る恐るメッセージ通知をタップする。
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夜分の返信で申し訳ありません。
僕から連絡しなければいけないところ、お気遣いいただきすみません。
こういったやり取りも不慣れで、返信するのに時間がかかってしまいました。
本題のご相談の件ですが、もしご都合よろしければ、6/24 19時に六銘駅でお時間いただけないでしょうか。
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「よかった〜…変には思われてなさそう…」
自分と同じく、文章を考えるのに苦労した奥村を想像するとふふっと笑ってしまう。
少し安堵し、指定の日付をカレンダーの並びに沿って確認する。
といっても、特に予定がないことは知っていたが。
大丈夫です。と返信をし、その日は眠りについた。
それからは、どんな相談が来てもいいように、ネットで知識を漁る日々が続いた。
◆
6月24日。
予定がある日に限って上司から仕事を振られてしまう。
猛スピードで仕事を片付ける。時間は定時を少し回ったところだ。
今から駅へ向かうとなると、時間はけっこうぎりぎりだ。
小走りで時計を確認しながら、待ち合わせ場所に向かう。
駅の入口のところに、奥村の姿…ともう一人別の姿があった。
スーツを着た長身の男性が奥村に爽やかな笑顔を向けて話しているようだった。
(だ、誰っ!?)