第17話 花火大会 その1
「花火観ましょう!」
「花火?」
突然の申し出に困惑するが、横幕から花火大会のチラシを差し出される。
どうやら8月31日に、夏最後の花火として行われるお祭りらしい。
それほど大きな規模ではなく、地元の小さなお祭りという感じだ。
「ここのお祭り、前から行きたかったんですよぉ。屋台のわたあめが映えるって去年話題になってたんですぅ。中城さんも行きませんかぁ?」
「えーっと、でもどうしてこのメンバーに…」
「奥村くんと行こうかなって思ったんですけど、せっかくなら中城さんと前野さんも一緒にどうかなと思ってぇ」
相変わらず奥村に猛アピールしているようだが、奥村は彼女の好意に気づいているのか、
気づいていないのかよくわからなかった。
彼は気恥ずかしそうに顔をぽりぽりとかいているが、何も言わなかった。
私自身あまり人混みの多いところは苦手だった。
せっかくの誘いだが、断ろうかと考えた時、前野が歩み出る。
私の肩に手を置くと、耳元で囁く。
「これをメシの代わりにしてくれてもいいよ」
ビクッと身体が反応する。
いきなり2人でご飯はハードルが高いが、花火なら4人いるし、前野のことを知るいいきっかけになるかもしれない。
それなら問題ないか、と思い直す。
「じゃあ…行きます」
「やったぁ」
横幕は笑顔で私の手を取る。
いつの間にこんなに好かれていたのかと苦笑いを浮かべるしかなかった。
◆
雲のない空は、少しずつ明るさが失われつつあった。
会場となる神社には少しずつ人が向かっている。
階段を登る下駄の音が耳に心地良い。
待ち合わせ時刻まであと10分ある。
汗ばむ空気を振り払うように手で顔を仰いでみるが効果はあまり見込めなかった。
ビアガーデンでのお詫びとしてご飯に誘われていたが、代わりに花火大会に付き合って欲しいと言われた。
ご飯よりもハードルが高いので断ろうと考えていた時に、中城さんも誘うと聞いたため、彼女の提案に乗ることにした。
中城さんも来るなら、とんだ棚ぼただ。
ただ、陽介も来ることは予想外だった。
友達とならいざ知らず、横幕さんからの誘いを受けるとは思わなかった。
「よう」
「陽介」
待ち合わせ場所に既に到着していた俺のもとに陽介が合流する。
横に立ち並び、女性陣の到着を待つ。
最近は彼と会ってもろくに会話をしていなかった。
ちらっと横目で陽介の顔色を窺う。
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「俺はまたお前が傷つく姿は見たくないんだ。
お前が中城さんと一緒にいたいって思うなら、俺は…応援してやれない。
もっとふさわしい人がいると思う」
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ああ言っていた陽介がなぜ中城さんと連絡先を交換しているのか不思議に思っていた。
俺は意を決して陽介に問いかける。
「陽介」
「なに」
「陽介は中城さんのことをどう思ってるの?」
陽介は、面食らった顔をする。
「…いきなり本題かよ」
「答えないの?」
「お前と同じだよ」
陽介は気だるそうに答える。
かわされると思っていたので、素直に答えてくれるとは意外だった。
いや、それよりも「お前と同じ」?
「だから、俺にとられても文句言うなよ」
この短期間に彼女との親交を深めたのだろうか。
その魅力に気づいたというのか。
以前の彼女への印象から突然変化したということなのか。
俺が中城さんを好きなのを知っていて、それでも彼女を?
「陽介、ほんとに…」
もう一度確認しようとしたところに、参加者が出揃ってしまう。
「お待たせしましたぁ」
「遅くなってすみません」
声のする方向に振り向くと、2人の姿に目を見張る。
「驚いた、浴衣着てきたんだ」
「そうなんですぅ」
横幕は、淡い桃色の生地をベースに花柄が散りばめられている。
彼女の可愛らしさがより際立っている。
中城さんは、白地に紺色のストライプと朝顔柄が映えていて、とても似合っていた。
髪も結っていて、浴衣に合わせた髪飾りもしている。
その可愛らしさに思わず息を飲んだ。
(やばい…かわいすぎる)
パチっと中城さんと目が合った。
瞬間、目を逸らす。
じっと見つめていたら、彼女の姿に目を奪われていることがバレてしまう。
(見ちゃだめだ見ちゃだめだ)
自分の戒めも虚しく、横目でちらりと見てしまう俺がいた。
◆
花火大会、待ち合わせの3時間前。
自宅でのんびり漫画を読んでいるとスマホが着信を知らせてくる。
ブーッ、ブーッ、ブーッ
相手は横幕からだった。
今日の花火大会のことについてだろうかとおもい電話に出る。
「はい、どうしたんですか?」
「中城さん、ちょっと待ち合わせの2時間前に北駅に来てくれませんかぁ?」
「どうして…」
「やだぁ、お祭りに行くんだから準備しないとぉ」
「準備?」
もう少し事前に知らせてくれればと恨み節を唱えながらも、
私は指定された駅に向かい、横幕と合流した。
彼女に連れられてたどり着いた先は浴衣のレンタル店だった。
「ここは…」
「お祭りなんですから、浴衣着ないとぉ」
そういうものなのかと疑問に思いながらも、ここまで来てしまったら後には引き下がれない。
店内に入ると店員に勧められるがまま、浴衣を試着する。
いち早く浴衣選びが終わった横幕は中城の支度が終わるのを待っていた。
その時、中城が履く予定の下駄が目に入る。
にやっと笑みを浮かべるが、その表情に気づく人は誰もいなかった。
◆
「奥村くん、早く行こぉ」
横幕は奥村の手首を持ち、彼を引っ張っていく。
私と前野はゆっくりと階段を登っていく。
奥村はこちらをちらっと振り返るが、引っ張られるがまま階段を上がっていった。