第16話 どうして
奥村からスマホを受け取る。
そこに表示された名前に驚く。
(どうして前野さんから!?)
彼から電話をされる理由は思いつかない。
前野からの誘いをはぐらかしている手前、電話にはでたくないと率直に思った。
ただ奥村がいる手前、なぜ取らないのかと言われたら上手い言い訳が思いつかない。
もしかしたら仕事のことで緊急事態に陥ったのかもしれない。
(手短に話して、早く切ろう)
私は恐る恐る通話ボタンを押した。
奥村が近くにいるので、口元に手を当て小声で話す。
「はい、中城です」
「今どこにいるの?もしかして、草太の家?」
「え?」
なぜ彼が居場所を知っているのか。
奥村が彼に伝えたのだろうか。
私の疑問に彼は回答を教えてくれた。
「今、先輩の付き合いで、うちの社医さんたちと飲みに来てるんだけど、あんたが貧血で倒れたって聞いたから」
社医との飲み会はいわゆる合コンだと悟る。
彼の顔面偏差値の高さからして、女性からしたら狙いの的だろう。
この話題は掘り下げないでおこう。
手短かに質問に答える。
「奥村さんがたまたま側にいたので、それで…」
なぜこんな苦しい言い訳をしているようになっているのか、自分でもわからない。
彼とは恋人同士でもない。
だが、前野への応対を保留にしていた罪悪感が心のどこかであったかもしれない。
「ふーーーん」
前野は、何か言いたげな様子だが、続きの言葉が聞こえてこない。
「あ、あの…」
「まあ、体調よくなったらちゃんと俺とメシも行ってよね。じゃ、お大事に」
プツッ
答える前に一方的に切られてしまった。
私のことを聞いて、心配して電話を掛けてくれたのだろうか。
時間的に飲み会を抜け出してきたのではないか。
本気で立候補するつもりなのか。
彼のことを真剣に考えてみてもいいのではないかと思い始める。
耳からスマホを離したので、奥村が私に声を掛ける。
「陽介はなんて…?」
スマホの画面が見えていたのか、奥村は電話の内容について尋ねる。
「すみません、名前が見えてしまって…」
「あ、いえ。お大事にって言われました」
奥村は目を見開く。
私と同じ反応だ。
「なんで陽介が知ってるんですか?」
「女医さんたちと飲みに行ってたようで…」
「なるほど」
彼もその内容を察したようだ。
「陽介と…連絡先交換してたんですね」
「なんか流れで…」
前野と連絡先を交換した経緯は流石に話せなかった。
彼からしたら兄のような存在の前野から口説かれているなんて聞かされたら、動揺してしまうに違いない。
「そうなんですね。あ、タクシー呼ばないと」
奥村が呼んだタクシーが到着する。
待っている間に作ってもらったおかゆは完食した。
身体もだいぶ回復してきたように思えた。
マンションの1階まで奥村が付き添ってくれた。
タクシーに乗り込む前に何度目かのやり取りをする。
「あ、あの、本当にお金…」
「いえ、ほんとに大丈夫です。気にしないでください」
「でも…」
「じゃあ体調がよくなったら、また相談に乗ってほしいです」
にこやかに笑う彼の顔を見ると、胸が高鳴る。
彼の願いが叶うようにより一層努めなければならない、と言い聞かせる。
「…わかりました!お力になれるように頑張ります」
「あの、心配なので、家に着いたら連絡していただいてもいいですか」
「あ、はい!わかりました」
奥村は走り去るタクシーが見えなくなるまで1階に立っていた。
◆
自宅に到着しベッドに飛び込む。
奥村の姿がフラッシュバックする。
(奥村さん、優しいなあ…)
私はスマホに手に取り、奥村に連絡をする。
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家に着きました。
色々していただいてありがとうございました。
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ご連絡ありがとうございます。
週末はゆっくりお休みになってください。
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奥村とのやり取り通り、土日を使ってしっかりと休養をとった。
といっても、泥のように眠っていただけだが。
週明けには全快していたので、いつもの通り出勤し、勤務を始める。
12時になり、ランチに行く人がちらほら現れる。
業務をキリのいいところまで終えると、久しぶりに簡単なお弁当を鞄から取り出す。
「中城さ〜ん!」
振り返るとそこには横幕と彼女の後ろに控えめに立つ奥村、そして前野の姿があった。
何事かと思い3人の姿を見比べる。
横幕が満面の笑みを浮かべながらチラシを私に見せる。
「花火観ましょう!」