番外編 心配 草太's eyes その2
俺は急いで彼女を抱えると、社医のいる医務室へ向かった。
医務室に駆け込むと、医師はちょうど帰宅しようと準備をしているようだった。
「先生!」
「どうしたの?なにごと?」
「中城さんが、突然倒れて…!」
抱える中城の姿が確認すると、社医はすぐ遮像カーテンを開けた。
そこのベッドに彼女を横たわらせる。
「診るから、そこに座ってて」
カーテンが閉められ、中の様子が見えなくなる。
女医は夜の仕事でもするのかと思えるほど、胸元が開いたセクシーな服なうえに濃い化粧もしていた。
これで社医が勤まるのだろうかと不安になるが、診察が終わるのを待つしかないので、俺は少し離れた丸椅子に腰掛ける。
5分ほど経つとカーテンがさっと開き、女医が出てきた。
机の上にあるカルテのような書類に、素早く書き記す。
「おそらく疲労による貧血ね、ちゃんと休ませてあげれば大丈夫よ」
「あ、ありがとうございます…」
「彼女、どこチームの人かわかる?」
「プロモーション部です」
「じゃあ、下の名前もわかる?」
簡単な彼女のプロフィールを伝えると、女医はカルテに書き加える。
記載が終わるとファイルに入れ、棚にしまった。
「あなた彼女の彼氏くん?」
「い、いや…!」
「彼女、頑張り屋さんみたいだからしっかりみてあげてね」
「は、はい」
女医がじっとこちらを見つめる。
彼女はゆっくりと近づいてきて、俺の頬をさっと触れると色気のある声色で語りかけてくる。
「きみ、かわいい顔してるわね、食べちゃいたくなる、彼女とお別れしたら私のところにおいで」
(この人もしかしてヤバい人か…!?)
「ふふ、冗談よ」
(冗談か…)
どこまで本気なのか読めないタイプだ。
あまり近づかないほうがいいかもしれないと直感的に思った。
「さあ、彼女連れて帰れる?そろそろ閉めないといけないの、私これから合コンに行かなきゃだから」
「あ、はい」
俺は彼女を抱えると、医務室を出る。
会社を出たところでタクシーを捕まえる。
どの場所にすべきか悩んだが、俺は運転手に自宅の住所を伝える。
(まさかこんなことになるなんて…。中城さんが目を覚ます前に部屋片付けないと…)
◆
自宅に到着したが、彼女はまだ目を覚まさない。
中城をベッドに運び、布団をかける。
(かわいいな…)
その頬を触ろうと手を伸ばしたところで、我に返る。
俺は両頬を自ら勢いよく平手打ちする。
部屋を手早く片付けると、おかゆを作ることにする。
普段料理をしないのでスマホでレシピを見ながらだったが、どうにか形になってきた。
鍋に蓋をして、彼女の容態を確認しに行くと、中城はゆっくりと目を開けた。
「う……」
「中城さん、気が付きましたか…?」
「ここは…」
「あ、僕の家です…」
「え!?」
彼女に今までの経緯を簡単に話す。
「あのあと会社の医務室に行ったら、社医の方がまだいたので診てもらったんですが、
疲労からくる貧血だろうって。さすがに会社も閉める時間だったので、休める場所をと…」
自分の言葉が意味深であることに気づき慌てて否定する。
「あ、や、やましいことはしてないので…!」
「ありがとうございます、色々としていただいて…」
「あ、あとこれ…」
俺は鍋からよそったおかゆの皿を彼女に差し出す。
「うまく出来てると良いんですが…あ、もし食欲がなければフルーツとかもあるので」
「ありがとうございます…」
彼女は上半身を起こし、皿を受け取るとゆっくりとおかゆを口に運ぶ。
どんな反応かが気になり、息を止めて彼女の感想を待つ。
「おいしい…」
「よかった…」
ほっと息をついて再び立ち上がる。
水をグラスに注ぎ、ベッドのサイドテーブルに置いた。
「もう少しよくなったらタクシー呼びますよ」
「さすがにそこまでしていただかなくても大丈夫です…!」
「僕がしたいだけなので、気にしないでください」
「どうして、そんなに…」
彼女が呟いた言葉にスマホでタクシーを呼ぼうとしていた操作を止め、顔を上げた。
どうしてなのか、その理由は一つしかない。
「どうしてって、それは…」
このまま勢いで告げてしまおうと考えたその時、どこかからバイブ音が鳴り響く。
ブーッ、ブーッ、ブーッ
「あ、私かも」
俺は平静を装いながらテーブルの上にあったスマホを中城に渡そうとする。
スマホを持ったときに画面上の名前が視界に入ると、思わず目を見開いた。
「前野陽介」とそこには表示されていた。