番外編 心配 草太's eyes その1
管理部内、16時頃。
経理処理を進めていくなかで、プロモーション部部長の請求書への捺印漏れに気づく。
俺は冷静さを装いながらプロモーション部へ向かう。
好意を寄せている彼女とは部署が違うので、普段なかなか接点をもつことができない。
ビアガーデンでの失態に深く後悔していた俺は、彼女に情けない姿を晒してしまったと思い、連絡をする勇気が持てずにいた。
業務内での関わりであれば、気にせず接することができる。
内心では野上部長に感謝した。
目的の場所に行き着くと、まず彼女の姿を探してしまう。
入口正面の列の3番目の机に彼女はいた。
普段とは違う表情にドキッとしてしまう。
何食わぬ顔で、彼女の奥に位置する部長のもとへ歩みを進める。
彼女に近づくにつれ、その横顔がよく見えるようになる。
魅力的だと感じていたその表情だったが、その顔色が悪いことに気づく。
PCと資料を繰り返し見つめている。かなり忙しそうだった。
部長に捺印をもらった後、彼女の様子が心配になり思わず声を掛けた。
「中城さん、大丈夫ですか?」
「え?」
中城は驚いた表情でこちらに顔を向ける。
「奥村さん、どうして…」
「部長に捺印をもらいに伺いにきまして」
「あ、そうなんですね、お疲れ様です」
彼女は仕事に戻ろうとするが、とても大丈夫そうにはみえなかった。
「あ、あの体調とか大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「でも顔色が…」
「いえいえ、本当に大丈夫です」
「そうですか…」
これ以上は聞く耳を持ってもらえなさそうだったので、この場は引き下がることにした。
奥村は部屋を出る前に、中城の方をちらっと見るが、彼女はもうPCに向かっていた。
なぜ部長も彼女に配慮をしないのか。
もと来た道を戻りながら、野上部長に対して怒りの感情に入れ替わっていた。
自席に着き業務に戻るが、彼女のことが気がかりになっていた。
もしかしたらずっと体調が悪いのに無理しているのではないか、そんな気がしてならなかった。
俺は席を外して、意を決して彼女に連絡をした。
そしてその足で急いで最寄りのコンビニへ向かい、そこで手当たり次第に身体に良さそうなものを手に取った。
「奥村くん、どうしたのぉ?」
急いで会社に戻り、購入したものを社用冷蔵庫にしまう。
しばらく席を外していたからか横幕が声を掛けてきた。
「いえ、何でもないです」
言葉少なに彼女をかわし業務に戻る。
横幕はそんな彼の様子を怪しむが、それ以上声を掛けることはなかった。
その後、何度かスマホを見るが、彼女から返信はきていなかった。
(まだ仕事してるのかな…)
自分の業務は終了したので、冷蔵庫からコンビニの袋を取り出すと、横幕が近づいてきて中身を覗き見してきた。
「これどうしたのぉ?」
「あ、いや、これは…」
「もしかして、中城さんに、だったりするの?」
「どうしてそれを…」
「奥村くん見てたらわかるよぉ」
彼女は袋から俺に視線を向ける。
その表情はいつもの可愛らしい感じではなかった。
その瞳に思わず気圧される。
「私のことしか見えなくするから、覚悟してね」
「え…」
「じゃあお疲れ様ぁ」
「あ、お疲れ様です」
去っていく横幕の姿はいつもどおりだった気がする。
(横幕さんしか見えないってどういう意味だろう…)
彼女の意図を考えようと思考を巡らせる前に、プロモーションチームを覗きに行こうと向かう。
部署の前に行くがドアを開ける度胸はなかった。
しかし、運良くプロモーションチームから出てくる人がいたので、ドアの隙間から中を覗き込む。
怪訝な顔をされたが、それは気にしないことにする。
視線の先にいた彼女は先ほどと同じくPCに立ち向かっている様子だった。
仕方がないので、1階のエントランスで彼女が出てくることを待つことにした。
20時を過ぎたところで、ようやく中城がエレベーターから降りてきた。
「中城さん」
「奥村さん、どうして…」
「すみません、メッセージ送ったんですが、返事がなかったので…」
彼女はスマホを取り出しメッセージを確認する。
申し訳無さそうに俺に目を向ける。
「すみません、気づかなくて…」
「いえ、僕もさっき終わったばっかりだったので、それで、これ…大したもの買えてないんですが…」
持っていたビニール袋を渡すと、中城は驚いている様子ではあったがそのまま受け取ってくれた。
「余計なお世話かもしれないんですが、少しでも元気になってもらえればと思って…」
「すみません、お気遣いいただいて…ありがとうございます」
すると彼女が急にふらついたと思ったら、そのまま膝から崩れ落ち背中から倒れ始める。
「中城さん!!!」
倒れ込む寸前のところで、どうにか身体を支えるが彼女は既に意識を失っていた。
心臓が絞られるようにキュッとなり、血の気が引いていった。