第15話 心配
あっという間に帰省が終わり、通常通りの業務が待ち受けていた。
進めている企画の外部連絡や社内確認などの進行業務に追われる。
残業が続き、家に着くのは21時を過ぎる日々が続いた。
前野への連絡は「日にちを確認します」と連絡し、はぐらかしている。
どうしても彼からの連絡に前向きになれなかった。
前野のことや将来のことを考えてしまい、なかなか寝付けない日々が続いた。
そうこうしているうちに金曜日になり、4日分の疲労と寝不足により身体に蓄積されていた。
今日を乗り切れば週末で疲れも取れるだろうと、PCと資料を睨みつけながら業務を進める。
(お盆明けから週5勤務辛い…)
「中城さん、大丈夫ですか?」
「え?」
振り返るとそこには奥村の姿があった。
なぜ彼がここにいるのだろうか。
「奥村さん、どうして…」
「部長に捺印をもらいに伺いにきまして」
たしかに彼の手には捺印済の資料があった。
「あ、そうなんですね、お疲れ様です」
私は身体の向きをもとに戻そうとするが、奥村は心配そうに声を掛ける。
「あ、あの体調とか大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「でも顔色が…」
「いえいえ、本当に大丈夫です」
「そうですか…」
彼の気遣いはありがたかったが、今は休んでる場合ではなかった。
私の応対が気にかかる様子ではあったが、彼はそのまま部署をあとにする。
奥村は部屋を出る前に、中城の方をちらっと見るが、彼女はもうPCに向かっていた。
私は一段落するところまで業務を終え、会社を出ようと1階のエントランスに向かう。
すると、エントランスにある椅子に奥村が座っていたのに気づいた。
向こうも私に気がついたようでスマホをしまい、立ち上がる。
「中城さん」
「奥村さん、どうして…」
「すみません、メッセージ送ったんですが、返事がなかったので…」
スマホを見ると、奥村から16時半頃に連絡がきていた。
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体調大丈夫ですか?
無理せず、早めに退勤したほうが良いと思います。
渡したいものがあるので、帰る際はお声がけください。
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「すみません、気づかなくて…」
「いえ、僕もさっき終わったばっかりだったので、それで、これ…大したもの買えてないんですが…」
彼から手渡されたビニール袋には、栄養ドリンクやカットフルーツ、おにぎり等が入っていた。
「余計なお世話かもしれないんですが、少しでも元気になってもらえればと思って…」
もしかして私が来るまで待っていてくれたのだろうか。
彼も仕事で疲れているはずなのに申し訳なかった。
「すみません、お気遣いいただいて…ありがとうございます」
あ…れ…。
視界が急にぼやけ、足元がふらつく。
「中城さん!!!」
彼の声が遠くに聞こえたが、それに答えることはできなかった。
◆
「う……」
目を開けると見慣れない天井と奥村の姿があった。
「中城さん、気が付きましたか…?」
「ここは…」
「あ、僕の家です…」
「え!?」
照れくさそうに奥村は答える。彼はまだシャツを着たままだった。
首を横に向けると、整然と並んでいるテーブルと椅子、本棚が見えた。
椅子にはジャケットが簡単に掛けられている。
真面目そうな彼らしい部屋のレイアウトだった。
掛けられた布団からは、ほのかに奥村の匂いがした。
彼の部屋に来てしまったことは間違いないようだ。
奥村は私が気を失った後の経緯を簡単に話し始める。
「あのあと会社の医務室に行ったら、社医の方がまだいたので診てもらったんですが、
疲労からくる貧血だろうって。さすがに会社も閉める時間だったので、休める場所をと…」
ハッと気づいた奥村は慌てて私に弁解する。
「あ、や、やましいことはしてないので…!」
こちらもつられて恥ずかしくなって、布団を顔半分まで覆う。
壁掛けの時計は21時半を過ぎていた。
会社を出たのが20時過ぎだったので、1時間半くらい気を失っていたようだ。
「ありがとうございます、色々としていただいて…」
奥村はキッチンへ行き、鍋から何かをよそうと、またこちらに戻ってきた。
「あ、あとこれ…」
彼は皿に入ったたまごがゆを差し出してきた。
できたばかりのようで湯気が立っていた。
「うまく出来てると良いんですが…あ、もし食欲がなければフルーツとかもあるので」
「ありがとうございます…」
私は上半身を起こしお皿を受け取ると、れんげでおかゆをすくい、息をあて熱を冷ましてから口へと運ぶ。
「おいしい…」
「よかった…」
安心したように呟くと奥村は立ち上がる。
水をグラスに注ぎ、ベッドのサイドテーブルに置いた。
「もう少しよくなったらタクシー呼びますよ」
「さすがにそこまでしていただかなくても大丈夫です…!」
「僕がしたいだけなので、気にしないでください」
優しそうな表情を浮かべる奥村。
恋愛相談を受けている身ではあるが、ここまでしてもらうのは気が引けてしまう。
体調が悪いからといって栄養ドリンクを買ってきたり、貧血になった相手を介抱した上、その後の世話までする必要があるのだろうか。
彼がそこまでする義理はないように感じる。
ふとした疑問が言葉になって口からつい出てしまった。
「どうして、そんなに…」
彼はスマホを操作する手を止め、顔を上げた。
「どうしてって、それは…」
ブーッ、ブーッ、ブーッ
私のスマホからの着信音が鳴る。
「あ、私かも」
奥村はテーブルの上にあったスマホを中城に渡そうとしたとき、
画面上の名前が視界に入り、思わず目を見開いた。
「前野陽介」とそこには表示されていた。