第14話 帰省
新幹線の窓から2つのビルが立ち並ぶのがみえる。
見覚えのある景色に目的地に到着したと実感する。
お盆に入り、会社の夏休み期間に突入した。
休みを利用し、私は久しぶりに地元の名古屋に帰省していた。
2時間弱かけた旅路に別れを告げ、名古屋の地に降り立つ。
凝り固まった身体を大きく伸びをしてほぐすと、慣れた足取りで進む。
名古屋駅から電車、バスを乗り継いで約30分。
ようやく我が家に辿り着く。
スーツケースを引っさげた重労働で身体もへとへとだ。
「ただいまー」
「翔子、おかえりなさい、疲れたでしょ~」
母が私をいつも通り出迎えてくれる。
冷たい麦茶を喉に通すと、荷物を置きに自分の部屋に行く。
私の部屋は当時と変わらない状態にしてくれている。
使い古したベッドに腰掛けると、そのまま横に倒れ込む。
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「でもさ、今フリーなら俺も立候補していいかな」
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脳内に前野のセリフが再生される。
恋愛漫画のヒロインにでもなったようだ。
あんな言葉言われたことがない。
ただ、言われた時は何も考えることができなかったが、改めて振り返るとどうしても違和感を感じる。
彼の今までの態度とどうしてもリンクしない。
私が恋愛のことをわかっていなかっただけなのだろうか。
急に誰かを…好きになるみたいなことがあるのだろうか。
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今度、飯でもどう?
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既読はつけたものの、前野からの誘いの連絡にまだ返事をしていない。
私はどうしたらいいのか決めきれていなかった。
私はそっと目を閉じる。
思い返せば最近の出来事は目まぐるしかった気がする。
母がドアを開け、私に声を掛ける。
「翔子~、そうめん湯がいたけど」
「うん、食べる」
私はベッドから起き上がり、お昼ご飯を食べにリビングへ向かう。
母の作った手料理をつまみながら、そうめんをすする。
父は、町内会の人とでかけているそうで、母と私2人でそれぞれ近況を話す。
「あんた、いい人とかいないの?東京にいるんだから、良い人いっぱいいるでしょ」
「もうまたその話~?」
「そうはいったって、あんたもいい年なんだから私だって心配にもなるわよ」
30歳に近づいたあたりから、母はこの話題を必ず取り上げる。
帰省の回数が減った要因だ。
今では長期休暇のときでも毎回帰省することはなくなった。
すると、母はリビングから2枚折りの高級感のある台紙の束を取り出してきた。
(まさか…)
「これ、母さんが頑張って集めたお見合い写真よ」
(やっぱり~~~~)
「この中からいい人探してみなさい」
「いや、いいよ~~」
「母さんが集めるのにどれだけ苦労したと思ってるの!」
「そもそも頼んでないし!」
「いいから見るだけ見てみなさい、母さんのオススメはね…」
そう言いながら、母は台紙の中から一際高級そうなものを取り出すと、台紙を広げ私に見せる。
「この人!」
袴を着た由緒正しき男性がそこには写っていた。
身長も高く、目元もキリッとしている美男子だ。
見た目はかなり好みだが、これほどのイケメンなら、お見合いなんてしなくても相手に困ることはないだろう。
「かっこいいでしょ~、翔子こういうの好みじゃない?
結構由緒正しいところの家柄の人なのよ」
さすが母だ。
私の気持ちは見透かされている。
「かっこいいとは思うけど、こんな人色んな人ともうお見合いしてるよ。っていうかなんでそんな人のお見合い写真がうちにあるの?」
「最近、母さん生け花にハマってて、生け花教室通ってるんだけど、そこにこの由井さんがいらして、お友達になったのよ」
たしかによく見ると部屋の随所に花が飾ってある。
あれも母の作品ということか。
「なかなか息子にいい人がいないってお母様が嘆いていたのよ」
「なんで?」
「多忙でなかなか時間がとれないらしいのよ」
「翔子なら、漫画読んでるから大丈夫ですよ~とか言ってたら、向こうからうちの子どうですか?って言ってきたのよ」
「こんなイケメンなら多忙でもいいと思わない?」
「そんなの絶対別れる理由ランキング1位だから却下」
何かと理由をつけて次々と見合い相手を却下していく。
「もう~全然会う気ないじゃない」
「当たり前じゃん、もう疲れたから昼寝してくる」
私は立ち上がると、階段を上がり自室に戻る。
リビングから母が何か言っていた気がするが、スルーした。
◆
夜は学生時代の友人たちと久しぶりの飲み会だ。
高校時代から仲が良い3人で、私が名古屋に帰省するたびに会っていた。
お酒も入り会話も弾んだ頃に、朱里がわざとらしく咳払いをし始める。
「2人に言わないといけないことがあるんだけど、実は私、結婚しま~~~す!!!」
「「え~~~~!!!!」」
私ともう一人の友人、麻衣が声を揃える。
「聞いてないよ~~~」
「ごめん、内緒にしてたんだ。翔子帰って来るし、その時発表しようと思って」
朱里は満面の笑みを浮かべている。
結婚までに至った経緯を聞いて、さらに会話が弾む。
「朱里お幸せに~~」
「ありがと~~」
既に結婚をし、1児の母になっている麻衣は、朱里へ結婚生活へのアドバイスをする。
「旦那に今のうちに家事とか手伝ってもらったほうがいいよ、子ども産んだら大変だからね。
子どもと旦那の面倒みなくちゃいけなくなるし」
「やっぱりそうんなんだ、うちのたーくんは手伝ってくれるからいいけど~」
「こいつ惚気けてるぞ~」
麻衣は朱里の脇腹を軽く肘で小突く。
「子どもも早めに欲しいな~。あ、健人くん今いくつだっけ?」
「10月で2歳になるよ」
「もう2歳なんだ~」
2人の会話に入れず、私はうんうんと頷きながらお酒を飲む進める。
飲み会が終わり、夜道を1人ぽつんと歩いていた。
女子会自体は楽しかった。
でも、どうしても結婚出産の話題になるとついていけない。
置いていかれていると感じてしまう。
友人の幸せを心の底から祝えていない自分が嫌になる。
私はどうしたらいいだろうか。
前野からの誘いを受けるべきか、それとも……。
夜空を見上げるも、そこには星も見えない真っ暗な空が広がっていた。