第12話 ビアガーデン その3
ビアガーデンを後にし、俺は草太を支えながら出口に向かって歩く。
エレベーターを降りながら、草太は寝言を呟く。
「中城さん…俺…」
俺は軽くため息をつく。
(一体どこがそんなにいいんだよ…)
タクシーを無事捕まえると草太を乗せ、行き先を告げる。
俺は窓に目を向ける。だが、景色にピントは合わなかった。
◆
「中城さんって奥村くんと何もないんですよね?」
「え、はい。特に何も…」
「じゃあ、さっきのは寝ぼけてただけなのかなぁ。あ~あ、亜美が言われたかったなぁ」
横幕はそう言い残すと鞄を手に取り、足早に会場を去っていった。
奥村がいないなら用はない、といったところだろう。
そろそろイベントも終了の時間だ。
1人残された私は、残ったおかずやお酒を飲みながらボーっとしていた。
「俺、ほんとに好きなんだよ?」
横幕の言うように寝ぼけていたのだろう。
私に言ったわけではない。
恐らく好きな人に対しての言葉が出てしまったに違いない。
そうだ、横幕に告げてなくてよかった。
彼女なら勘違いして、そのまま付き合いたいと言い出しかねない。
奥村が彼女の勢いを上手く凌ごうと思ったら、相当骨が折れそうだ。
もし…奥村に恋愛相談されていなくて、
あの言葉を言われた時、私はどう受け取っただろうか。
奥村との短い付き合いのなかであった出来事が思い返される。
初めてランチを一緒になった時、
仕事帰りに恋愛相談を受けた時、
デートの練習で出掛けた時。
そんなifの話を想像してしまう。
こんなことを考えても意味がないのに。
「翔子〜!」
名前を呼ばれたと同時にドンッと背中に衝撃を感じる。
首を横に向けると、同期の安達友香が背中から抱きついてきていた。
頬が心なしか赤い。
どこかでアルコールを摂取していたのだろう。
「友香!」
「さっきはごめんね~」
部長を置いて私に丸投げしたことについてだろう。
「ほんとだよ〜、私が頼まれたとしても置いてくかもだけどー」
「薄情者〜」
「お前が言うか〜」
そんな他愛もない会話ができるのは、この会社だと彼女だけだ。
同期の女性は3人しかおらず、1人はもう退職してしまった。
「宴もたけなわですが、そろそろお開きになります」
前方ステージで再び専務が終了の挨拶を始める。
簡単な挨拶をして一本締めをすると、お開きムードに変わり、各々帰宅を始める。
友香が帰りのエレベーターに向かっているところで、2次会に誘ってきた。
「翔子、このあとちょっとどこか行かない?」
「うん、いいよ」
私達は近くの大衆居酒屋に場所を変えると、3度目の乾杯を済ませる。
「ねえ、そういえば、さっき一緒に話してたの営業の前野くんでしょ!?」
「うん、見てたの?」
「だって、彼イケメンで有名だよ!今フリーらしいから狙ってる子多いって」
前野がそこまで有名なのは驚いた。
友香は庶務課に属している。
その分、社内の事情には私よりかなり精通している。
彼女自身が噂好きなところもあるのだが。
「私も部長さえいなければ、ちょっと喋りたかったな〜」
「言ってくれたら、部長寝た後、友香も誘ったのに」
「え、待って、どういうこと!?」
「あのあと前野さん入れて4人で飲んでたんだよね、ちょっとの間だったけど」
「翔子、前野くんとそんなに仲良いの!?」
「仲良いってほどではないんだけど…なんか飲もうって言われたから、4人で飲んだ」
「すごい仲良いじゃん!羨ましい〜」
「うーん、でもそんな感じじゃないんだよね〜。資料室で壁ドンされて、ちょっと怖かったし」
「え、え、壁ドンされたの!?ちょっと詳しく!」
以前資料室で起きたあらましやそこに至った経緯を要約して話す。
「もしかして前野くん、翔子のこと好きなんじゃない?その奥村くんって子と仲良くしてたのに嫉妬したんだよ!」
「そういう感じじゃない気がするんだよね~。何か聞きたいことがある感じだし」
「何かって?」
「それがよくわかんないんだけど…」
「あんた恋愛オンチなんだから、彼の気持ちに気づいてないだけだって」
「ちょっとそんなに大きい声で言わないでよ」
「あ、ごめんごめん」
彼女は唯一私が恋愛経験がゼロなことを知っている。
2人で飲んだときに、恋バナを突っ込まれたときに、バレてしまったのだ。
しかし友香は私の事情を汲んでくれて、周りには黙ってくれている。
「でも前野くんとお近づきになったら、ちゃんと教えてよ!初カレがイケメンとか最高じゃん!」
「うん…」
23時を過ぎたところで、女子会がお開きになった。
(友香はああ言ってたけど、やっぱり前野さんが私に好意を寄せてるようには見えないんだよなぁ)
◆
夏の決起会と称したビアガーデンが終わったその週末。
私が主導で進めている企画の進捗が芳しくなく、休日出勤に勤しんでいたが、
業務が一段落したタイミングで、会社の休憩スペースを訪れていた。
会社の2階には休憩スペースが設けられている。
自販機や電子レンジなどが揃えられており、
仕事をする我々の飲食する場として提供されている。
比較的ホワイトな会社なので、休日出勤している社員は滅多にいない。
おかげで休憩スペースを独り占めだ。
テーブルに座り、紅茶をお供にコンビニで買ったサンドイッチを食べる。
「あれ、中城さんじゃん」
声のする方へ顔を向けると、
そこには前野陽介の姿があった。