第11話 ビアガーデン その2
19時過ぎに来た来場者たちを最後に、受付に姿を表す人はいなくなった。
会場内は盛り上がっているようで、大きな笑い声やガヤガヤとした会話の音が聞こえてくる。
(中城さんは楽しんでるのかな…)
暇になったのか、隣りにいる横幕さんがやたらと休日の過ごし方とか好物の食べ物とかを聞いてくる。
俺の答えが簡潔すぎたためか、彼女自身の話にシフトしていった。
話が一段落すると、ようやく静かになる。
「暇になっちゃったねぇ」
「そうですね」
「せっかく2人で受付してるんだから、もっとお話そうよぉ。
準備のときも、奥村くん1人で全部やっちゃうし」
その言葉は少し意外だった。
彼女は課長から押し付けられた仕事をやむなく引き受けたのだと思っていた。
庶務課への連絡や当日の流れをまとめたり、事前準備はほとんど俺が対応してしまった。
よかれと思ってやっていたのだが、それが彼女の意に反してしまったようだ。
俺はぺこっと軽く頭を下げる。
「すみません…」
だが、彼女は頬を軽く膨らませている。まだ機嫌を直してくれてないようだ。
「じゃあ、お詫びに今度ご飯付き合ってよぉ」
俺は質問に答えられずフリーズする。
彼女の返答に困っていたわけではなく、視線の先には中城さんがいたからだ。
元々プロモーション部は会場奥に最初の席が配置されていた。
移動してきたにしても、こんな会場近くにくることはないはずだ。
もしかして本当に差し入れを持ってきてくれるのだろうか。
冗談だと思っていた。
思うようにしていた。
期待して、それが叶わなかった時ショックを受けないために。
横幕さんも俺の視線につられて、後ろを振り返る。
彼女も中城さんが差し入れを持ってきてくれることを期待していたようだ。
「あ、中城さん、やっときたぁ。もうお腹ペコペコだよねぇ?」
「え、あ、そうですね」
彼女が不満そうなのは空腹のためかとようやく腑に落ちる。
中城さんに視線を戻すと、他の会社員に囲まれているようだった。
知り合いなのだろうか、やけに親しげな気がする。近しい間柄の人なのだろうか。
そこに陽介が近づいたことで、周りの人は分散していった。
早く同僚の機嫌を直して欲しいところだ。
つまるところ、俺の機嫌も直して欲しい。
中城さんと陽介が少しずつ受付側に近づいてきた。
「遅くなってすみません…!奥村さん、横幕さん、差し入れ持ってきました」
「遅いですよぉ。もうお腹ペコペコですぅ」
俺は彼女からお皿を受け取る。
空腹も感じていたので、盛られていた唐揚げや焼きそばを口に運ぶ。
陽介がにやっと笑みを浮かべながら、俺に顔を向ける。
「もう少しで受付終わるんだろ?一緒に飲むか?」
「あ、うん」
焼きそばを含んだ口を手で抑えながら、横幕さんが立ち上がる。
「え、じゃあ亜美も一緒にいいですかぁ?」
「もちろん、え~っと」
「私、奥村くんと同期入社の横幕って言いますぅ」
「中城さんもまだ飲めるよね?」
◆
20時をまわり、奥村と横幕が受付業務を閉める。
私たちは受付近くの空いていた円形テーブルの4人席に座る。
各々好きなおかずやお酒をチョイスし、白い机に彩りを添える。
「お疲れ様です!かんぱーい!」
改めてグラスを合わせる。
前野と横幕が初対面なので、改めて自己紹介を軽く済ませると、横幕が隣に座る奥村に身体を向ける。
「奥村くん、さっきの話の続きしようよぉ」
「さっきの話?」
「1人で準備したお詫びにご飯いくって話ですよぉ」
横幕は想像していたより積極的にアプローチをしているようだ。
(奥村さん好きな人がいるのに、横幕さんが猛アプローチ…!
でも彼女はそんなこと知らないんだろうし…)
「あ、横幕さん、これ美味しいですよ!」
私は取ってきたお肉を指し示し、話題を逸らす。
だが、彼女は特に気に留めず、話を続ける。
「ねぇ、どうしてだめなのぉ?
同期なんだし、亜美は親睦を深めたいだけなのにぃ」
前野に視線を向けるが、彼は全く気に留めずご飯を食べ進めていた。
気づいてないのか、気にしてないのかわからない。
「お酒もう少し飲みます?」
私は会話を切り替えるように奥村のグラスに注ごうと、瓶ビールを持ち上げる。
「亜美、酔っちゃったかもぉ」
横幕が奥村にわざとらしく寄りかかり、上目遣いで彼に視線を送る。
(いや、あなた全然お酒飲んでないのでは!?)
これは意識する男性が少なからずいるだろう。
だが奥村はそんな彼女にも何の反応もみせない。
もしかして女性に寄られて困惑してるのでは、と彼を見ると目が虚ろな感じになっている。
どうも様子がおかしい。
「お、奥村さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫…」
彼は目をこすりながら答えるが、いつもの奥村と様子が違う。
普段敬語で話す奥村がタメ口だ。
奥村の様子に気づいたのか前野が制止する。
「おい、草太、そのへんにしとけよ」
「なんで?俺大丈夫だよ、ほら」
奥村は半分ほど残っていたビールを、ごくりごくりと喉に流し込んでいく。
「はぁ~」
前野が大きなため息をつく。
「自分のキャパ越えるなって何回も言ってるのに」
「なんだよ、陽介。いいじゃんか、ほら俺、全然普通だよ」
上半身が不安定に前後左右に揺れ動く。
身体を支えきれなくなったのか、椅子にもたれかかる。
しかし身体はそのまま背もたれを滑り、前野に身体ごと預ける。
顔もかなり赤い。
「奥村さんって、もしかして…」
「下戸」
私は慌ててグラスに水を入れると、彼に差し出す。
しかし、奥村は距離感が測れてないのか、私の手首を掴む。
彼は意識朦朧としながら、私に呟く。
「俺、ほんとに好きなんだよ?」
(え…?)
力が上手く入らないのか、私を掴んでいた手が机に落ちる。
「…わかった、わかった、ほらいくぞ」
見かねた前野が立ち上がり、奥村を肩で支える。
奥村は完全に目を閉じ、眠ってしまっているようだ。
「悪いな、草太が限界そうだから、俺こいつ送っていくわ」
「えぇ~~」
横幕は残念がるが、奥村がこうなってしまっては強くは反対できないだろう。
手首に残る感覚。
少し角張った細い指だった。
会場を後にする彼らの背中が見えなくなる頃には、微かに残る彼の温もりも消えていた。