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第10話 ビアガーデン その1

8月に入り、猛暑が日本を容赦なく襲う。

こんなとき社会人が欲するものといえば…


「夏はやっぱりビールだよなあ!」


部長の野上司(のがみつかさ)が朝礼で部署全体に声高に言った。

今年も会社恒例の全部署参加で決起会という名の飲み会が開催される。

自由参加とされているが大半の人間が参加しており、

参加しないと怪訝な顔をされるので、ほぼ強制参加に近い。


共有されたメンバーも皆嫌そうな顔をしているが、実際に嫌ですとは言えない。

おそらく全員参加することになるだろう。

私もその例外ではない。


その理由の原因の1つは、この喜々として話している野上部長だ。

酒乱で有名な彼と飲むと毎度ウザ絡みをされている。

今年は誰が被害に遭うかと戦々恐々だ。

本人は翌日にはサッパリ忘れているので、よりたちが悪い。


会場は会社近くのビアガーデンになるらしい。

会社で貸し切りにしているようで、気にせず騒いでもいいとのことだ。


ただ普段そこまでお酒のお世話になっていない私にとっては、それほど楽しみな行事ではない。

無事イベントが終わることを祈るのみだ。



決起会当日。


私は仕事が終わり、会場に向かう。

受付には奥村が立っていた。

奥村の姿を見るのは、会社近くのコンビニで会ったとき以来だ。

相変わらずコンタクトにしているようだ。


そして彼の奥にもう一人、駅前で声を掛けてきた横幕の姿があった。

今年は管理部が受付のようだ。

奥村が私に気づくと声を掛けてくれた。


「中城さん、お疲れ様です!」

「今年は奥村さんが受付なんですね」

「そうなんです、受付終了になるまでは参加できなさそうで…」


受付終了の時間は20時。

開始時刻は18時半予定となっているため、1時間半はこの場所に釘付けされるということになる。

さすがにそれは気の毒だ。


「あとで差し入れ持ってきますよ!」

「ありがとうございます!」


横幕が奥村の横から顔を出し便乗してきた。


「中城さん、私の分もお願いしますぅ。焼きそばとか唐揚げとか食べたいですぅ」


横幕と視線がバチバチと交わる。

どうも彼女からは敵対視されている気がする。

妙に対応が刺々(とげとげ)しい。


会場に入る前に奥村からビアガーデン内の説明をされる。

会場内は食べ飲み放題で、中にある屋台からそれぞれ欲しい分を取りに行くセルフ形式のようだ。


決起会開始の時間が迫っているので、すでにあちこちで盛り上がっている。


専務が会場内のステージにあがると、周りも次第に静かになる。

今後の抱負や労いの言葉を簡単に述べ、乾杯の音頭をとると、

グラスを勢いよく鳴らす音が聞こえてくる。

夏の暑さにも負けないくらいの熱気だ。


そして私は、開始時刻前に部長の相手をしていた同期、安達友香(あだちゆうか)に捕まってしまい、社内接待に勤しんでいた。

多くの人が会場内を歩き回り、部署関係なく場所を移動しているようだ。

部長の周りは敬遠されているのか、人が少ない。

おかげで私たちで部長の相手をするほかない。


2人に差し入れも持っていきたいが、遅れてきた来場者も多く受付もかなり忙しそうだ。


19時を過ぎてきたところで、部長ができあがってきて、ウザ絡みモードになってきてしまった。

顔も赤くなり呂律もよくまわってない。


「中城さぁん、最近どうなのお」

「最近というのは…?」

「最近は最近でしょお!?昔の話聞いてどおすんのお、ハハハハ」


こうなってきてしまっては、テキトーにあしらうしかない。

部長を挟んだ先にいる安達と目を合わせ覚悟を決める。


「あだっちゃん、唐揚げたべたい」

「取ってきます!」


安達はすぐ立ち上がり、私に茶目っ気たっぷりでウィンクをして立ち去る。

「しばらく任せた」と心の声が聞こえた気がした。


(友香~~~、裏切ったな~~~~)


立ち去る安達を睨みつけるが、彼女は人混みに紛れ姿が見えなくなった。

ご所望の唐揚げが届くまで、私が場を繋がなくてはいけない

部長のお()りに(いそ)しんでいると、お(しゃく)をしに来た人がいた。

しばらく解放されると、こっそりと一息つく。


「企画プロモーション部の野上さんですよね?お酒どうですか?」

「ん?君は?」

「僕、営業部の前野といいます」


(ん? ”前野”?)


ちらっと横を見ると、爽やかな笑顔を貼り付けた前野が野上にお酌をしていた。

驚く私を気に留めることなく、2人は会話を進める。


「あぁ、君はね~期待の新人って噂は聞いているよお」

「ありがとうございます!この機会に是非野上さんと話してみたかったんですよね。

野上さんは、新規プロモーションの企画を立ち上げて過去最高売上を記録したことがあるとか」

「おぉ、若いのに関心だなあ、君は」


野上と話す前野がチラッと私を横目で見たときに、目が合った。

鼻で笑われた気がする。

接待はこうやるんだと言われた気分だ。


「さぁ、部長、もう一杯どうぞ」

「おぉ、すまんな」


2人は再び乾杯する。

部長はぐいっと飲むと、そのまま勢いよくバタンッと机に突っ伏した。

前野は驚いて部長に駆け寄る。


「ぶっ、部長!?」


ぐーぐーと大きな寝息を立てる部長。


「寝てる…」


慣れている私は前野に釈明する。


「部長は酒好きなんだけど、そんなにお酒自体は強くないんですよ。

なので、その限界を越えると途端に寝ちゃうんです」


彼は部長の安否を確認できると、私の横の席に腰を掛ける。


「ふーん、俺の相手はいなくなったわけだ。じゃあ中城さんが相手してよ」


私は自然とファイティングポーズを構えてしまう。


「はは、そんなに身構えないでよ」

「俺も中城さんのことは詳しく知らないし、これからはもっと俺ともお話してよ」

「お話って言われても…」

「例えばさ、俺に聞きたいことはない?」


この前の壁ドンの真意を…と思ったが、さすがにこの場では聞きづらい。


「前野さんはお酒けっこう強いんですか?」

「まあそうだね、そんなに酔うことはないかな。そういう中城さんも強そうだね」

「私も弱くはないかな、ってくらいです」

「ふーん、草太と飲んだこととかはあるの?」

「え、奥村さんと飲んだことなんてないですよ」

「へえ、ないのか」


意味深な返しだ。

彼は何が言いたいのだろう。

相変わらず何を考えているのかよくわからない。


そこで私は自分のタスクを思い出す。

時刻は19時半近い。かなり遅くなってしまった。


「あ、そういえば2人に差し入れ持っていかなきゃ」

「差し入れ?」

「受付してる2人お腹空かしちゃうから、何か持っていかないと」


私が立ち上がると、前野も一緒に席を立つ。


「俺も付き添うよ」

「え」

「2人分なら2人で持っていったほうがいいでしょ」


奥村と横幕の2人に渡すために、前野と分担して焼きそばや唐揚げなどをもらいに屋台へ向かった。

注文ができあがる前に、周りにいた同僚たちに声を掛けられる。


「あ、中城さん!この前はありがとね~」

「中城さんのアドバイス通りしたから、今も順調です!」

「お、中城さんこの前の企画面白い感じだね~、これからも期待してるよ!」


たまたま昔、恋愛相談に乗った人たちや仕事で連絡を取り合っていた人たちが周りにいたので、

四方から話しかけられる。

屋台のおじさんから揚げたての唐揚げをもらうが、なかなか解放されない。

すると、焼きそばを乗せた皿を持った前野が声を掛けてくれた。


「中城さん、唐揚げもらえたの?」

「あ、はい」

「あいつら待ってるから、早く行くよ」


彼の言葉に呼応して、周りの人達はまた別の人に話しかけに行く。

ようやく落ち着いたので、他のおかずもいくつかピックアップし、会場入口へ向かう。


「中城さんって、すごい人気なんだね」

「いや、そんなことは…」


彼らは受付にある椅子に座っていた。

受付はだいぶ落ち着いているのか、全く人通りはない。


「遅くなってすみません…!奥村さん、横幕さん、差し入れ持ってきました」

「遅いですよぉ。もうお腹ペコペコですぅ」


奥村と横幕は私たちからおかずを受け取り箸を取る。

前野は奥村に言葉を掛ける。


「もう少しで受付終わるんだろ?一緒に飲むか?」

「あ、うん」


焼きそばを含んだ口を手で抑えながら、横幕が立ち上がる。


「え、じゃあ亜美も一緒にいいですかぁ?」

「もちろん、え~っと」

「私、奥村くんと同期入社の横幕って言いますぅ」

「中城さんもまだ飲めるよね?」


(え、こ、この4人で飲むの…?)

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