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第1話 出会い

私、中城翔子(なかじょうしょうこ)30歳、会社員、恋愛経験ゼロ、つまりーーー処女だ。


「中城さんのアドバイス通りに、アプローチしてみたら、無事えっちできましたー!」


昼休憩の公園で弁当を広げながら、後輩こと望月照美(もちづきてるみ)は私に向かって喜びの報告をしてきた。

サンドイッチを食べようとしている手を止め、彼女の言葉を聞き終えると、誇らしげに答える。


「おめでとう!ほら、私の言った通りでしょ!」

「ほんとに中城さんに聞いて正解でしたー!やっぱり彼氏30人いただけあって、経験豊富なんですね!!」

「も、もちろん!色んなタイプの男性と付き合ってきたから、そのへんのことは任せて!」


そう、私は表向き、過去に彼氏が30人いたモテ女ということになっている。

最初はそんなつもりはなかった。

新卒で入社したときの歓迎会のとき、「彼氏いるの?」と先輩社員に聞かれ、「います」と、つい見栄を張ってしまったのが原因だ。

しかし、彼氏のことを聞かれて当然答えることもできず、「別れた人のことは忘れちゃいました~」とごまかしているうちに、「男が絶えない女」として社内で話が広がってしまったのだ。

それ以降、各部署の恋愛に悩む社員が次々と恋愛相談に来るようになった。


付き合うためのアプローチの仕方だったり夜のお悩み相談など、内容は様々だ。

一度見栄を張ってしまった手前、今更嘘でしたとも言えず、困り果ていたところに、本棚にしまってあった漫画が目に入った。

そして私の趣味の漫画で得た知識が思いもよらぬ力を発揮した。


今まで読み散らかした恋愛漫画の知識を駆使し、恋愛指南をしてきた。

夜のお悩みは全くわからないが、成人向けの漫画や同人雑誌、徹夜してネットやSNSに落ちている情報をまとめあげ、アドバイスをしていた。


なぜかそんな薄っぺらいはずのアドバイスがよくあたるらしく、「カップル成立100%の恋愛指南役」「マンネリ解消のエキスパート」「男を虜にする魔性の女」と色んな二つ名がどんどん広がってしまった。

所詮は客観的に状況をみれるか、ということが重要なだけで、あとはネットにある情報で知識を補完すれば、恋愛は思ったより単純ということだ。

そして今回もアドバイスした彼女は無事好きな彼との夜の営みに成功したらしい。


幸せいっぱいの後輩社員と別れ、自分の部署に戻りながら、私は深い溜め息をつく。


(私も恋愛してみたいなあ)


今まで好きになってきた男性はいる。

ただ学生時代はそもそも男子とろくに話したことなかった。

社会人になったあとも、業務連絡のみで終わる日々。

デートももちろんしたことがない。

漫画のようにアプローチされることもなければ、自分からする勇気もない。

マッチングアプリに登録したことはあるが、色んな男性から連絡が来てしまって、返事を返すだけで疲弊してしまい、アプリも使わなくなってしまった。


そんな日々を過ごしているうちに、もう30歳。

女性としては売れ残りに分類される年齢だ。

女友達の第一次結婚ラッシュが終わり、第二次ラッシュに差し掛かっている。


そうこうしているうちに今日も終業時間になり、帰宅の途につく。

寄り道することもなく、真っ直ぐ駅へと足を向ける。


すると駅構内の改札前に、挙動不審な男性が一人。

スーツを着ているところからして、どこかの会社員なのだろう。


目線を下げてキョロキョロしているので、どうやらなにかを探しているようだ。

私もつられて地面を見てみる。

すると、足元の近くに交通ICカードが入ったパスケースが目に入った。

周りの人達は気づいてないのか面倒なのか、素通りして改札を通り抜けていく。

私は、パスケースを拾い上げると、右往左往している男性に声を掛ける。


「あの…もしかして、こちらお探しですか?」


男性は私を睨みつけるように顔を上げる。

パスケースが目に入ると、表情が明るくなった。

はにかむ顔がとてもかわいらしく、まだ学生のような雰囲気を漂わせている。


「あ、そうです!ありがとうございます!」


男性はパスケースを受け取ると照れながら、続ける。


「実は今日眼鏡を壊してしまって、全然見えなかったので、助かりました…!」

「いえいえ、見つかってよかったです。それでは…」


帰宅ラッシュということもあり、そのまま波に乗ろうと改札の方に身体を向けようとしたとき、好青年が呟いた。


「あれ…もしかして、中城さん…?」


まさか自分の名前が呼ばれるとは思わず、驚いてしまう。


「あ、はい、そうですが」

「あ…いや、すみません…なんでもないです。ほんとにありがとうございました」


彼は顔を赤らめると、お辞儀をすると足早に去っていった。


(なんだったんだろう…もしかして知り合いだった…?)


電車に揺られながら記憶の中の会社の人達を思い浮かべるが、どうにも彼のことは思い当たらない。

しかし、自宅の最寄駅に到着する頃には、そんな彼のことは忘れ、今日の晩ごはんをどうするかで頭が一杯になっていた。


ーーー翌朝ーーー


今日もテキパキと仕事をこなしていくと、上司から声を掛けられる。


「中城さん、ちょっといい?」

「はい」


PCから上司に目線を移すと、上司の奥にもう一人いるのが見えた。


「管理部の奥村(おくむら)くんなんだが、山村商事の件で聞きたいことがあるらしい。担当しているのは君だから、君に話してもらったほうがいいかと思ってね」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、奥村くん、よろしく」

「あ、はい」


奥村という男性を残し、上司は立ち去っていく。

見た目は20代くらい。長身だが、少し背中が丸まっているからか頼りなく見える。


(新卒なのかな…)


眼鏡の奥にある瞳は斜め下を捉えていて、私になかなか焦点が合わない。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


奥村の言葉を待つも全く話す気配がない。

沈黙の空気に耐えかねて、声を掛ける。


「あの…聞きたいことって…」

「あ、すみません…」


奥村はおどおどした調子で話し始める。

慣れない手つきで持っていた資料を取り出した。


「え~と、あ、山村商事の請求書の件でお聞きしたいことがありまして…この部分の内訳はどういったものになるんでしょうか」

「それはですね…」


奥村からの質問に答えていくと、彼の疑問は無事解消できたようだ。


「ご説明いただきありがとうございました」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


しかし、奥村はその場に立ち止まっていた。


「まだなにか…?」

「あ、いや、あ、あの昨日は本当に助かりました」


奥村はぺこっと頭を下げる。

昨日の出来事が脳内を駆け巡る。その中でヒットしたのは落とし物を届けた青年の姿だった。


「あ、もしかしてパスケースの…?」


眼鏡をかけているので、また雰囲気がだいぶ違って見えた。

まさか同じ会社の人だったとは思いもしなかった。

管理部であれば、業務上での接点もあまりないので、気づかなくてもしょうがないのだが。


「僕、最近担当が変わったので、わからないことが多くて、もしかしたらまたお伺いするかもしれませんが、よろしくお願いします」


早口でそう言うと、奥村は急ぎ足で去って行った。


(口下手なのかな…)


去り行く奥村の背中を見つめながら、心のなかで呟いた。



ーーーそれから数日が経った。


月初の忙しさを乗り越え、ランチタイムに差し掛かる。


(今日はご褒美にランチでも行っちゃおー♪)


今は恋愛相談も特になく、気軽なおひとりさまランチだ。

軽い足取りで、大通りから一本入った路地裏に向かう。

車の通りがほとんどない道だが、両脇にいくつもの飲食店が並ぶ通りだ。

どの店に入ろうかとゆっくりとした足取りで歩く。


(何にしようかな~)


すると、最近オープンしたてのお店が目に入る。

お祝いの花が入口に飾られており、店内も賑わいをみせている。

表の看板のメニューを確認すると、生パスタ専門店のようだ。

店内おすすめメニューはミートソースパスタ。

ほのかにミートソースのいい匂いが漂ってくる。

値段も手頃のようで、すぐさま口の中がパスタ気分に包みこまれた。


(よし!ここにしよう!)


店内に入ると、店員さんが笑顔で迎い入れてくれた。


「いらっしゃいませ!お客様、1名様でよろしいでしょうか?」

「はい」


店員が店内を見回すと、どこの席も満席のようだった。

私もつられて見渡してみると、座席数はそこまで多くないようだ。


「少々お待ちいただきますが、よろしいでしょうか?」


腕時計の時間を確かめる。

時刻は13時5分。

14時からは打ち合わせが入っている。

遅刻するわけにもいかないが、身体はすでにミートソースパスタを求めていた。

答えに迷っていると、見覚えのある姿が目に入る。


「あれ?奥村さん?」


水を飲みながら座っていた奥村と目が合う。


「あ…」


奥村は座ったまま会釈をする。

彼の会釈に呼応するように、「グ~~」っと私のお腹が勢いよく返事をした。


「あ、あの、もしよければ、ご一緒しますか…?」


気を遣ってくれたのか、奥村が声を掛けてくれた。

これは渡りに船だ。

お言葉に甘えてしまおうと、店員に相席にすると答えて、奥村のテーブルに腰を掛ける。


「ありがとうございます。すみません、気を遣わせてしまって」

「いえ、全然大丈夫です」


奥村は口数少なく答える。

気持ちはミートソースで決まっていたが、気まずさを振り払うようにメニューを眺めるフリをする。


「奥村さんは何を頼んだんですか?」

「あ、僕はミートソースにしました」

「そうなんですね~、私もそれにしよ」


店員を呼び、注文をする。

店員が去っていくと、同時になにを話そうかと考え込む。

水を飲んで、間を繋いでいると、奥村と目が合う。


「あの、どうしました?」

「あ、いや、すみません、何でもないです」


奥村は顔を赤らめ視線を逸らす。

相当シャイのようだ。

こんな調子で仕事は回せているのだろうかと、心配になる。

奥村がうつむき加減に話し始める。


「あの…!」

「お待たせいたしましたー!ミートソースになります」


奥村が声を発したタイミングで店員が奥村のパスタをテーブルに置いていった。

ミートソースの香ばしい匂いが辺りに広がる。


「冷めないうちにどうぞ」


ミートソースを指し示し、食事を促す。


「あ、じゃあ…先にいただきます」


彼は勢いよくパスタを口に頬張っていく。

私が注文したパスタが届く頃には、あっという間にパスタを平らげてしまっていた。

会話の気まずさから急いで食べたのかなと思いながらも、私も身体が望むままにミートソースを一口、口に運ぶ。


「おいしい!」

「ここのミートソース美味しいですよね。僕もこの前来て、美味しいなと思ってまた来たんですよね」


ここに来て初めてまともな会話ができた気がする。

きっかけがあれば普通に会話できるのか。


「あ、そういえば、さっき何か言いかけてましたよね?」


奥村はハッとした表情を浮かべる。

一口水を飲むと、彼は意を決したように話し始めた。


「あ、あの、こんなこと言っていいのかわからないんですが、中城さんは恋愛経験豊富だと聞いたことがありまして…」

「あ、あ~、まあそうですね~…」


何回目かわからない嘘を罪悪感とともに飲み込む。


「僕、そ、その好きな女性がいまして…ただ、僕自身話すのがあまり上手じゃなくて、どう話しかけていいかもわからなくて…」

「あ~、ありますよね、そういうの」

「なので、その、相談に乗っていただけないかなと思いまして…」

「え」


男性からの恋愛相談は受けたことがなかった。

しかも、申し訳ないが、それを奥村からされるとは思っても見なかった。

パスタも食べ終わり、一息つき、ふと腕時計の時間を見ると、そろそろ会社に戻らないと行けない時間だ。


「すみません、私そろそろ戻らないと…」

「あ、僕も早く戻らないと…」


お会計に行こうとすると、伝票を奥村が手に持ち、速やかに2人分の会計を済ませてしまう。

奥村は振り向くと、少し恥ずかしそうに呟く。


「これは指南料…ということで…」


ーーーーこれが、私が初めて恋愛をするプロローグになることになるなんて、このときは思いもしなかった。




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