最終話 世界に恋をしたふたり
少女は帰るなり、〝鉄と森〟でもらった紙袋をベッドの上でひっくり返す。先ほどまで鼻歌でも聞こえてきそうな笑顔だったが、そのうちの一着を見て顔を引き攣らせた。
注文した通り、確かに下着は多めに入っていた。デザインはシンプルだ。少々季節外れではあるが、無難な流行り物である普段着も三着ほど入っていた。夜の性活に使用するものと思しき大胆なデザインのものは数に数えなかった。穿けるか、こんなもの。
でも、これでようやく着替えができる。
それは素直に嬉しい。それはいい。それはいいんだ。
「なにこれぇ……?」
たった三着。
自身がいま着ている五十年以上前に流行っていた服を足しても、四着しかないのに。そのうちの非常に貴重な一着が、なぜか犬の選んだ服とおそろいのピチピチだったのだ。
しかも、目が痛くなるようなショッキングピンクだ。目が痛い。
指先で持ち上げて広げ、タグを読む。
「ゼン……シン……タ……イー……ツ……?」
ゼンシンタイーツ。聞いたことのない名の服だ。少なくとも五十年前にはなかった。
現代人はこんな恥ずかしい服を着て出歩いているのか。いや、おかしい。なぜなら外でこんな服を着ている人物とすれ違ったことがない。
ほぼ全身を覆うタイーツ。
それは伸縮性に富んだ薄い生地で作られた、なんの飾り気もないピチピチの服だった。触った感じ、防御力があるわけでもない。
「こんなの着たらボディラインが丸わかりじゃない」
夕刻の犬を思い出す。
ふわふわの毛をタイツで抑え込み、妙にスラっとしたシルエットになっていた犬を。本人はシュっとした姿に、嬉しそうに尻尾を揺らしていたが。
個人的にはもっさりしている元の犬の方がかわいいと思うのだけれど。
ため息をつく。
そりゃこんなの売れ残るわ。誰が好き好んで着るのだか。
「やめやめ。せめて上から着られる羽織やスカートがないとね」
色々と浮いてしまってまずい。わいせつ罪でしょっ引かれる。
少女は夜の下着とともに、クローゼットの最奥にしまい込んだ。
何にしてもだ。五十年の幽閉が解かれ、ようやく自由の身になった。服くらいは好きに選ばせてほしい。〝魔王〟なんていう堅苦しい地位にいた頃は、格式どうこうで身の回りのものさえ自分ではろくに選ばせてはもらえなかったのだから。
とにかく仕事を探し、お金を貯めてかわいい服を買おう。いっぱい。それが明日への活力。うん。
それはさておき。
今夜カラダを洗ったら、無難な服を着て寝よう。借りた部屋のドアには鍵もあるから、下着で寝てしまってもよさそうだ。まあ、誰に侵入されたとしても返り討ちにできる自信はあるけれど。
ああ、約一名、力の底の見えないひとがいたか。彼は一体何者なのだろう。
ふいに部屋の外から声がかかった。
「――お~い、レイリィナ。飯だってさ」
「わっ!?」
フリッツだ。驚いた。なんてタイミング。
いいやつだけど変な人。やたら強い一般人。ヘタをすれば、五十年前に自身の首に手をかけるほどにまで迫っていた、あの恐るべき勇者リンドロートのように。
……あの頃を思い出すと、震えそうになる。一歩、また一歩と、自身の命へと確実に近づいてくる彼に、何度眠れぬ夜をすごしたことか。
指先で首を撫で、頭を左右に振る。
大丈夫。彼はもう死んでいる。けれどそう思うと少し心が痛む。自分だけが死を偽装され、当時の忠臣によって幽閉されることで生き長らえてしまったから。
長い、長い、退屈な五十年だった。自らを掻き毟りたくなるほどの。
でも不思議と同じくらい、彼に会ってみたかったという気持ちもある。わたしたちはとても似た立場で、唯一同列に語れる存在だったから。
リンドロートのことを考えるとき、想いはいつも背反する。
「――レイリィナ? どうした? なんかあったのか?」
「ないない。ちょっとうつらうつらしてたからびっくりしただけ。いま行く」
でも、いまは――。
この街がとても楽しいと感じている。
「――ひょっとして……人様に言えないようなことをしてたり!?」
魔王ヴェロニカはベッドから降りて、勢いよくドアを開く。
「ふざけんなっ。声を弾ませて何言ってんの……よ……?」
そこにはなぜか真っ赤な全身タイツを着用したピチピチのフリッツと、茶色の全身タイツ姿のままのピチピチ犬が立っていた。
頭頂部から足先まで視線をやって引き返し、股間で止めた彼女は真顔でつぶやく。
「……いや、ほんとにふざけんな……」
レイリィナは静かにドアを閉めた。
目のやり場に困る……。
序章へ続く。
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