第23話 ローラとマカロフ時々イッヌ
騒がしいふたりと犬が立ち去ったあとで、ローラは修繕に勤しむマカロフに寄り添うようにしゃがみ込んだ。
両手をそろえて顎を支え、一心不乱に金槌を振る夫を横目で見る。
「いや~、不良在庫の一掃セールができて助かっちゃったよ」
「ウハハハハ、捨てるものを押しつけるとは、悪い女だ」
「だってせっかくマカロフたちが一生懸命に作ってくれたものだもん。簡単にゴミ箱行きにはしたくないよ。それに、そういう女は好きでしょ?」
マカロフは厳つい顔で一切照れを見せることなく、片頬だけを持ち上げて言った。
「言うまでもあるまい。好きに決まっておろう」
「でしょ。それに、あの売れない服を作ったのはマカロフじゃん。何なの、あの変なピチピチしたのは」
トン、トン、トン。
金槌が優しく振り下ろされる音が響く。住み込みの従業員であるドワーフたちは、鍛冶場に籠もっている。
「さてのう。儂も詳しくは知らんが、昨年あたり、ふらりとレンガートを訪れた犬が言うておったのだ。そろそろ必要とな」
あの茶色と白の犬のことか。
「あの犬とは知り合いだったの? てか、もともとオーダー品?」
「犬の顔の違いなど儂にはわからん。おもしろ半分に縫うただけよ。古文書の一節によれば、異世界におる英雄や勇者が魔物と戦う際に着用しておる戦闘用装束らしい。ま、夕刻にきたあれが何者かは知らんが、火竜殺しはそう呼ばれるに相応しき偉業だろうよ」
その言葉に、ローラは少し黙ってから唇を尖らせた。
「その件だけど、何者か知らない? 本当に? 見覚えはなかった?」
「ないな」
「ボクも確信はないし、いまを生きてる魔族の大半や人間たちは寿命が短いから知らないかもだけど、あの人たちってさあ、もしかしたら――」
ローラが意地の悪い表情で首を傾け、斜め下からマカロフを見上げる。次の言葉が出てくる直前に、マカロフは分厚く硬い大きな掌でローラの口を覆った。
そうしてゆっくりと首を左右に振る。
「やめておけ。五十年以上も前の記憶なぞ、長寿の儂らとてあてにはならん。あれらは仮面のふたりじゃ。それでよかろう」
少しの間だけキョトンとしてから、ローラはため息をついた。
「そだね。過去に縋るゼルアータみたいにはなりたくないからね」
「その通り。儂らは過去の記憶を抱いたまま、いまと未来だけを見て生きればそれでいい」
視線は一度たりとも合うことはない。
ローラがまた意地の悪い笑みで、マカロフの顔を覗き込んだ。
「せいぜい長生きしてよね、マカロフ。エルフとドワーフじゃ、いくら頑張っても子供もできないんだから。ボク、寂しい思いはしたくないからね」
「ウハハハハ。エルフが妻ではどう足掻いても最期までは付き合えん。じゃが、せいぜい気にはかけておくとしよう」
「うん。それでいいよ。死にかけたら、い~っぱい延命してあげる」
金槌の音が止まった。
「……ほどほどで頼む」
そのエルフとドワーフは寄り添って生きる。時代を超えて。
トン、トン、トン。金槌の音だけが響いていた。
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