第22話 ただ生きてきただけ
突然〝鉄と森〟の入り口扉がけたたましい音を立てて開かれ、十数名の自警団が飛び込んでくる。その中には見覚えのある顔があった。
火竜騒ぎのときに俺たちを勧誘してきた赤髪の青年だ。腕には包帯が巻かれている。顔も火傷だらけだ。彼は俺たちを見つけるなり目を丸くして親しげに話しかけてきた。
「あれ、キミたち。さっき火竜を墜とした謎仮面ズじゃないか」
謎仮面ズ。もうちょっとこう、格好いい言い方はなかったのだろうか。
俺は手を挙げる。
「また会ったな」
彼は店内を見回した。
向こう側ではマカロフやローラたちに、別の自警団員が話を聞いている。
「そうか。また被害を防いでくれたんだな。ありがとう。どうやら僕らには縁があるらしい。ディビットだ。ディビット・アルム」
「そっか。すまない、ディビット。こちらの名前はちょっと――」
「いいとも。顔は隠していても、キミたちは悪人には見えないからな。ただ、本名じゃなくて構わないから、なんて呼べばいいかくらいは次に会うときまでには考えておいてくれよ、仮面くん」
「もちろん」
差し出された手を反射的に握り返すと、ディビットは笑顔でうなずいた。次にレイリィナの方に手を差し出した。
「よろしくな。こちらも仮面さんかな?」
「ええ。いまは名を明かせません。でも、よろしくお願いします」
レイリィナが差し出された手を丁寧に両手で握ってはにかむと、ディビットは少し照れたように手を放した。
そうして姿勢を正し、敬礼をする。
「ふたりとも、レンガートの自警団を代表して感謝する。ありがとう。今度酒を奢るから話を聞かせてくれよな」
「わたしは構わないけど」
「言うまでもない。よろこんで」
ただ飯。ただ酒。俺たちの行動なんかよりも、これこそがみんな笑顔になれる正義の行為なのではないだろうか。楽しみだ。
ディビットは俺とレイリィナに軽く手を振ると、自警団の仲間たちとともに縛られた男らを立ち上がらせ、彼らを連行していった。ちなみにサイクロプスは荷車を引いてあらためて回収にくるらしい。朝までには終えるそうだ。
マカロフたちドワーフは、すでに店の修繕に取りかかっていた。ふたりのドワーフは裏口を行き来して作業場らしき場所から材木や鉄を運び込み、マカロフともうひとりのドワーフが店内で砕けた床板や壁、階段を修繕している。
ここまで店を荒らされたなら、さぞや機嫌を損ねたことだろうと思いきや、彼らは楽しそうに鼻歌交じりだ。
ローラが楽しそうに言った。
「気にしなくていいよ。ドワーフ族ってのはね、作るものがなくなる方がよほどのストレスなんだ。剣を打ったり、建物を建てたり、何なら金細工なんかも得意だよ。二階でボクが売っている服だって、彼らがチクチク縫ったものなんだから」
俺はその姿を想像して、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「あんなぶっとい指で!?」
「ちょっと! 失礼でしょ!」
レイリィナに叱られた。
「ああ、そうか。そうだな。器用だって言いたかったんだ。すまない」
けれどローラは楽しそうに笑う。
「あはっ、いいんだよ。斬れ味優れた剣や格好いい鎧から、綺麗なドレスや可愛らしい普段着まで。それがこの鍛冶・裁縫ギルド〝鉄と森〟の自慢だからね。ここで見つけられない服はないよ」
と言い切ってから、彼女は戯けたように肩をすくめる。
「……なければないで作るし。あ~、マカロフがね。ボクは売るだけ」
俺たちは顔を見合わせて少し笑った。
ピチピチ服の犬が、ようやく立ち上がって寄ってくる。
「ああ、そうだ。犬の服を買ったんだっけか。えっと……」
俺は懐から火竜の小さな鱗を取り出し、ローラに見せた。
「あー……えっと。言いにくいんだが、これって貨幣の代わりになるかな?」
「わたしたち、お金を持ってないんです」
ローラに手渡すと彼女はそれをしげしげと見つめ、指先でマカロフの方へと弾いた。
「マカロフー」
「うん? なんじゃあ?」
マカロフはパシリとそれを受け止めると、掌を開いた。
「ほう。火竜の鱗か」
「お金代わりだって」
「あいにくと加工用に先ほど大量に持ち込まれたばかりじゃ。なんでもどこぞの仮面どもが火竜を墜としたとかでな」
どこぞの仮面。わかってて言ってるなあ、これ。
それより火竜の鱗に金銭的価値はなかった。本来なら価値があったのかもしれないが、あの火竜一体分の鱗が出回ってしまっては暴落だ。自分たちで竜を墜として価値まで落としていたんじゃあ世話もない。ついでに肩も落としそうだ。
「すまん。犬、脱げ」
「――!? ヤダダダイタンスッケベ。デモ犬、嫌イジャナイゼ。ソユ、ゴーインサ」
どっちだよ。尻尾振りながらわけのわからんことを抜かすな。
レイリィナが抱え上げた犬からピチピチ服を脱がそうとすると、マカロフが俺に竜の鱗を指先で弾き返して言葉を続けた。
「じゃが好きに持っていくがいい。おぬしらがおらねば大切な剣を盗まれておったところよ。カネがないのじゃろう。売れ残りでよくば、服くらいはくれてやる。――ええか、ローラよ?」
「いーよー」
ローラがパンと両手を打ってから、頭の上で両腕を広げる。
「じゃ、〝森〟は今宵限りのサービスしちゃおっかなっ。売れ残りで悪いんだけど何着か袋に詰めるから、ふたりとも持って帰ってね」
「犬ハ!? 犬モ!? へっへっへっへ!」
「いーよー! じゃ、取ってくるね!」
二階に上がろうとするローラに、レイリィナが慌てて声をかけた。
「ローラさん、あの……!」
一旦言葉を止めてから俺たちの方を振り返って見回し、踊り場のローラへと駆け寄っていく。そうして長い耳に唇を近づけて何かを囁いた。
ローラがうなずき、声に出す。
「下着多め、了ぉ~解!」
「ちょっと! なんで口に出すんですかぁ!?」
「キミの反応がおもしろいから」
うーわ。このエルフ、タチ悪ぅ……。まあ、変わり者でなければ、エルフとドワーフは結ばれないか。
レイリィナに睨まれた俺は視線を逸らし、マカロフの隣にしゃがみ込む。
「なんじゃ、ぬしらは恋仲ではないのか」
「訳ありでね。そういう関係じゃないんだ」
普段ならさておき、このときの俺は正直言って心ここにあらずだった。マカロフが賊と対峙したときに言っていた言葉が脳裏に焼きついていたんだ。
マカロフはこう言った。
勇者リンドロートと魔王ヴェロニカの死により、両種族がようやく平和な世をつかんだのだと。
俺は――勇者リンドロートは、この世界では大罪人なのだろうか。問いかけるのが怖いと感じる。だが、過去に決着をつけなければ前に進める気がしない。
あの頃の俺には、生きるに値するだけの価値はあったのだろうか。世界にとって殺されるに値する価値はあったのだろうか。
唾液を飲み下す。
「マカロフ。教えてくれ。勇者リンドロートや魔王ヴェロニカは悪だったのか? 彼らが死んだおかげで平和な世になったのであれば、最初から――」
生まれてくるべきではなかったのだろうか。俺たちは。
マカロフは床板を釘で打ちつけながらつぶやいた。
「善でも悪でもない。彼らの死を刑と見るか自己犠牲と見るかの違いじゃ。リンドロートもヴェロニカもその時代を精一杯生きただけにすぎん。そこに意味など見出そうとするから、ゼルアータのような組織が発生する。ヒトは生まれ、生きるのみじゃ」
マカロフが少し疲れたような目を俺に向けた。
「罪などない。語るに値せんことよ。おぬしらはいまを精一杯生きればそれでよい」
「その時代を……精一杯生きる……」
そうか。そうだった。ずっとずっと。
その時代にとってよかれと思う選択肢を常に選び続けてきた。いまはその結末の上にいる。それだけだ。
マカロフが再び手元に視線を落とし、金槌を振り下ろし始める。
「あれらはな、いまを生きる他者と何ら変わらん。恨む者もいれば感謝する者もいるじゃろう。それでよいと儂は思うておる。ゼルアータのようにその死を利用しようとする者こそが悪じゃ。儂らはただ、彼らが築いた時代の果てで幸福のみを求めればいい」
「……ありがとう、マカロフ」
「ふん。暇なら手伝え。そこの釘だ」
ああ、まただ。
俺は釘を取りながら顔を背け、目頭を押さえる。
この街の人々は、とてもあたたかいんだ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




