第21話 血の歴史は繰り返さない
これでようやく本当に片付いた。
七名のゼルアータたちは全員が縛られ、壁際に座らされている。表のサイクロプスは念のため、ローラが地面を変質させて作った拘束具で縫い止めた。
ちなみに俺たちがのした男らは、いまも昏倒中だ。外れた肩を押さえて悶絶しているやつ以外は当分目を覚まさないだろう。それでもローラは容赦なく楽しげにひとりずつ縛っていく。そういう趣味なのだろうか。
だとしたら旦那のマカロフは……。
「さーてと」
ドワーフのマカロフが大金槌の柄を肩にのせて、こりを解すようにトントンと叩いている。そんなふうに扱える重さとは思えないのだが。というかサイクロプスに吹っ飛ばされたダメージはないのか。頑丈な種族であることは知っていたが、ここまで打たれ強いのは珍しい。
やはりマカロフは……と思ったのだが、顔つきがソレではない。突然大金槌を振り上げて、頭を叩き潰してしまいそうな迫力があるのが恐ろしい。
ということはローラが……? どっちがどっちだ?
ちなみになぜか犬は縛られ座らされた男らの前で仁王立ちしている。なぜか短い前脚を組んで、しきりに首を傾げていた。
「ゼルアッタタ? ウン? ホホントゥ?」
意味はわからんが、やたらとかわいい。
男らは一貫性のない年齢層だ。並べて気づいたが、十代と思しき少年から四十代くらいの初老期の男までいる。
察するに全員が普通の人間のようだ。
マカロフが分厚く硬そうな手で犬を押して横に避けた。
「邪魔じゃ、チビスケ。どいておれ」
「ンギャッフンダ~ィ!」
コテンと転がる犬がまたかわいい。そして肩を落としながら店の端にとことこと歩いていき、壁に向いて三角座りをする後ろ姿がまたかわいい。
たまらんよ、うちのギルマス。
「マカロフ、あっちの気絶組も縛ってきたよ」
「おうおう。ありがとよ、ローラ」
長身のローラが腰を曲げて、短身のマカロフの頬にキスをした。
「どーいたしまして。うちの店を守ってくれたお礼だよ」
「抜かせィ! 妻の店を守るは当然の義務じゃあ!」
いや、俺たちは何を見せられているんだ……。イッチャイッチャイッチャイッチャ……。
本当だったら俺もアリサちゃんとこういう関係を築けていたはずだったというのに。まあ、すでにフラれてたからそれは嘘というか妄想なんだけどさ。
――ぐぎぃ! ウラヤバジィ!
マカロフが唐突にぶるんと俺を振り返った。
「むお!? ……ぬ、気のせいか。何やらいま、おぬしから恐ろしい殺気を感じたのだが」
「あは~、たぶんただの嫉妬だから気にしないで。奥さん綺麗ですね」
「うむ。磨き上げたオリハルコンですら、輝きには劣るわィ。ウハハハハハハ!」
なんでレイリィナがこたえるんだ。チクショウ。
いや、そんなことよりもだ。
俺はマカロフに尋ねる。
「マカロフ。ゼルアータってのは何なんだ?」
マカロフが面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「やつらは人魔戦争時代の亡霊よ」
「亡霊……? 戦……?」
「勇者と魔王の死により、両種族がようやっとつかんだ平和な世に、血の歴史を再び刻まんとする愚か者どもじゃ」
レイリィナが小さく「え」と声を漏らす。
「それって、魔族を排斥しようとしているということですか?」
「そうじゃ。リンドロートを神と崇め、代弁者を気取ってな」
はあ……!?
思わず声に出しかけたのを、かろうじて押しとどめた。
ふざけるな。誰が頼んだ、そんなこと。血の歴史を繰り返すならば、俺とヴェロニカの死は――この五十年は何だったんだ。
粘つく汗が額から浮いた。
気色の悪い話だ。見知らぬ輩が俺を勝手に解釈し、世界に混乱をもたらそうとしている。
マカロフが膝を折ってしゃがみ込み、眼前のゼルアータ構成員を睨む。
「このギルド〝鉄と森〟を狙ったのは、活動のための武器がほしかったといったところか?」
「……」
返事はない。ただ黙ってマカロフを睨み返すだけだ。
しばらくそうして、ふいにマカロフが嘲笑する。
「ウハハ、なるほどの。貴様らはゼルアータの正式な構成員ではないのだな。武器を手土産に組織入りでも企んだか。阿呆どもめ」
「く……っ」
どうやら図星だったようだ。
最も年上と思われる男が視線をあげた。
「黙れ、裏切り者! 貴様らドワーフもエルフも、かつては人間族として魔族と戦った仲だろう! なぜ魔族などを受け容れられる!?」
「時代よ。ぬしらはまだ産まれてもなかったろうが、長寿である儂らは戦争のただ中を生きてきた。あの血の歴史を繰り返すことだけは許せぬ」
男が血走った目を剥いて叫ぶ。
「ふざけるな! 私の両親はレンガートの最初の移住者だった! 不殺を法とするこの街で彼らを殺したのは同じ移住者だった魔族だ! にもかかわらず、当時のレンガート領主だったライデンは彼らを裁かずに追放とした!」
レイリィナが息を呑んだ。唇に手をあてて、呻くように尋ねる。
「それは魔人ライデンのこと?」
「そうだ! 当時子供だった私は、目の前でなぶり殺しにされていく父や母に何もしてやれなかった! 戦中ではなく戦後の話だ!」
男が涙をこぼしながらうつむいた。
「……なあ、力が強ければ他者を踏みにじっていいのか? 魔力に優れていれば家畜のように扱ってもいいのか? ――違うだろッ!!」
それは絶叫だった。
しばらく俺たちを睨んだまま肩で息をしていた男だったが、再び口を開く。
「言っておくが、これは一例にすぎない。レンガート創設期には何ら珍しくもないことだった。ゆえに、ここにいる仲間たちだって、何かしら背負ってゼルアータへの加入を決めているのだ」
レイリィナが掠れた声で尋ねた。
「魔人ライデンはどうなったの?」
「人類側の発起により領主の座を追われた。身の危険を顧みず、誰かが当時まだ国家として残っていたパドラシュカに助けを求めたのだ。結果として、新たな領主はパドラシュカ王家から選ばれることとなり、街を追われたライデンは姿を眩ませた」
そういうことか。ここであの芋オジとパドラシュカ王家が繋がった。
マカロフは男の主張に眉一つ動かさない。
「互いに敵として争ってきた仲だ。開闢時には多々そういうこともあろう。じゃが、貴様らが――いや、ゼルアータがいまこの街で振る舞っている行為は、人間を排他的に扱ったライデンの愚行と何ら変わらんと知れ」
復讐のために振り上げた拳を、この平和な世で振り下ろせずにいる。いまさらだが、マカロフがゼルアータを人魔戦争時代の亡霊だと言った意味がようやくわかった。
「罪なき魔族もまた、レンガートの住民じゃ。ならば奪うべきではあるまい。やがてその行為は戦争というものに発展していく。望むと望まぬにかかわらずな。おぬしらであらばこそ、それがよくわかるだろう」
ローラが男たちにぺこりと頭を下げる。
「……ごめんね、ボクらはもう、どんな理由があっても、血の歴史だけは繰り返したくはないんだ……。……お願いだからあなたたちもゼルアータには入らないで……」
「いまならば、まだ間に合う。ぬしらは引き返せ」
けれどもマカロフの発したそのつぶやきに、男たちからの返事はなかった。
ただ彼らは、苦い表情でうつむいていた。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




