第19話 たぶん生きてると思う
サイクロプスが吹っ飛ぶ様を見て腰を抜かしたゼルアータの男らが、精霊魔術によって床板から変質させられた蔓で拘束されていく。
これで一件落着だろう。
そんなことを考えながら足下を見ると、犬が縛られ座らされたゼルアータの男たちの頬を肉球で叩いていた。
「ホワッチャ! オテ! 正義シッコ!」
ぺち、ぺち。
弱いやつには強気だな、あの犬……。
やめてやれよー……そう言おうとした瞬間だ。突然犬が鼻先を上げ、スンスンと臭いを嗅ぎ始めたのは。
「――ム! フンフン?」
ピチピチ犬がバッと視線を投げる。裏通りのある窓側の方へと。
「……ムム? ……悪ノニヨ~イ、マダール!」
釣られてそちらに視線を向けると、大騒ぎの店内を尻目に窓からそうっと侵入した男らが、壁に掛けられていた剣に右手を伸ばしているのが見えた。
左腕にはすでに十本近くの剣を抱えている。
「しまった、こっちは陽動か……! 裏だ、レイリィナ!」
「うん!」
マカロフは腰を押さえて呻いているし、三人のドワーフは縛られた七名の男たちの見張りだ。エルフは精霊魔術を使用し続けなければ拘束が解けてしまう。
自由に動けるのは俺たちだけなんだ。
俺は踊り場から手すりを跳び越えて一階に着地すると、そのまま別働隊の方へと走り出す。気づいたひとりが接近する俺へと、左腕で抱えていた数本の剣を投げつけた。
「チッ、気づかれた! 剣持ってずらかれ!」
「~~ッ」
俺は床を足から滑ってそれをかいくぐり――ながら、うち一本の柄をつかむ。ぞくりとした。久々の感触だ。
抜剣と同時に斬りかかる。
「おお!」
「うわっ!?」
ギィンと金属音が鳴り響いた。ビリビリと両腕が痺れる。
かろうじてその一撃を売り物の剣で防いだ男が背中から転がり、その勢いのままに壁にあたって呻き声をあげ、ガクリと気絶した。
「ぐ……ぁ……」
やっぱ剣はいいなあ。じ~んとくらあ。泣きそう。でも。
別のやつが側方から俺へと斬りかかる。剣で弾こうとしたが、とっさにバックステップに切り替えると、切っ先が鼻先を掠めていった。
「っと……」
哀しいかな、売り物なんだよな。あまり傷つけるわけにはいかない。
剣というものは、どれほどの銘剣であっても消耗品だ。打ち合えば、見えなくてもわずかに欠けたり歪んだりする
惜しいが仕方ない。ここで売り物を壊すようでは、ゼルアータとかいう組織と変わらないからな。
俺は剣を鞘へと戻し、丁寧に商品棚へと戻す。
途端にゼルアータの構成員らが殺気立った。
「剣を手放すとは舐められたものだ! この腰抜けの偽善者め!」
「やかましい! 使えるもんなら俺だって使ってるわ! アホ! マヌケ!」
金がないからだ。もちろんそんな情けないことは言いたくない。
顔で怒って心で泣きながらやつらに正対した瞬間、眼前にいた男の頬に靴がめり込んで真横に転がり、壁に側頭部をぶつけて気絶した。
「んぎゃッ!?」
レイリィナの跳び蹴りだ。
器用にスカートを片手で押さえながら床を滑って着地したレイリィナが、こちらを向いて尋ねてきた。
「ヒーロー活動ってつまりこういうことよね? 合ってる?」
「たぶん? 正義の味方ってんならこれで正しいんじゃないかな。不意打ちはどうかと思うけど」
そうこたえると、ゼルアータの男たちが一斉にいきり立った。
「ふざけるな! 正義を名乗るなら正々堂々と正面からかかってきやがれ! まだ喋っているうちに卑怯な真似をしやがって!」
「見ろ、アニキが白目を剥いて泡を噴いてるだろうが! 蟹みてえによォ!」
「あ~あ~、前歯まで折られちまって! アニキのアホ面にハクがついたじゃねえか!」
「治療費も高くつくぜェ!? この落とし前はどうつけてくれんだァ!?」
愛されてんなあ、アニキさん。俺もアリサちゃんに愛されたかった。「普通に無理です」ってなんだよ。切ねえよ。
レイリィナが困り顔の苦笑いを浮かべながら、両手を腰にあてる。
「あーはいはい。そういう一対一の決闘ごっこみたいなのは男の子同士でやってね。興味ないから」
その意見については俺も男の子側のようだ。
「……おまえそんな、身も蓋もない……。――けどそれ以前にあんたら、押し込み強盗じゃあ自業自得だろ。それに正々堂々と正面から奪うでもなく、こっそり盗もうとしていたし。おまけにあんな危険な魔物まで使ってさ」
「く――! ああ言えばこう言う! 貴様も男なら拳で語れ!」
すごい負け惜しみだ。ぐうの音も出てないじゃないか。
自分たちは剣を構えているくせに。しかも売り物の。
「わたしたちはそれでも構わないけれど、本当にやるの? 表で屍をさらしてるサイクロプスみたいになるわよ?」
「ちょっと待って。殺してない殺してない。たぶんだけど」
レイリィナと俺が同時に構えた。徒手空拳の構えだ。剣を持つ者が相手でも、この程度の実力なら問題ない。火竜はもちろん、サイクロプスに比べても虫けら以下だ。魔力を込めるまでもない。
この〝ゼルアータ〟とやらがレンガートにおいてどういう組織なのかは知らないが、いまのところ印象はただのチンピラやコソ泥だ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




