第18話 手加減が上手ゥ
正直言って、多少の下心はあった。
鍛冶裁縫ギルドの〝鉄と森〟の危機を救ってやれば、二束三文程度の剣ならばもらい受けることができるかもしれない、と思っていた。あと下着な。
……のだが……。
階下に広がる光景たるやもう。
「んじゃワレェ!」
「〝ゼルアータ〟がなんぼのもんじゃァ!」
エルフが階段の踊り場から見守る中、ガラの悪いドワーフたちが、鍛冶用の巨大な大槌を片手で振り回しながら逃げ惑う武装した男たちを追いかけ回していた。
それも四人のドワーフが、数で上回る七人の男らをだ。
男たちは必死の形相で店内を駆け回り、逃げ惑っている。
そりゃそうだ。あんな大きさの金槌を剣で受けてみろ。折れるか曲がるかは確実だ。ましてや肉体で受けたりしたら、振りの速さによっては血肉となって消し飛ぶだろう。まともに打ち合えるものではない。
「クソ、調子に乗りやがって、泥臭いドワーフ族め! 階段上に布陣するぞ!」
男らのうち、ひとりが階段を駆け上がってくる。剣をエルフに向けてだ。だが俺とレイリィナが動くよりも先に、エルフはすでに詠唱を終えていたらしい。
エルフがやつを指さす。
「――シルフ」
締め切った建物内に、爽やかな風が吹いた。
駆け上がってきた男がふいに足下をすくわれるように不自然に浮き上がり、勝手に背中から階段を転がり落ち、その中腹あたりで止まった。
「うぐ……ッ、ガハッ」
魔法触媒は彼だか彼女だかがしている指輪のようだ。なかなかどうして手慣れている。
エルフが薄い笑みで静かに囁いた。
「お客さま。そのような物騒なものを二階にまで持ち込まれては困ります。当店〝森〟は金属製武器の持ち込みを禁止させていただいておりますので、おととい来やがれ」
エルフ族のみが使用する精霊魔法だ。風の精霊を召喚し、局所的な突風によって男からの攻撃を防いだんだ。
「ぐ、クソ!」
その男の顔面へと、容赦なく金属製の大槌が振り下ろされる。
「そぉぅりゃあっ!!」
「ひ……ッ!?」
男は跳ね上がってそれを躱し、他の仲間と合流して逃げ始めた。大追のめり込んだ部分の階段は、もはやただの坂道となってしまっている。
「ウハハハ、儂の嫁っ子に手ぇ出すような不届き者は、念入りに叩いて鞣して革鎧にしてくれるわィ!」
へえ? エルフがドワーフの嫁?
人魔戦争で人間族を仲介にして同盟こそ組んでいたが、それ以前は水と油のように反発し合っていた種族同士なのに。岩窟と森。鉄と木。剛力と魔術。短身頑強と長身美麗。すべてが正対象な種族ゆえに。
エルフが照れくさそうに身をよじった。
「もうっ、マカロフったら。お客さまの前だよ」
「なんじゃ、照れる年齢でもあるまい」
途端にエルフがドワーフを睨む。けれども、どこか楽しそうにだ。
「ちょっと、年齢のことは言わないでくれる?」
「ウハハハハハハ! そうじゃ、鞣した革鎧はローラにプレゼントしてやろう」
「使い道なさそー……」
別のドワーフが先ほどの男を追いかけ回しながら豪快に笑う。
「ゲハハハ、このような小童では上等なもんにゃなんねえよ、オジキ! 足拭きマットがせいぜいじゃァ!」
「あら。それなら使い道ありそう。ペット用に」
ムゴい……。
何にしても男らは反撃することもままならず、汗を飛ばしながら情けない顔で悲鳴をあげながら逃げ惑うことで精一杯だ。
だが、状況は一変する。賊のたった一言でだ。
「――ガグ! 来い、ガグ! 早く俺たちを助けろッ!!」
そいつは入り口からではなく、轟音を響かせドアを壁ごと豪快に破壊して、砕けたそれを踏み潰しながら入店してきた。店内に濛々と土煙が立ちこめる。
ドワーフたちが息を呑んだ。犬に至っては尻尾で股間をスパァンと叩き、前脚で頭を抱えて震えている。
でかい。人間とは思えない巨躯だ。トロールだと言われても信じられるほどに。不気味なのは頭部だ。革袋のようなものを被っているため、顔がわからない。
――オ、オ、オォォォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
轟く咆吼。
成人ほどの太さのある豪腕がさらに膨張し、手にしていた丸太のような棍棒を持ち上げる。
「お……」
あれは少しまずいと感じる。
だがマカロフは叫び、己の大金槌を斜め下方から振り上げた。
「虚仮威しなぞ小賢しいわッ!!」
振り下ろされた木製の棍棒と、振り上げられた大金槌がぶつかり合う。
とんでもない破裂音がして棍棒が木っ端微塵に破砕した――が、一方で大金槌は勢いよく弾かれ、それを両手でつかんでいたマカロフもまた凄まじい勢いで壁へと叩きつけられ、大量の商品を巻き込みながら背中で壁を突き破り、隣室に転がった。
「ぬ……ぐ……っ」
ローラが悲鳴をあげた。
「マカロフ!」
他の三人のドワーフたちが、慌ててマカロフのもとへと走り出す。
ローラが怒りの表情を浮かべて怪物を指さした。
「この――斬り刻め、シルフ!」
真空の刃を混ぜた突風だ。だが風はガグと呼ばれた怪物の表皮を刻むばかりで、やつの動きを止められない。
対人用の魔術だ。防御力に優れた大型の敵に対しては効果が期待できない。かといって、指輪に刻まれた魔術を使用するには詠唱時間がかかる。
だがもう、ここまで接近されては――!
ガグがローラと俺たちのいる方へと革袋の頭部を向けてきた。その革袋がシルフの起こした疾風の刃で四散する。
そこにあったものは、一本の角と巨大な単眼だった。あとは人を平気で食いちぎれそうなほどの大きさをした口だ。トロールではない。
レイリィナが顔をしかめて吐き捨てる。
「単眼鬼じゃない。あれ魔族じゃなくて魔物よ。なんで街中にいるのよ」
「飼い慣らされてたのかもな」
巨大な単眼がローラを睨む。隣で彼女が息を呑むのがわかった。
サイクロプスはそのまま階段へと勢いよく踏み出し、けれども踏み抜いた。どうやら自重のせいで上がってこられないようだ。とはいえこのままでは階段まで崩されてしまう。
自身が上がれないことを知ると、やつはこちらに手を伸ばす。ローラが身を固くした。次々とシルフの刃を放つも、せいぜいその豪腕にかすり傷をつける程度だ。
ローラが弱々しい声を出す。
「だ、だめかも……!」
レイリィナが唇を俺の耳に寄せて、囁くように言った。
「任せていい? わたしの魔法だと店ごと灼き払っちゃうし、殴り合いならたぶんあなたの方が慣れてそう。うまく手加減できる?」
「お安いご用だ」
ニヒルな調子でそうこたえた俺の肩をつかみ、レイリィナが念を押す。
「絶っっっっ対にっ、お店を壊したり、サイクロプスを爆散させたりしちゃだめよ? わたしたち弁償できないからね? ね? 絶対よ!?」
……切実だ。
俺は崩れた階段の踊り場で、右の拳に魔力を込めていく。びりびりと力が右腕に満ちていくのがわかる。
太くて大きな豪腕がローラに迫った。
「二階に逃げて、お客さん! 時間稼ぐから!」
あんなものにつかまれては、か細いエルフでは一瞬で握りつぶされてしまうだろう。
だから――。
俺は魔力を纏わせた右手で、無造作にサイクロプスの巨大な掌をパンと払い除けた。
――オ、オ……っ!?
それだけで怪物の全身が後方へと傾く。単眼が揺れて戸惑った。
当然だ。己の半分にも満たない小さな生物が、自身を遥かに上回る力を放ったのだから。警戒は必然。だがそのときにはもう遅い。
「歯ァ食いしばれ!」
階段中腹で足を踏ん張り、俺は自身の平手で、体勢を戻したばかりの怪物の頬を打ち抜いていた。
轟音が暴風と衝撃波を伴って店内を駆け巡る。巨躯を支える足が床板から離れて浮き上がった。そのまま側方に回転しながら吹っ飛び、自らが破壊しながら入ってきた壁から外の地面へと叩きつけられ、倒れ伏した。
しばらく様子を見ていたが、ぴくりとも動かない。
「……」
「……」
「……」
ドワーフの従業員らに肩を借りながら身を起こして隣室からどうにか戻ってきたマカロフも、階段踊り場で精霊魔術を放っていたエルフも、ガグとかいう怪物を呼んだゼルアータの男らも、唖然とした表情で俺を凝視していた。
ただひとり、嬉しそうな笑顔でぱちぱちと拍手をしているレイリィナを除いて。
「わあ、ステキ! 手加減が上手ぅ!」
「よ、よせやいっ」
俺は人差し指で鼻の下を擦った。
女の子に褒められると照れる。
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