第16話 鉄と森
剣士にとっては言うまでもなく、魔術師、あるいは魔族の魔法使いであったとしても、武器というものは有用だ。
魔術師は武器に呪文を刻むことで本来必要な詠唱を短縮できるし、詠唱を不要とする魔法使いや魔女であっても、専用に作られた金属武器を持つことで魔力を反響させ増大させることができる。
もっとも、そのようなことが可能な武器ともなれば、一軒家すら買えるほどのとんでもないお値段になるのだが。
そして我々剣士にとってもまた言わずもがな。有名な剣匠の銘の刻まれた剣は、往々にして青天井だ。ヘタをすれば魔術師や魔法使いのそれよりも高くなる。だがそれは比して効果が高いわけではなく、ブランド力というものが働いている。あとロマン。
剣士にとっては頭の痛いところである。
ましてや俺くらいになると、半端な剣を持ったところですぐに折ってしまう。かつて使用していた聖剣は、魔術師が使用する武器の金属を使ってドワーフの有名な鍛冶職人が打った銘入りだった。要するに前述したすべての特徴を備えている。
貴族の館が買えてしまう。
「なあ、犬。カネがないから――」
もう入店しやがった。
しかも自分でドアを開けられないのか、他の客がドアから出た隙にするりと入り込むのが見えた。
レイリィナの表情も苦々しくなっている。
「まあ、武器じゃなくたって下着くらいは必要よね。見るだけ見てみる?」
こんなブランドギルドではなく、もっと安い街の普通の仕立屋でいいのだが。幸い前世から着ていた服の中に小銭くらいは多少入っていたが、とてもではないがこのようなところで買い物をできる金額ではない。
高くて手が出なければ買わずに出るか。
「そうだな。行こうか」
「うん」
レイリィナが颯爽と歩き出す。
何だか鼻歌でも聞こえてくるような、嬉しそうな表情をしている。足取りも軽やかだ。
アリサちゃんもそうだったが、やっぱり女の子ってのは服が好きなんだな。何だか昔を思い出して懐かしい。
俺は歩き出す。
だがレイリィナの表情は一瞬にして曇った。
彼女がドアを押す直前に、向こう側からキィと開かれたのだ。そこには情けない顔で首根っこを掴まれ持ち上げられている犬と、屈強なドワーフの姿があった。
「てめーこの野郎! どこの野良犬だこの野郎! 金床でペチャンコに伸ばしちまうぞこの野……郎……?」
ドワーフが入店しようとしている俺たちに気づいた。
「あいや、すいやせんね。野良公が紛れ込んじまいやして」
レイリィナが苦笑いで両手を伸ばす。
「あの~、それ、そんなでもうちのギルドマスターなの」
「……は? ギルマスさんのペットですかい?」
「いえ、ギルドマスターです……。えと、〝雷神の祝福〟の……」
言ってて恥ずかしくなってきたのか、レイリィナが赤面した。
対するドワーフも怪訝な表情だ。そりゃそうだろう。見た目ただの野良犬なのだから。
「これが? 元勇者ギルドの〝雷神の祝福〟の?」
「はい……」
犬もさっさと喋れば魔族だとわかるのに、尻尾を股ぐらにパシっとあてて情けない顔をこちらに向けている。
「クゥ~ン……」
俺はため息をつきながら助け船を出した。
「くーんじゃないだろ。ちゃんと喋れ。おまえは魔物じゃなくて魔族なんだろ」
「ハ、ハフハフ……フヒ、イ、イヒヒ……。犬、魔モノチャウ。魔ゾクゥ」
「うわっ!? 喋りやがった! ってぇこたあ……? あ~……」
少し躊躇ったあと、ドワーフは足下に犬を置く。尻尾を股ぐらに挟んだままの犬が、すぐさま俺の背後に隠れた。
「や、でもお客さ~ん、さすがにギルドマスターは冗談っしょや。はは、人が悪いや。……ペットでしょ?」
俺とレイリィナが同時に視線を背ける。
恥ずかしい。世間的には俺とレイリィナは、この犬の部下なのだ。いつの間に出したのか、犬が正規ギルド証明書を咥えている。ぶるぶる震えてるけど。
「マジですかいや……。あんたら、若えのに気の毒に」
同情されるとやり切れない。むしろ嘲笑ってほしかった。
「ま、まあいいや。すいやせん。儂の早とちりだったみてえでさ。ささ、おふたりとご一匹様も入ってくだせえや」
犬がレイリィナに視線をあげた。
「レレレーナ、ダ、ダダダッコ」
「ええ~? もう~」
レイリィナが犬を抱えあげる。鼻先をレイリィナの胸の間に埋めて、犬はドワーフの方を一切見ようとしない。なんてけしからんやつだ。二重の意味で。
なんにせよ、ようやくドアをくぐれた。木造の意匠が彫り込まれた立派なドアだ。これが〝鉄と森〟の紋様なのだろう……な……。
明るい売り場が眼前に広がる。
「おお~っ」
俺がまだ勇者だった頃から生き続けている名匠の銘の刻まれた剣から二束三文の安物まで――どころか、かつての時代にはなかった形状の弓まで売っている。
なんだこれ、かっこええ。いまの鎧ってこんな形状になっているのか。うお、ヘルムなんて鉄鍋をひっくり返しただけのような無骨なものとは大違いじゃないか。五十年の技術革新はすごいな。
胸が躍る。めっちゃ楽しくなってきた――が。
「プリプリッツ」
ちょいちょいとレイリィナに抱かれたままの犬が、俺の袖を引く。
「なに?」
「犬タチ、ソコチャウ。二カイ」
「二階?」
犬は階段に鼻先を向けている。
レイリィナが歩き出した。俺は後ろ髪引かれる思いで仕方なく階段を上がっていく。どうせ見ていても買うカネがないしな。哀しい。
上がりきると、今度はレイリィナが瞳を輝かせた。
「わあっ」
思わず両手を合わせてしまったせいで、犬がその腕の中からポトリと落っこちる。
服屋だ。なるほど。一階が〝鉄と森〟の〝鉄〟の部分で、二階が〝森〟の方だったようだ。
店員も――ああ、珍しいことにエルフがいる。いつの時代であっても、彼らは男女がわからないほど美しい容姿をしている。
アリサちゃんは清楚で綺麗な女の子だった。
レイリィナには元気な可愛らしさがある。
だがこのエルフは神秘的と呼べるほどに美しい。
まるで教会の女神像だ。
見惚れていると、ふいに長い睫毛に切れ長の視線が、こちらに向けられた。
「おや? キミたち、服をお探しかな?」
彼だか彼女だかはそう言って微笑み、少しだけ首を傾げた。細い銀色の髪が、砂のようにさらさらと流れる。
言葉遣いは少年のようだが、ややハスキーな声色は女性のように聞こえる。
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