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第15話 芋オジの罠




 人狼アーデンは言った。パドラシュカは国家ではなく都市になっている、と。王族がどうなったかまでは聞いていなかったが。


「あ、すまない。その」

「ん? 何かね?」

「俺の名に聞き覚えがあるのか? 名乗ったときのあんたの様子が気になって」


 しばらくそうして俺を見つめていたブライアンだったが、笑みを浮かべるときっぱりこうこたえた。


「いや、ないねえ」


 胡散臭い笑みのせいで真意がわからない。

 まあ、別に恨むことはあっても恨まれることはないと思うし、いまさら人魔協定の破棄など起きて困るのはアルフェリクト一族の方だ。国王の名において、刑を執行したのだから。

 それに俺はもう、王も宮廷魔術師も恨んじゃいない。彼らは自身の立場上で、可能な限りのことをしてくれた。それで十分だと思っている。

 ましてやその結末が、この平和の象徴とも取れる街、レンガートであるならば。

 余計なことを尋ねてしまった。詮索などもうやめておこう。


「そっか。いいんだ」

「ふむ。キミたち、〝雷神〟の食客だって言ったかね?」


 俺とレイリィナが顔を見合わせて同時にうなずいた。


「いつまでそこにいるのかね?」

「あ、ああ。適当な仕事が見つかって、住む場所が決まるまでは世話になろうと思ってるけど」

「わたしもです。もちろんギルドのお手伝いはするつもりです。と言っても、お掃除とかお洗濯とか炊事くらいしかできませんけど」


 かまととぶりやがって。平気で嘘をつくな、こいつ。

 火竜を数秒で凍らせたという、凄腕を超えてもはや豪腕とも呼べるほどの力を持った魔女が何を抜かすか。ヘタすりゃ魔王級だろうに。

 ブライアンがにっこり笑って引き車を引いて歩き出した。


「そうか。仕事は案外すぐに見つかるかもしれないね。――では、私はこれで失礼するよ」


 ガラガラと引き車の車輪の音を響かせながら、夕暮れを背景に街の方へと去っていった。


「飄々として変わった人ね。少し不思議な感じ」

「ん、ああ、そうだな」


 元王族だからな。なぜ芋売りなんてやっているんだか。

 尻尾を揺らしながらブライアンが見えなくなるまで両手をワチャワチャ振っていた犬が、俺を見上げて自慢げに言った。


「芋オジ、犬ノマブ。アト、オマケ。レンガトロスゥ」

「あん? レン――?」

「は?」


 レイリィナが凄まじい勢いで犬の顔面をワシっとつかんだ。


「あんた、いま何て言ったの?」

「犬ノマブゥ~? シャテー?」

「そうじゃなくて、おまけの方よ」


 レイリィナが放すと、犬が水を弾くようにブルブルと首を振る。そうして首を傾げ、もう一度つぶやいた。


「レンガトロスゥ? デモ犬、ヨウワカラン。ゴスジン、ソー言テタ」


 レイリィナが俺に視線を向けた。


「何て聞こえた?」

「レンガトロス。新種の魔物かもしれん。ツノとかあって強そうだ。魔物が化けていたのか」

「バカ。そんなわけないでしょ。もしかしてブライアンさんって、レンガートの領主様じゃない?」

「え!?」


 いや、あり得る。元王族だぞ。それも人魔協定を結んだという偉人の類になっているはずだ。そんな一族が、たった二代で芋売りまで落ちぶれるわけがない。それこそ、処刑されたはずの勇者()が生存確認でもされない限りは。


「ねえ犬、芋オジは領主様なの?」

「犬ノマブ。アト、レンガトロスゥ」


 キリッとした顔で言われても、さっぱりわからん……。


「だめだわ。次会うことがあったら本人に聞いてみようかしら」


 俺は少し慌てて口を開いた。


「詮索なんてやめとけよ。おまえだって脛に傷のひとつやふたつあるから、探られたくないんだろ」


 レイリィナが顔をしかめる。


「ぅ……。い、言っとくけど、フリッツと違ってわたしは犯罪者じゃないからね?」

「いや俺だってそうだよ!? おまえ俺をなんだと思ってたんだ!? それどころかむしろ――」


 人々を守る勇者だったよ、と言いかけて言葉を呑んだ。

 ふたり同時にため息をつく。ふと視線が合うと、今度は同時に苦笑いを浮かべた。やがて苦さが消えて、笑いに変化する。


「やめようぜ」

「そうね」


 犬がピョコっと跳ねた。そのあと二足になって、ジタバタと後脚だけを動かす。


「ハッ! 芋オジノ罠カァ! 犬タチ、イクトコアッタッタ! ハヨ、ハヨゥ!」


 それだけ言って勝手に走り出した。今度は公園の外にだ。

 どうやら公園に寄ったのは、芋の焼けるよい匂いに釣られてのことだったらしく、ここは目的地ではなかったようだ。

 犬は四足となってスタコラと走っていく。便利なもんだ。二足と四足の切り替えは。

 俺たちはなんとなくやつの後を追う。


「ツイターヨ。ココ、コッコ」


 閉まりかけの商店街を抜けて辿り着いたのは、大きなギルドだった。〝雷神の祝福〟とは違って建造物は立派で大きく、回転看板も錆びていない。おまけに晶石を使った照明で周囲を明るく照らし出している。

 レイリィナが回転看板の文字を口に出して読んだ。


「鍛冶・裁縫ギルド〝鉄の森(アイアンフォレスト)〟」


 わかる。わかるよ。何をするにしても必要だもんな。武器ってやつは。

 でも俺もレイリィナも犬も、揃ってカネがないんだ。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イッヌのマブなレンガトロスゥw レンガートロス、、、レンガートリョウシュ、、、 [一言] カネがないのにどうするの、、、
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