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第13話 初めてのおさんぽ




 ヒーローとはすなわち、正体不明の正義の味方である。

 それが犬の説明のすべてだった。文章にすりゃたった一行だ。いくら待っても次の言葉はなかった。火竜を倒して寄付された肉――の骨を、ただひたすらにあぐあぐ言いながら幸せそうに噛んでいるだけだ。


「オイシ、オイシ……」


 俺とレイリィナがレンガートを襲った火竜を倒してから、およそ半日が経過していた。

 あの後、レンガートの民が次々とこの旧雷神の祝福(ライトニング・ブレス)を訪れ、約束通り火竜の肉を始めとした魚や野菜やと食糧を大量に持ち込み、キッチンで調理し、全員で乾杯。みんなでバカ騒ぎをしたあげく、日暮れ時に解散となったのだった。


 満腹だ。中でも火竜の生肉はとんでもないうまさだった。あれは初めての経験だ。

 火を通したわけではないのに最初から湯気が立っていて、触ると焼きたてのような熱があるのに口に入れた食感や味は生肉だ。

 どうやら火竜の肉はその特性から、竜種の中でも最も美味と言われているらしい。実にいい経験をさせてもらったよ。


「火竜ノ骨ッコ、オイシ、オイシ」

「なあ、犬」


 火竜の骨を加えて床をゴロゴロしている犬に声をかけると、クイっと顔を上げてこちらを向いた。茶白の尾が揺れている。


「プリッツ、骨ッコ、イル!?」

「いらん。あと俺の名前はフリッツな。それよりヒーローってのが正体不明の正義の味方ってことはわかった。でもそれを俺たちがやったとして、誰から給料をもらえるんだ?」


 国家公認ギルドとなれば、いくらかの活動補助金が国から拠出される。それは犬の持っていた契約書から読み取れた。けれども基本的にギルドは、自らその運営に際して稼ぎを持つことがほとんどだ。

 商人ギルドや鍛冶・裁縫ギルドは言うに及ばず。


 狩人ギルドならば街道に現れる危険な魔物や山賊を依頼を請けて狩ることで、そこを使う商隊や騎士団から礼金を受け取ったり、剥ぎ取った素材をそのまま商人ギルドや鍛冶・裁縫ギルドに売ることができる。


 傭兵ギルドであれば、山賊団や魔物らの貯め込んでいた宝物をそのまま接収することも許されている。


 比較的女子供の多い採取・採掘ギルドは、街で消費するための鋼鉄素材ならば、建材屋や鍛冶ギルド、薬草ならば教会に買い取ってもらうことが可能だ。


 だとするならば、ヒーローギルドは――。

 レイリィナが左右の眉の高さを変えながらつぶやいた。


「狩人ギルドみたいに、依頼者や騎士団からもらえるんじゃないかしら」

「でも依頼がなくても戦うんだろ? そんなもの、ほとんどただ働きにならないか?」


 人助けは構わないが、それで食べていけるのかどうかは別の話だ。ちなみに勇者だった頃は、ちゃんと王からそれなりの報酬をもらっていた。


「アグ、アグ。ウマ、骨ッコ、ウマヨー」

「そもそも正体を明かせないってのもなんでだ? 理由がわからん」


 まあ、そこは正直都合がいいのだが。犬のせいで俺もレイリィナも街の人々の前でついつい名乗ってしまったが、素顔までは晒してはいない。仮面を取ったのは、みなが帰ったあとのことだから。

 レイリィナが両手を広げて肩をすくめる。


「ま、依頼もないのに突然他人を悪と決めつけて私刑にするんだから、こちらとしても正体なんて判明していない方が都合がいいんじゃない?」


 俺は腕を組んで天井を見上げ、考えた。


「その行いこそ悪では? むしろ俺たちがヒーローとやらに潰される側にならないか?」

「う~ん」


 ヒーローとはなんぞや。本当に職業なのだろうか。そもそもそういったギルドの前例があるのだろうか。五十年間を墓で眠っていた俺には知る由もない。

 答えを知っていそうな犬は、火竜の骨を咥えて床でゴロゴロしている。頭の悪そうな顔をしやがって。憎々しい。憎々しいほどかわいいな、もう。


「ハッ!?」


 唐突に犬がビクンと顔を上げた。


「オサンポ! 思ヒ出シタ! 思ヒ出ドロドロ!」

「……」

「……」


 犬が立ち上がり、両の前脚で器用に持ったヨダレだらけの骨ッコを、コトリとテーブルに置く。


「プリッツ、レーナ。オサンポ」

「ええ、いまから? もう夕方よ?」

「今日はもう疲れてんだが」


 犬が俺たちを急かすように後脚をジタバタと動かした。

 くそかわだ……。


「ハヨ、ハヨゥゥ! シマッチャウゥ! コレぎるますメーレー!」


 ギルドマスターの命令というよりは、俺たちにとっては大家の命令だ。

 いまこの状態で立ち退きを迫られるわけにはいかない。それはレイリィナも同じらしく、火竜戦で疲れていた俺たちは、ため息交じりにのっそりと立ち上がった。

 思わず愚痴がこぼれる。


「ふー、やれやれだな」

「まったく、仕方がないわね」


 だって、だって。


「三匹デ、オッサンポゥ! キット楽シー!」


 そんなキラキラしたかわいいお目々で、短い手足で身振り手振りされたら――俺たちだって行きたくなっちゃうだろォ!?

 立ち上がった俺たちを見て、犬が嬉しげに遠吠えをする。


「わぉ~ん!」


 こうして俺たちはふたりと一匹で、新たなる門出を祝うかのように満面の笑顔で元気よく、ヒーローギルド『雷神の祝福』を走って飛び出したのだった。


 ……首輪とかリードとかつけてないけど、魔族だから怒られないよな?


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、夕方のお散歩w 朝もお散歩あったりなかったり、ですね〜w [気になる点] ユニフォームどこでてくるんだろうな、大人しくお待ちしてます! (`・ω・´)ゞ [一言] どうなるユッ…
[良い点] 連続更新ありがとうございますヽ(´▽`)/ ユッサン、マオサンと言ってる辺り、イッヌは二人の正体に気付いてませんか? 知能指数は高くなさげなのに勘は鋭いですね。 …野生の勘か? ……いや野…
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