§ 6ー1 モノローグ⑤ 生田颯太②
遠い空に飛竜が羽ばたいている。その先の浮遊大陸には虹がかかる。
ぼくは吟遊詩人になりたかった。
それは、偶然聞いた歌声だった。父に連れられてきたお城。重厚な大理石の石柱が続く渡り廊下でそれは聞こえた。光降り注ぐ王宮の庭で歌う少女は、その容姿以上に色鮮やかな声を響かせていた。
見とれたぼくに気づいた少女は、こちらを見て微笑む。咄嗟に目を逸らしてしまう。でも、またすぐ視線を戻すと、まだ少女はこちらを見ていた。単純で安直だけど、少女が歌を好むなら、自分も音楽を奏でられれば一緒に居られると思ってしまった。
ある日、魔王が城を襲った。王が殺され、女王も心に傷を負ってしまった。居ても立ってもいられず、城に走る。煙が上がり、石柱が倒れた廊下を息を切らして駆け抜ける。廊下の奥の扉を開くと、一人物置部屋で震える少女がいた。「さぁ!」と腕を掴み、少女を立たせる。手を握り虚ろな瞳をした少女を、部屋から連れ出した。
少女には呪いがかけられていた。そんな少女にぼくは何もしてあげることができなかった。
少女は国のお姫様だった。そんなお姫様のもとに、勇者が訪れる。彼にはぼくにない力があった。それは解呪の魔法。その魔法のおかげで、お姫様の呪いは少し解かれて、あの優しい微笑みが戻っていた。
ぼくはうらやましかった。勇者のことが。彼女の力になれることが。
呪いを解いた勇者は去っていった。しかし、呪いは完全には解かれていなかった。微笑みが途切れると彼女はお城へ赴き、すっかり荒れ果てたあの庭で涙を流さずに泣いていた。
そんな姿を見たぼくは、近くに転がる棒切れを拾い上げる。今度はぼくが勇者になって彼女の呪いを解けばよいと精一杯に棒を振るう。
勇者になるために、木刀を振り続けて数年。呪いが続く彼女を遠目に見守りながら、一心に修行に励んだ。まだ力になれないぼくは彼女に近づけない。焦燥から、修行の合間に奏でた楽器の音にその思いを乗せる。
そして、今また魔王がこの国を襲撃しようとしている。木刀を振り続けることしかしてこなかったぼくの背中を父が押す。「今できることをやればいい」と力強く。
そしてぼくは真剣を握った。
勇者になれていない、ただのぼくとして。
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