§ 4ー2 12月10日 突然の告白
天体衝突まで、残り:104日。
すぐに私を見つけられなくても、絶望しないでください。
私がその場所にいない場合は、別の場所で私を探してください。
どこかであなたを待っています。
ウォルター・ホイットマン (Walter Whitman)
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・喫茶ル・シャ・ブラン--
「ずっと、好きでした!」
週初めの月曜日。平日の夜とはいえ、以前は閉店間際までくつろぐ常連客で埋まっていた客席は、7割ほど空席になっていた。出来る仕事も片付け手持ち無沙汰になったところに、店長から休憩を命じられた。アイスコーヒーにストローとガムシロップ、ポーションミルクを1つずつ。スタッフルームで先に休んでいた店長の一人娘の蜜柑ちゃん。「おつかれ」と椅子に座ると、「あ、おつかれさまです、颯太さん」とソワソワし出す。テーブルの上にある新聞を片付けたり、リップを塗り出したり、前髪を触り出したり。
「どうしたの?」と不思議に尋ねると、背筋を伸ばして座る。深呼吸を1つ。こちらを見つめる。
そして、発せられた言葉。
発した後に、肩を狭めて顔を真っ赤にして目を逸らす。いじらしく、しおらしい様子は素直にかわいいと思ってしまった。
…………
天体パンドラへの核兵器による攻撃が失敗してから3ヶ月。垂らした墨汁が透明な水を少しずつ濁していくように、世界はゆっくりと黒ずんでいた。
黒き魔女となったパンドラは依然として地球への衝突軌道を辿っており、連日、衝突回避の施策や被害のシミュレーション映像がTV報道された。
1カ月前に決行された、アメリカの隠していたUFO技術による電磁波を使った作戦(俗称:ヨハネス作戦)も、世界中が3日間停電するほどの電力を照射したが期待に応える成果もなく失敗した。進行中の残った核兵器での第2次ルードヴィヒ作戦も、前回の1万発に対して3千発強の発射と悪足掻きでしかないものに人々は希望を抱くことができないでいた。
パンドラとの接触ないし接近による被害の想定は、控えめに言っても恐竜絶滅と同規模になる予想に誰もが感情を揺さぶられずにはいられなかった。
一番多く報道されたのは『引力による水位の変化』による被害についてだ。数百メートルの水位の上昇が平野部にある都市を水没させてしまう予想から、多くの人や企業が標高の高い場所への移住・移転を真剣に考えだしていた。
また、生活必需品の買い溜めが深刻な問題になっていた。トイレットペーパー、薬、オムツ、生理用品。その他にも、下着や衣類・保存がきく食料・水・電池や手動発電機……多岐に渡るものが品薄になり、それらの転売も横行した。各国の輸出入の制限も強まり、物価は上昇し、一般生活への影響が深刻になっていた。
ある国の者は祈っていた。
ある国の者は泣き崩れていた。
ある国の者は怒り叫んでいた。
この国の者はいつもの生活を営んでいた。
それは、この国の神が社会規範であるから。生活に苦渋や不平があっても、多くの国民は神の意向に沿う生き方に隷属する。それにより、行政・インフラ・交通・通信・商業・物流・教育など多少の支障はあるものの、人々が日常を送るためのライフラインはまだ機能していた。協調・共生の檻が本能を希薄にしているのかもしれない……。
…………
「……ごめん。蜜柑ちゃん」
目を見つめて彼女に答える。スッと肩の力が抜けたのが見てとれた。
「い、いや、そう……ですよね。なんか、突然変なこと言っちゃって、すいませんでした」
一段と顔が紅くなる。視線は俯き、所在なさげにオドオドしている。彼女の心からの声に、颯太も心からの声で返さなければフェアじゃないという思いに駆られる。
「ありがとう、蜜柑ちゃん。こんなおれを好きって思ってくれて嬉しいよ。でも今はさ、好きとか付き合うとか考えられないんだ……。彩のこと、匡毅のこと、バンドのこと、家のこと、自分のこと……。ホントにいろいろ考えなきゃいけなくてさ」
自分に言い聞かせるように颯太は話した。肩を落とした蜜柑ちゃんの瞳に映る自分が妙に情けなく見えた。
彩は入院している母を待ち続けるだろう。匡毅はル・シャ・ブランを辞めて就職活動を続けているようだが上手くいってないようだ。また、黒い翼も舞衣が抜けてからバンド活動は休止中だ。
「嬉しい? そう思ってくれるんですか? それなら言って良かったかもです」
潤んだ瞳で無理くり笑う。
「実は……お父さんとこの先の事を話していまして……。山梨の親戚の家に避難しようかって。この店もしばらく締めようかって……。そうなったら、もう颯太さんたちと会えなくなるかもって思ったら……」
潤んだ瞳から一筋の雫が流れる。
「きっとまた会えるよ、蜜柑ちゃん。またライブもするから、応援しにきてよ。きっといいライブにするからさ」
溢れる涙とウウゥ……と漏れる声を隠すように蜜柑ちゃんは顔を手で覆う。
なんの根拠もなく無責任に未来のことを話したのは、彼女を励ます以上に、颯太自身が今現在の自分の置かれた状況に希望を見出したいと願っていたからである。
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