洗濯上手なシンデレラ
よくあるお話ですがちょっと思いついたので投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
シンディはこの屋敷の娘だが、幼くして母が亡くなり、その後2人の連れ子とともにやってきた後添えの義母が父の他界とともにこの家の主に収まると、あっという間に下働きに落とされてしまった。
でもくじけない。この身には両親が遺してくれた魔法の力があるから。
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たくさんの洗濯物が風にはためく。シーツにタオル、肌着にエプロン、さらにはにスパンコールやビーズきらめくドレスやシューズまで。シンディは風をはらむ布の波を見回して軽く腕まくりすると、右手の人差し指を立てて大きく腕を左に振り上げ、そこから水平に薙ぎながら唱える。
「洗濯!」
布に染み付いた汚れやシミは、指が指し示す先から白い光の粒になって弾け、あっという間に消えてしまう。
「よし、今日も完璧!」
この洗濯魔法が使えるおかげで、家事が捗って助かる。これを知ったら義姉と義母は手抜きだとなじるかもしれないので、3人が買い物や観劇、お茶会にパーティと出かけている隙に、こっそり魔法を使う。
こっそり使うからと言って、魔法はそう珍しいものではない。義姉も義母も魔法を使うし、何なら彼らの魔法を見て、シンディは魔法の使い方を覚えた。愛娘に魔法の使い方を教える前に両親は他界してしまったが、度重なる義姉たちからの嫌がらせ(ティーカップをひっくり返したり鼻先でドアを閉めたり)を見るうち、使い方は単純で、対象を指差してやりたいことを唱える、というのが魔法の基本だとすぐに分かった。色々試行錯誤した結果、自分には「洗濯」魔法も使えることが分かってきたが、他の人が使っているのを見たことがないので、少し特殊な魔法なのかもしれない。それでシンディは、何かといえば難癖をつけてくる義理の家族には、なるべく「洗濯」魔法のことは内緒にすることに決めていた。
洗濯の終わった服をとりこみ、畳んで片付け、歩き回るついでに屋敷内のあちこちにも「洗濯」をかけて回る。塵や埃、それに義姉が嫌がらせでひっくり返していった花瓶の水や散らばった花もキレイに消える。花は自分の洗濯物を持ち帰るついでに、裏庭から新しく切ったものを生け直すと、束の間、屋敷は両親がいた頃の雰囲気を取り戻す。
そんなシンディの穏やかな時間は長くは続かなかった。玄関の扉がバタンと大きな音をたてて開くと、義母と義姉がかしましく騒ぎ立てながら入ってくるのが聞こえた。いつもはもっと遅い時間まで帰ってこないから、仕事が終わったあとの時間は、シンディにとって好きなことをして過ごせる至福の時間なのに…。
そんな気持ちを小さなため息に逃がして、表情をあらため居間へ3人を出迎える。だが、義母も義姉たちもおしゃべりに夢中で、それぞれの外套とボンネットをシンディに投げつけるように脱ぎ捨てると1枚の紙をテーブルに広げ、囲むよう頭を寄せて覗き込んだ。
「ほら、やっぱり王子様の結婚相手を選ぶ舞踏会!今晩って書いてあるわ」
「本当に!たった半日で何の準備ができるというのよ!」
「『特別な用意をするに及ばす』ってあるからなのでしょうけど、そうは言っていられないわ。街中の娘を参加させよとは…面倒なことね」
じろり、と義母に睨みつけられ、シンディは外套を畳み掛けていた手を止める。
「あなたも行くのですよ、シンディ。」
ふたりの義姉を舞踏会に送り出す支度をしながら、シンディも街中でお触れが出ていたというその内容について聞くことができた。何でも御年18歳になる王子様の婚約者を選ぶため、王城で舞踏会が開かれ、そこには街に住む全ての年頃の娘が参加しなければならない、ということなのだそうだ。当然義母たちはシンディを連れていきたくはなかったが、「召使に至るまで必ず王城へ参じること、この命を破った場合は家の当主を罰する」とまで書かれており、さすがにそこまでのリスクを冒す気にはなれなかったようだ。
シンディは義姉たちのために風呂を準備し、ドレスを選び、コルセットを締めて髪を結う。
それが終わると、付添の義母の支度。
「ねえ、シンディは何を着てくのかしら?」
「あの古いドレスを後生大事に取ってあるんじゃないの?あの子の母親が着てたとかいう」
自分たちの支度が終わった2人はこそこそと囁やき交わす。
「私たちが捨てたのを、ゴミ溜めから拾い出してたでしょ」
「さぞシミだらけでみっともないことになってるでしょうね」
ふたりはわざと、そのドレスの上に食べ残したソースや湿ったままの紅茶の茶がらなどをぶちまけておいたのだ。いくら洗濯が上手な(これはふたりも認めざるを得なかったが)シンディでも、あのシミを落とすことはできなかったはず。
しかし、シンディはそんなふたりの想像を超える「洗濯」魔法の持ち主だ。
完璧に仕上がった亡き母の形見のドレスで現れたシンディに、ふたりとも開いた口が塞がらなかった。
「あの子はまともなドレスなんて持ってないはずじゃなかったの?」
母親の口調が強くなり、娘たちは言い訳がましくシンディを指差して答えた。
「あのドレス、シミだらけですごく汚れてたはずなのよ!」
これでは、今からドレスを汚したところでシンディには効かなそうだと、3人も諦めざるを得なかった。
不服そうな顔を隠しもしない3人だったが、義姉の1人が「そうだわ」と手をたたいて、意地悪そうに笑った。
「せっかくおしゃれしたんだもの、あの子にもお化粧してあげなくちゃ」
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城の車寄せには馬車が何台も連なり、正面の扉からは次々と若い娘たちがシャンデリア輝く大広間へと吸い込まれてゆく。今日は街中の娘たちがお城に呼ばれているので、一張羅のよそ行きを着た町の娘たちが乗り合わせる荷馬車もあれば、馬車さえ出せない者たちのために城が手配した乗合馬車も車列に混じる。
「ほら、早く降りなさいよ」
義姉に押し出されるように馬車から転げ出たシンディは、すんでのところで踏みとどまり転倒は免れた。非難がましく振り向いても、義姉は素知らぬ顔で案内役の騎士たちに手を取られ、すました様子で馬車のタラップを降りていた。最後に降りてきた義母は数歩シンディに歩み寄ると、
「途中で帰ることは許しませんよ、国王様からの命令なのですからね」
そう小声で言い捨てて、2人の娘たちとさっさと城の中へ入っていってしまった。
いつもの態度とはいえ、大勢の人が集まるところでこんな扱いを受けるのは楽しくはない。律儀に手を差し伸べてくる案内役の騎士が、顔を上げたシンディを見て一瞬動きを止め、笑いそうになる口元を不自然に引き結び、顔から目を逸らしたときには今すぐ家に帰りたくなった。
義姉たちが施してくれた化粧は元の肌色も分からなくなるほどの白塗りに、バランスの悪いぼってりした唇と太い眉を描いた、まるで子供のいたずら書きのような仕上がりだ。とにかく目立たない場所に隠れて早々に拭き取ってしまおう。シンディは明るすぎる大広間から逃げるように庭へと出ていった。
庭にもあちこちにランタンが灯され、大広間に入りきれなかった娘たちが大勢いたが、それでも大広間ほどには明るくないので、シンディはほっとした。ほっとしたせいで気を抜いていたのだろう、お城の一番高い塔はどれほど高いのかしら、と、立ち止まって振り帰ったときに、すぐ後ろにいた人に気づかずに顔からぶつかってしまったのだ。
そこにいたのは背が高い青年だったので、シンディはちょうどジャケットの胸元に自分の顔を押し付けるような形になってしまった。
「ごめんなさーー」
一歩退いて詫びを言いかけて息を呑んだ。
ランタンの光でも分かる、しっとりした深い艶の黒いジャケット生地に、無惨にプリントされた自分の顔型。
「ああ、これは驚かせてしまーー」
「なんてこと!」
相手の言葉を遮るのはマナー違反だろうが、日々洗濯に勤しむ身としては、高級な服につけてしまったこの化粧汚れを見て気が動転した。ここが王城であることも周りにたくさんの人がいることも忘れて「洗濯!」と唱えていた。
慌てて掛けた魔法でも、使い慣れた「洗濯」魔法は安定の効き目で、べっとりと付いてしまった化粧はあっという間に白い光になって散じた。
驚いたのは青年の方だ。不浄を白い光に転じる魔法は、希少な浄化の魔法だ。
恐らくは位の高い相手への失礼に、シンディは怖くなって逃げ出そうとしたが、すぐに手を取られてしまう。すぐさま周りにも騎士たちが駆けつけ、退路を塞がれてしまい、シンディは不敬を責められるものと思って青くなった。だが、青年はシンディを大切そうにそばに引き寄せると、すぐ隣立つ白髯の老紳士に声をかけた。
「見たか?」
「は。あの白い光は「浄化」の魔法に間違いございません。殿下。」
「じょうか?でんか?!」
情報が多すぎる。情報過多で固まるシンディを、王子は大広間とは別の建物へとエスコートする。
「あなたには説明が必要なようだ。今晩は城に泊まるといい」
庭で一部始終を見た娘たちは早々に城から退出させられ、その他の娘たちは一向に姿を現さない王子を待ち続けたまま、舞踏会終了を告げる鐘が城の塔から厳かに鳴り響いた。
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その夜、シンディは城の筆頭魔法使いである白髯の老紳士から、自分の魔法が浄化の魔法であること、この魔法は聖女だけが持つ特別な力であることを教わった。しかも、今日の舞踏会がその聖女を探すためのものだということも。
「城下の街に聖女がいることは2年ほど前から分かっていたんだ、浄化の魔法が探知されたからね」
シンディが「洗濯」魔法を編み出した頃だ。
「でも、そこからなかなか聖女が見つからないものだから、今回街中の娘たちを呼ぶことにしたんだよ。まさか、屋敷の奥でその魔法の才を洗濯に費やしていたとは思いもしなかった。」
そう笑いながら、王子は改めてシンディの前に跪いた。
「我が聖女よ、どうか私の伴侶となり、この国を清めて欲しい。」
「私は国の政のことなど何も分かりませんが、洗濯は得意です。お任せ下さい。」
「まずは…最初に「洗濯」しないといけないものもあるしな。」
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翌朝、シンディは王子と共に元の屋敷に戻ってきた。護衛を引き連れた王家の馬車を見て義母と義姉は驚いたが、そこから王子に手をひかれてシンディが降りてくると、2階の窓から身を乗り出して口々に喚いた。さすがに王子を前にして義理の娘を口汚く罵ることまではしないが、なぜ昨夜帰ってこなかったのかだの、お陰で家事がたまっているだの、シンディに向かって文句タラタラだ。
「シンディ、確認だけど、この家はあなたの父上と母上のものだったのだよね?」
「はい、でもお義母様がお義姉様たちを連れてきてから、この家は変わってしまって。屋敷もキレイに使ってくれませんし。」
今も嫌がらせのつもりなのか、窓ぎわでボロボロと食べこぼしながらお菓子をつまんだり、指についたクリームをカーテンで拭いたりしている。嫌になっちゃう。
「なら、洗濯したらいい。」
王子は笑顔でシンディの背を押した。
シンディはためらった。この魔法を義母と義姉に見せたことはないが、今は3人とも憎々しげにこちらを見下ろしている。
そうだわ、あの人たちごと、洗濯すればいいんじゃないかしら。
シンディは手のひら全体に力を集めて、屋敷に向かって「洗濯!」と叫んだ。これまでとは比べ物にならないほどの強い洗濯魔法に包まれて、白い輝きが収まったあとの屋敷はまるで昨日建てたばかりのように真新しい輝きに満ち、花壇の花は蕾ひとつに至るまで完璧な調和をみせ、そよ風に揺れていた。
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「けれど、あのあといくら探してもお義母様もお義姉様も見当たらなかったんです。」
3日後、シンディは屋敷の荷物をまとめて城へ居を移すことになった。迎えに来てくれた王子に、不思議そうに首を傾げた。
「騎士たちを動員して探させるかい?」
するとシンディはにっこり笑って頭を振った。
「いいえ、だって今あのお屋敷はとても綺麗になったと思われませんか?」
王子は一瞬息を止めたが、すぐににっこり笑い返して聖女の肩を抱き寄せた。
「君に「いらない」と言われないように、私はこれからも良い王族であるように努めるよ。」
良き王子と聖女の導きで、王国はいつまでも平和に、ふたりは幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございます。