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黒雲の剱 =転生の楔=  作者: サッソウ
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第8章 予感

 リフィナ女王はシャワーを浴びたあと、濡れた髪のまま服を着て、自室へと戻る。誰も居ないと思って、声を出しながら思いっ切り背伸びしていると

「リフィナ女王様。髪はちゃんと乾かしてください」

 エギナが姿勢を正しくして、こちらを見ていた。リフィナ女王は、想定していない状況に、背伸びをしたまま硬直し、時が流れる。

「えっ!? なんで、エギナがここにいるの?」

 エギナは、リフィナ女王の元執事であった。

「ちょっと、勝手に入らないでくれる? そもそも、この状況をじいちゃんに見つかったら……」

「そのときは、そのときですね」

「なにを悠長な……」

 リフィナ女王の祖父であるビーデン統括官は、エギナをリフィナ女王から離すために、ノークの補佐官を命じたと噂されている。もし本当なら、見つかればもっと遠くへ左遷されるのではないだろうか。とはいえ、この国にそんな左遷先が残っていればの話だが。

「いえ、彼について、リフィナ女王様は、どのように感じているのかと思いまして」

「なんで、それを言わなきゃいけないの?」

王婿(おうせい)

 継承権に該当するのは、もはやノークのみとなった。

「もうこの国には、リフィナ女王様に対して、とやかく言う人はおりません。昔の制度を撤廃するのも簡単でしょう。あぁ、1人だけ。統括官様は、とやかく言うかもしれませんが」

「それだと、まるで独裁者みたいじゃない。別に、私は構わないから。……この国に平和が訪れるのなら」

「さて、どちらが本心でしょうか。これは、私の独り言ですが、転生後のノーク様も、生前のノーク様と同じような心の温かさを感じました。独り言ですけどね」

「随分と、大きな声の独り言だこと……」

 リフィナ女王は、ドレッサーの椅子にかかった新品のタオルを手に取る。そのタオルで濡れた髪を拭き取る仕草をしながら、タオルで口元を抑えて、

「バカ、ノーク……。どうして死んじゃったの。今のノークに奪われても知らないからね……」


    *


 異変に気付いたのは、監視塔で警戒していた兵士だった。青空の澄み切った日に、遠くの山の空が赤く、そして黒くなる。

「西の山から魔族の侵攻を確認。至急、避難を!」

 国中にサイレンが鳴り響く。兵士たちは、国民を地下へと避難させる。防御を固めることも、こちらから先手を打つことも出来ない。すでにこの国の戦力は、虫の息だった。時間稼ぎをする戦力や人手もなく、こちらへと向かってくる、大量の黒い影に、()(すべ)はない。

 サイレンは20秒ほどで打ち切られ、逃げる足音だけとなり、その音も次第に小さくなる。

 自室にいたノークのもとへ、エギナとフィーサが駆けつけ

「ノーク様。敵襲です。地下へ、ご移動願います」

「分かりました」

 駆け足で地下へと移動中、ノークが今回のことについて聞くと

「魔族の大群がこちらへ向かってきており、当初の予定通り、全国民が地下(ごう)へと避難しており、兵士も地下壕の手前で待機します」

「リフィナ女王様も同様に、地下壕へと向かわれました」

 フィーサは、ノークの部屋に到着する前に、リフィナ女王様を目撃していた。

「これは、先の大戦で敗北した直後に、決めたことです。戦力が減り、人手も少なくなったこの状況でできること。籠城(ろうじょう)し、一本道を兵士が守り抜く。建物が崩壊しても、突破されてもアウト。広範囲を守ることはできなくとも、一度に相手すれば一縷(いちる)の望みがあるかもしれないと。心中(しんじゅう)覚悟で」

 背水の陣などではなく、これが今できる最大限の防御なのだろう。国民は家を離れ、兵士は城壁の武器も使用せず、王族も重要な拠点を放棄し、戦力を1点に集中させる。これで勝てるかどうかも分からないのに、各所へ分散などできるはずがない。

 ノークが到着してからも、続々と集まる。指揮するのは、リフィナ女王。女王とは言え、13、14歳ぐらいの少女だ。国民に不安を感じさせないよう、懸命に力強く指揮している。少しでも不安が和らぐだろうか。ここにいる人々には、先の大戦で味わった敗北が脳裏にうかぶ。

 地下壕へは3つの防壁がある。とはいえ、それらが破られるのは、重々承知の上で、多少の時間稼ぎにすぎない。あわよくば、諦めて帰ってもらえればと思うが、それはないだろう。リフィナ女王は、周囲を確認し、

「これより、我が国はこの地下壕で籠城し、もし攻め入る敵がいれば、国民へ危害を与える前に、倒すのだ。3つの防壁が破られしとき、この国は、このメンバーでの最初で最後の(いくさ)となるだろう。みな、全力でいくぞ」

 リフィナ女王の言葉に、兵士達は武器を掲げて、全力を誓う。リフィナ女王は、一呼吸したあと、震える右腕を左手で押さえる。それでも、震えは止まらなかった。

 ノークとエギナは、リフィナ女王のもとへと近づき、声をかける。

「リフィナ女王様」

「……全然、震えが止まらない。私がしっかりしないと、皆の士気が下がるから……」

 無理をしていたようだ。これまでも、そしてこれからも。リフィナ女王はノークの方を見て、

「あなたにしか頼めない。ここにいる兵士たちは、十分働いている。それでも、防げるかどうか……。この世界に来て、まだ3週間だろうけど……、どうか私達に力を貸して欲しい。私達が不甲斐ないばかりに……」

 想定していたとはいえ、やはり怖いだろう。諦めたくはないけれど、できる全力を考えてはいるけれど、それでも超えられない壁がある。ノークは首を横に振って、

「この3週間。短い期間で、この国のことが全て分かったわけではないですが、それぞれが全力で向かい合って、助け合うこの国を、自分も守りたいと思います。自分達のことを責めないでください」

「そう言ってもらえると、助かる」

 ノークは、同時に重ねていたことがある。

「この国の状況は、相手が違えど、自分がかつて住んでいた国の状況に似てるんです」

 これまで、ノークは転生前の話はしなかった。この国の話を聞くばかりで、過去については一切。エギナやリフィナ女王も、ノークから話題に上がらなかったので、詳しくは質問しなかった。それは、今も。

「そうか……。申し訳ないが、2度も辛い目に遭わせてしまうかもしれない……。それでも、力を貸してもらえるだろうか?」

「もちろんです」

 ノークの転生前。カノムは、ディフォルミスという怪物と戦っていた。その戦闘において、故郷や周辺の国々、仲間の多くを失った。そして、自分の命も。大切な物を失う悲しさは、この国の人々と同じく共感できる。だからこそ、悲しい思いはもうさせたくはない。ディフォルミスとの戦いは、常に辛かった。戦うしかないけれど、戦えば戦うほど、皆が目の前で倒れていく。何よりは、自分はディフォルミスにとどめを刺すことが出来なかった。倒すべき敵だった。致命傷は与えたかもしれないが、倒せなかった。この異世界で後悔したところで、もう遅いことは分かっている。


    *


 一条(いちじょう) 恵菜(えな)は、徳島駅から夜行バスに乗って、徳島から東京へと移動していた。東京での仕事があるため、阿波徳島放送局を出た後、章良(あきら)と別れた。

 カーテンの隙間から見える窓には、雨粒が流れている。また雨が降り出したようだ。そろそろ寝ようと、(まぶた)を閉じる。ふと、昔の光景が浮かぶ。ディフォルミスへ挑む、何日も何週間も前のこと。

 ケンは、ことあるごとに誰かに救いの手を差し伸ばし、ときには危険な橋も渡った。ハガネに「この先も、ことあるごとに全員を救うのには無理がある。足手纏いになる」と言われ、対立したこともあった。ヤイバは、そんなギクシャクしたとき、上手く仲を取り持つこともあった。

 アキラは、あのころを忘れられずにいる。本当に、このまま探すべきなのかな……。私には、分からない。もう彼らのいない世界を受け入れつつある。アキラが、()()(ことわり)を壊すのじゃないかと危惧もしている。もしかしたら、一度壊したからこそ……。ううん。考えすぎ……。

 恵菜は、そのまま眠りについた。明日、起きれば東京に着いている。

 一方、徳島に残った章良は、ビジネスホテルに宿泊していた。ベッドに横になり、目覚まし時計を見る。時刻は23時過ぎ。

 なんで、俺は生き残ったんだろうな……。何年経っても、あの日々は忘れられない。少しでも救えるなら、俺は全力を尽くすだけ。掟だろうが関係ない。まだ、戦いは終わっていない……


To be continued…


【登場キャラ】


・ノーク・シャルク。カノム(ケン)が転生。カノムは、もとより仲間思いで、困っている人がいれば、助けずにはいられないような少年だった。それ故、危機に直面することもあれば、大きな組織と対立することもあった。

・リフィナ女王。生前のノークに好意を抱いていたのかもしれない。転生後のノークに関しては……

・エギナ。リフィナ女王の元執事。ノークの補佐官。補佐官就任後も、リフィナ女王のもとに、こっそり訪れているとか。

一条(いちじょう) 恵菜(えな)。カノムたちのいない世界を受け入れつつある。章良(あきら)に協力しつつも、すでに日本に来て5年になり、このままカノムたちを探すのか、現実を受け入れるのか、章良にどちらを言うべきか、葛藤している。

光規(みつき) 章良。かつての仲間達と過ごした日々が忘れられず、生きている可能性を信じ、再会への方法を探している。


【特記】


・地下壕。城内と城外の2箇所に入り口があり、通路が合流したあと、3つの防壁となる扉がある。防壁の先には、決して広いとは言えない程度の空間があり、そこで戦闘を行う。そこから通路を200メートル進むと、広い避難空間がある。そこは、行き止まりである。


 「第8章 予感」に関して。

 当初、今回の冒頭が「異変に気付いたのは~」からスタートしていたのですが、すっ飛ばし過ぎかなと思い、リフィナ女王とエギナのやり取りを差し込みました。リフィナ女王の内心ぐらいは、書いておこうかなと。ノークとリフィナは年が近く、幼馴染みだったのかもしれない。もし会っていたとすれば、隠れて遊んでいたのかもしれないが、エギナには筒抜けになっていそうな気もするかな。カノムは、死去は10代後半です。イオを救ったのが、カノムとアキラが16歳のとき。アキラが日本に来たのは、23歳の時。日本に数年で来るのは難しいと考えられるので、17~19歳ぐらいかな。

 さて、次回はノークと魔族との戦闘開始。1つ目の異世界が佳境へ。

 今週も、前日に書き上がりました。なんとか間に合いました。

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