第7章 オーバークロック
ナイトアは、ノークの鍛錬を短期間で行うために、この世界での上級技術について説明を始めた。短期間というのは、リフィナ女王からの指示ではあるが、この国の情勢から考えるに、時間が無いことは理解している。
「基礎どうこうより、ノーク自身が感じている通り、コントロールが追いついていないな。かと言って、コントロールを全力でやっても、高等騎士と対等ぐらいはある。まるでバケもんだな。……おっと、気を悪くしないでくれよ。さて、コントロールには、知識も必要とする。1つ教えるとすれば、今は1人もいない高等騎士よりも上の者が使用していた技術がある」
今は1人もいないとは、先の大戦で敗北し帰ってこなかったということだろうか。であれば、それをも超える必要がある。この国の民が、現実を受け入れて、戦いを諦めているのは、強者がもういないから。今から強くなっても、高等騎士を超えるのが精一杯で、それでも敗北している。そこへ、転生したノークが現れ、この国に僅かながらの希望が生まれたのだろう。
「戦闘力を極限まで高める”オーバークロック”という技術がある。自身が出せる以上のパワーを発揮することであるが、コントロールが難しい。ただ、ノークの状況を見るに、まさしくオーバークロックの状態と同じではないかと」
周囲もオーバークロックと言われて納得しているようだが、ノークは理解できていない。この世界での知識は無く、例えられたところで、「そうなんですか」か「それっ何ですか?」としか言えない。
一応、オーバークロックについて詳しくは聞いたが、あまりピンとこなかった。ただ、力を物に頼るのではなく、自身の秘められた力でもなく、持っている力の限界突破、というぐらいのイメージは理解した。
現状、カノムの持つ限界突破は、転生前から引き継いだものを含めて順不同の3段階ある。1つは、”黒雲の剱”を使用することで、剱からの力を上乗せできる。1つは、”黒雲の剱”に填められた”宝玉”の力を解放することで、剱の力を上乗せできる。そして最後の1つは、この世界で得た”制御放棄”であり、これがオーバークロックに該当するのだろうか。自分のいた世界では、オーバークロックという似た単語があり、意味が違うのだが……。
言葉とは、時代と共に変化する。世界が違えば、同じ単語でも意味が違うのか。もしくは、専門用語の意味が付加されたのか。このノークの勘違いは、数日後に訂正された。
何日にも及ぶ鍛錬の中、転生者であること告げ、オーバークロックが制御放棄と同じかと聞いたところ、ナイトアは「オーバークロックは、あくまでも自身の限界突破を示すものであり、武器や装備によるパワーアップ要因も、オーバークロックの一種だ」と。詰まるところ、3段階の全てがオーバークロックということだった。
*
章良と恵菜は、祖谷剣山高齢者支援施設から同じく徳島県内のテレビ局、阿波徳島放送局へ訪れていた。恵菜の働くテレビ日本放送の系列であり、徳島県内で唯一の民放テレビ局でもある。他の民放テレビ局は、関西圏や香川・岡山県の放送局が直接受信でき、そちらのテレビ日本放送系列も受信できるらしい。ただし、これはかつての地上アナログ放送時代の話である。県内で、阿波徳島放送局以外の民放テレビ局を受信するには、ケーブルテレビの加入が必要となった。
情報を調べるのが目的のため、阿波新聞社に行くのもひとつだったが、恵菜が同系列のアナウンサーだったことから、比較的融通が利きそうなこちらにお邪魔したのだ。
「こちらが資料室です。お探しの平成10年台風第18号に関するビデオテープは、私がお持ちしますので、それまでの間は各新聞社をご覧になってください」
阿波徳島放送局の総務、今切部長はそう言って倉庫へと向かった。資料室には、地元の阿波新聞社以外にも関西や関東の新聞社も残っていた。
「1998年12月の新聞。台風18号の被害に関して……」
章良が阿波新聞社と関西、恵菜が関東と手分けして、1998年12月発行のうち、台風18号の被害について調べる。
「上陸後の被害を報じた2日の朝刊には、行方不明者は8名。名前までは書いてないか……」
「こっちの全国紙だと、尚更。四国も書かれているけど、近畿地方の被害状況が大きく取り上げられてるみたい。日本海で消滅したのは、3日らしいから最終的に被害状況が確認できたのは、それよりあとだと思う」
「3日の朝刊は、家屋の被害中心の記事だな。行方不明者は10人になってる」
「こっちは、関東の被害状況中心。関東の新聞だから、当たり前と言えば当たり前なんだけど」
「夕刊にも、行方不明者の名前はないな……」
4日の朝刊に手を伸ばすと、扉が開く音がして、手を止めた。今切部長は、ビデオテープを2つ持っている。
「まだデジタル化してない映像ですので、そちらのビデオデッキでご覧ください」
「今切さん。ご協力頂き、ありがとうございます」
恵菜が丁寧にお礼を述べ、章良も「ありがとうございます」と返した。
今切部長はビデオテープの背を見て
「当時の中継映像と、その後に被害状況をまとめたニュース映像がありますが、どちらが?」
「可能であれば、両方確認したいのですが、先に被害状況をまとめた映像を見せて頂ければ」
「分かりました」
今切部長は、VHSビデオデッキに、”98年冬 台風被害状況”と書かれたビデオテープを差し込む。
ビデオデッキの再生ボタンを押すと、しばらくして16:9の薄型液晶モニタに、4:3のノイズがかった映像が出る。音声は籠もっているが、十分に聞き取れる。
画面内のニュースキャスターが原稿を読み上げ、スタジオから各地の映像へと切り替わる。
「12月4日。まずは全国的に被害を齎した、台風18号に関するニュースです。異例となる12月に、宍喰町、海部町付近に上陸しました。県内の幹線道路の一部が冠水し、相生町や上那賀町などの広い地域で倒木や崖崩れがあり、西祖谷山村のかずら橋へと続く道でも被害が出ています」
その後、中継などを挟み、各地の被害状況をまとめた情報が流れる。
「では、改めて各地の被害状況です。床上浸水は、徳島市や鳴門市、阿南市でも被害があり、河川や用水などの増水、土砂崩れなどで、死者や行方不明者も出ています。県内ので死傷者と行方不明者は」
モニタには、9人の行方不明者の名前が掲載された。フリガナはないが、その中には”一条 刃”の他に、”鋼 修司”、”酒向 雪路”、”古野 麻樹”、”高瀬 流”、”高瀬 晤郞”、”紅蓮 瑞稀”、”八岐 駿”、そして”黑柄 健”の名があった。
「今、3人の名前があったな……」
ようやく見つけた情報。彼らの最初の名前を知った。その後、新聞やニュースを見たが、いずれも漢字のみで振り仮名は無かった。
「今切さん。この映像って、お借りできますか?」
「名前だけあれば、調べられるんじゃない?」
恵菜は、章良の意図が分からず聞くと、
「”トティック”に成果なしで帰れるかよ。仕事として、調べてるんだからさ」
本人曰く、Webメディア”トティック”で掲載するしない以前に、上司にはそれとなく話をした。土産話もなしに、帰れないからな、と。
To be continued…
【登場キャラ】
・ノーク・シャルク。”黒雲の剱”やその”宝玉”、”オーバークロック”により、限界突破が出来る。ただし、現状のコントロールの問題を解決する必要がある。転生前は、カノム・エルメ。カノムには、黑柄 健の記憶が移植され、健の影響を大きく受けている。
・ナイトア。騎士団の指導員で、ノークの担当にもなる。
・光規 章良。Webメディア”トティック”としては、ノルマを達成しつつ、カノムたちの情報を探している。ストックを持ちつつ、各地で調べた際に見つけたものや副産物で記事を作ることが多いらしい。
・一条 恵菜。高齢者支援施設を出てすぐに、同系列のアナウンサーということと、章良からの取材協力を理由に、阿波徳島放送局へアポを取った。
・今切部長。阿波徳島放送局の総務。娘が恵菜アナウンサーのファンで、資料室を出る際に、娘宛のサインをもらった。
【特記】
・平成10年台風第18号。徳島県内での行方不明者は、1998年12月当時9名。”一条 刃”、”鋼 修司”、”黑柄 健”、”酒向 雪路”、”古野 麻樹”、”高瀬 流”、”高瀬 晤郞”、”紅蓮 瑞稀”、”八岐 駿”。
「第7章 オーバークロック」に関して。
オーバークロックは、信頼性や安定性のリスクがあるけれど、それでもより高い処理能力が得られる利点がある、CPUの性能アップですね。カノムのいる異国では、限界突破って意味合いで使っているみたいですね。さて、98年当時の話を書くときに、地名を使おうとすると、平成の大合併で色々と市町村名が変わったので、調べないと分からないですね。架空の地名でもよかったのですが。
今後の展開は、現代パートは、しばらく徳島県内で情報集めになりそうですが、恵菜は東京の番組があるので、このあと途中離脱かな。異世界パートは、ノークと魔族の戦いが始まりそうです。