第5章 知らない世界
祖谷剣山高齢者支援施設で、光規 章良と一条 恵菜の2人は、刃の祖父と面会した。名前は、一条 古宮さんで御年90歳とのことだ。車椅子に座っており、山瀬 初実も同席している。
「古宮さん、お孫さんのことでおふたりから、聞きたいことがあるそうです」
初実ははっきりと喋り、古宮は「そうかい。そうかい」と何度も頷く。章良は、話の切り出しとして
「私達は、昔、お世話になった”刃”という名前の人を探しています」
章良が、敢えて友人と表現しなかった。それは……
「孫なら、20年も前にいなくなったがね。年老いて、昨日のことは忘れるのに、家族のことは忘れもしないよ」
「悲しいことを思い出させてしまうのは、恐縮ですが、刃さんに関して、どんな人だったか聞いてもよろしいですか? 私達が会った刃さんと同じ人か、確認したいので……」
恵菜は申し訳なさそうな表情で話を伺うと、古宮は少し笑って、
「忘れてしまう方が、私は悲しいよ。何より、年寄りの話を聞いてくれるってだけで、嬉しいもんだよ」
「古宮さんがここまで笑顔になるのは、久しぶりですね」
初実が憶えている限り、小学生が授業の一環で、ここを訪れたときも、自身の話を真剣に聞いてくれた子がおり、非常に喜んでいた。おしゃべり好きなのだろう。しかし、自分の孫の行方不明事件について聞くのは、こちらとしては複雑な心境だった。章良と恵菜は、事件取材も数を熟しているが、いつまでたっても慣れなかった。大切な人を失ったときの心境は、痛いほど分かる。
「孫の刃は、よく友達と遊んでいたよ。本当に、嬉しそうに。自分の考えは曲げずに、他の子とはちょっと違った見方をする子で、よく笑っていたし、笑わせるのも好きな子だった」
「明るい子だったんですね」
「明るいってレベルじゃないよ、あの子は」
古宮は大笑いしながら、刃のことを話す。その後も、日常から旅行に行ったときの話など、とにかく笑顔で話をする人だった。ただ、事件当時のことに関しては、
「あの日を境に、変わってしまったよ。刃たちがいなくなって、彼らの家族とともに、幾度も探したけれど、見つからなかった」
”彼ら”という表現に引っ掛かった章良は、
「お孫さん以外にも、行方不明者が出たのですか?」
「そう。クラスメイトが何人か」
同時期に複数人が行方不明となったのなら、当時、かなりのニュースになっているだろう。発生時期や他の名前が分かれば、調べられる。ただ、ネットで過去の記事を調べたときに、そんなニュースは見つからなかった。
「刃が中学1年生の12月。友達と一緒に出掛けて、帰ってこなかった」
それを聞いた恵菜と章良は、同じタイミングで互いを見て頷いた。自分達が覚悟はしていた事実……、おそるおそる確認する。
「それは、何年頃のことですか?」
「98年の台風18号の前日だった……」
章良は、用意していたタブレットを手早く操作して、その台風について調べる。平成10年台風第18号。1998年12月1日に四国へ上陸し、近畿地方と北陸地方を通り過ぎ、3日に日本海に到達後、温帯低気圧となった。統計開始以降、最も遅い上陸であり、各地で強風と大雨の被害を齎した。
「おふたりは、何歳かね?」
古宮さんの質問に、恵菜が「27です」と答えると、
「じゃあ、そのときは2歳ぐらいかな」
古宮さんにそう言われ、益々実感する。章良と恵菜の知らない、刃たちの世界……。
*
リフィナ女王との報告を兼ねた昼食会。事前にリフィナ女王の年齢について聞いていなかったがために、対面したときは驚いた。13、14歳ぐらいの少女だった。
昼食会は、ノーク・シャルク(カノム)とエギナだけが参加。参加直前に同席する説明を受けた際、「本来ならば親族が同席しますが」と、言っていた。シャルク家は、大戦で散った兄だけではなく、親族もいないということだろうか。
リフィナ女王の同席者はいない。それも気にはなったが、この世界ではそれが常識なのかどうかも分からず、失礼なのは分かっているが、エギナに小声で質問した。
「昼食会は3人だけ……?」
「はい」
と、短い返事だった。食卓には、メインディッシュのステーキ? と思われる品が運ばれる。配膳するのは、コックだろうか。それとも、側近?
コックか側近は退室の際、お辞儀せずに、そのまま黙って部屋を出る。細かいところが気になりつつも、それは前の世界の常識だ。
扉が閉まって、3人だけになると、リフィナ女王は深いため息をして、ナイフとフォークを置き、椅子に凭れる。
エギナは、ナプキンで口元を拭き
「リフィナ女王様……」
「もうやだ……」
女王とは思えない、言葉遣い。ノークは、その様子にぽかんとしていると
「30分は来ないだろうから。エギナだし、別にいいでしょ?」
「私だから、という理由にはなりませんよ」
「今の執事は、厳しすぎてもう限界。なんで、エギナがそっちに行ったの?」
会話から察するに、エギナはリフィナ女王の執事だったということだろうか。それが何かの切っ掛けで、現在はノークの執事として働いている。本人は、執事という表現を嫌っているが。
「統括官様の指示ゆえに」
「じいちゃんの指示? えぇー」
統括官という役職があり、それがリフィナ女王の祖父らしい。聞く話がすべて知らないことで、ひとりだけ置いてきぼりだ。
「もう……この国もおしまいよ。魔族に勝てる人が居ない以上、お手上げ。国の防衛がハリボテだと知られたら、魔族に一網打尽」
「リフィナ女王様、その件に関してですが、希望がひとつ」
「希望って言ったって、この状況を打開するには、それこそ神様レベルの力が無いと」
「それがあると言えば?」
エギナがはっきりと言い、置いてきぼりのノークに2人の視線が集まる。
「エギナ。確かに、彼は努力家だったけれど、淡い期待は必要ない。もう王族はみんな、覚悟してるから。私も。……民の前では言えないけれど、みんな察してる」
リフィナ女王とエギナの話を聞いて、この国の状況は崖っぷちに立たされ、ノークが最後の希望だったようだ。ノークはその重圧に耐えられず、転生の可能性を残して、自ら命を絶った。結局、そのノークに、誰も期待していなかった。皆が諦めムードだった。もしかすると、ノークはそれも感じていたのかもしれない。
リフィナ女王は姿勢を正して、お仕事モードに戻り
「それで、洗礼の儀の成果はいかほど?」
「はい。ノーク様より、ご報告致します」
と、ノークにバトンを渡して、エギナ本人は深々とお辞儀をする。先程までだらけていた2人が急に切り替えたため、ノークはまたついて行けず、困惑しつつも
「報告いたします。まず、私はノークではありません。ノーク自身は先日、自尽しており、その依り代に転生したカノムと申します」
「転生……。続けて」
「はい。洗礼の儀より、神から2つ授かりました」
厳密に言えば3つだが、1つはこの世界の常識のため、省いた。武器を1つだけ収納できるシステムである。名称はあるのだろうか。
「1つは、生前の能力引き継ぎ。もう1つは、ノーク自身の能力向上です」
「それはいかほど?」
「現在、私自身が制御できておらず、またこの世界に関して知らないことが多く、お答えが難しいです……」
「エギナはどうだ?」
リフィナ女王は、ノークの能力についてエギナに問うと
「洗礼の儀式後に襲撃してきた飛竜紅ゴブリン5体を、おひとりで一掃されました」
「飛竜紅ゴブリンを……」
「それも、一撃で」
「強いな」
「はい。強いです」
「相当だな」
「はい。相当です」
「もしかすると」
「はい。もしかすると」
「もしかするかもな」
「はい。もしかするかもしれません」
エギナとリフィナ女王の会話に、また置いてきぼりのノーク。ふたりの会話が終わって、また視線がこちらに。
「えっと……」
To be continued…
あとがき
【登場キャラ】
・光規 章良。西暦で言えば、1996年11月22日生まれ。日本へ向かう頃になって、母国が西暦を採用したため、大半を別の暦で過ごしていた。
・一条 恵菜。章良と同じく1996年7月14日生まれ。
・一条 古宮。一条 刃の祖父。祖母(古宮さんの妻)は、昨年他界。御年90歳で、車椅子生活と孤独感があったことから、自宅で過ごせず、祖谷剣山高齢者支援施設に入居した。
・山瀬 初実。31歳の女性スタッフ。
・一条 刃。失踪時に、中学1年生であることから考えると、西暦1985年生まれと推測され、健は同じ年、早生まれの鋼は86年と思われる。(まだ古宮さんの話は途中で、刃本人かどうか確定していない時点ですが……)
・ノーク・シャルク。カノムが転生し、洗礼の儀により、能力が極めてアップした。本人はまだ力をコントロールできていないが、リフィナ女王とエギナから相当期待されている模様。
・リフィナ女王。先の大戦により、母親と当時の女王を務めていた姉が亡くなり、13歳にして女王の座に就く。
・エギナ。元はリフィナ女王の執事(側近)だった。しかし、統括官からの命により、ノークの補佐官へ異動した。
【特記】
・平成10年台風第18号。1998年12月に日本へ上陸した台風。台風発生は、11月25日のフィリピン海上。統計開始以降、最も遅い上陸だった。この台風と刃たちの失踪は、どのように関係するのだろうか。クラスメイトも失踪していることから、ニュースになっていそうだが、章良が調べてもそのような記事は見当たらなかった。
「第5章 知らない世界」に関して。
前半は現実パート。後半は異世界パートでした。刃たちが失踪したころは、章良と恵菜にとって、知らない世界での話です。失踪後に、刃の記憶を持ったジョームに会ったため。さて、ノーク側は、知らない世界のことが色々と出てきます。聞きたくても、昼食会なので聞けない雰囲気。終わった後にエギナから、気になったことを全部聞きそうです。
ちなみに、本当の現実的な話をすると、平成10年に発生した台風は第16号まで。また、統計開始以降最も遅い上陸は、11月30日に上陸した、平成2年台風第28号らしいです。
さて、第4章までは、7月までに用意していたのですが、第5章に来て早くもストックが尽きました。『エトワール・メディシン』と同じく、こちらも前日更新。なんとか間に合ったかと。
次回は、異世界パートの予定。これから書くので、予告が書けない。
追記。一部、年齢計算を1年 間違えていたので訂正です。