第4章 行方不明者捜索願
東京都内。テレニチという愛称のテレビ局。その報道部デスクの奥にある会議室で、光規 章良と一条 恵菜は、それぞれが持つ情報を話していた。
章良は鞄からクリアファイルを取り出し、印刷した資料を机の上に並べると
「唯一、名字が分かっている刃の親戚かもしれない一覧」
「それって、一条家のこと?」
恵菜は、日本で生活するに当たり、名字をわざと”一条”にして日々を過ごしている。捜索の3人のうち、フルネームが分かっているのは1人だけ。地方や取材時に、たまに「同じ名字なんです」と声をかけてくれることがあり、刃について聞いてみるが収穫は無し。結局、名字を同名にしたことによる効果はなかった。
「ここに書かれているのは、未調査の3世帯。2年前にやってた、学校取材時に見せてもらう歴代の卒業アルバム作戦は収穫なしだったし……」
「最初は私も、僅かな希望でもと思ったけど……。義務教育のこの国だと、卒業していれば名前が残ってる可能性はあったかもしれない。けれども、学校もかなりの数があるから……」
「で、やり方を変えた。行方不明者捜索願から、一条刃の名前を調べたら、出てきたのがこの3件。名字の分からない健と鋼については、警察側も名前だと件数が多すぎると断られた」
「この3件に当たってみようと思う。ただ、聞き方には細心の注意を払わないと……」
章良が持ってきた紙には、行方不明者の名前と捜索願の提出者、連絡先、住所が記載されている。
「よく警察からそんな個人情報を入手できたわね」
恵菜の言うとおり、おいそれとは出ないと思われる。
「いずれも、手がかりが無く情報公開されていて、向こうから情報を求めているからな。一応、当時の顔写真もあるけど……」
「私達は、カノム達の顔しか知らないから、ここでの顔を見ても分からないからね……」
「あぁ……。俺たちが知ってるのは、カノムとディフェン、ジョーム。だからこそ、情報収集に、こんなにも苦戦してるんだ……。俺たちの知っている彼らは、記憶を移植された後の人物。もしくは、転生ってヤツかもな……」
「転生の説、信じるの?」
「説明が楽だからな……。日本人の3人、健と鋼、刃が何らかの目的で、俺たちの住む国を訪れた。だが、ヤツの暴走に巻き込まれ、3人とも命を落とした。その際、同国在住のカノムとディフェン、ジョームにそれぞれ転生した。で、俺たちはその転生後の彼らに会った。みんなで共に旅し生活し、毎日を送るはずだった。だけど、ヤツが全てを奪った……」
「随分、薄っぺらい説明ね。その転生ってヤツ、異世界じゃないの?」
「さぁ? 同じ世界で転生する作品も、世の中にあるし。そもそも死んだら転生するってこと自体が……。いや、そんな話じゃなくて……。聞いた話が本当なら、人為的に記憶の移植ないしはコピーをしている。それも今となっては、確認も出来ないし、目的も分からないけどな……」
「聞いた話って、誰から?」
恵菜が情報源を聞くと、章良は黙って窓の外を見て、答えない。物思いに耽るような、自分の世界に入った章良を見て、恵菜は情報源の質問をやめて、振り返るように
「当時の研究員は、あの戦いで全員死亡。関係者や家族もでしょうね……。悲しいことに、あの国の生き残りって、右手で数えられるぐらいしか残ってないし……。3人がどこかで生きてるのなら、やっと……両手で数えられるけど……」
「ディフォルミス……。あの怪物は許せねぇ……。全てを奪った敵だ……」
母国では、戦火に見舞われた。元凶は、ディフォルミスという怪物であった。ヤツは、ある研究所で秘密裡に開発されていた兵器からの、”偶然の産物”だった。ヤツが誕生した当時のことについて、章良と恵菜は話を聞いただけで、実際どのようなものだったのかは知らない。だけど、カノムたちは血相を変えた。3人には当時の記憶から、悪夢として幾度も敗北のシーンに魘されることがあったそうだ。
「なんだか、改めて感じるな……。俺たちは、知らないことだらけだったんだ……。健たちの過去も知らないし、ディフォルミスに関しても知らないことが多い」
「もう本人に直接聞けば? いつになるか分からないけど」
「それができれば……な」
「で、その一条家にはいつ行くの?」
「明後日、ここに行く予定。一発でも当たれば、大きな一歩だな」
章良が指差したのは、リストの一番上。住所は
「これ、どこ?」
「捜索願を出したのは、徳島県祖谷地方に住む、刃の祖母らしい。ただ、その祖母は昨年他界して、話を聞けるのは祖父から」
「もうアポは取ってあるってこと?」
「勿論。祖父は、市内の老人ホームで生活しているそうだ。ちなみに、リストにある他の2つについては、固定電話の番号がもう使えないみたいで、音信不通。住所には住んでいるらしいけど、取り敢えず、アポが取れた、ここからだな」
章良が事前に、リスト記載の固定電話の番号にかけたところ、どうやら老人ホームへかかるように転送設定がされていたらしく、老人ホームの担当者に繋がった。
*
8月4日。生憎の雨模様だった。最寄り駅から、日中でも1時間に2本しか無い路線バスで移動し、”祖谷剣山高齢者支援施設”に到着した。高台に位置しており、絶景が見えるはずなのだが、雨で曇っている。
時間が少しあるため、施設の入り口には行かず、駐車場から曇った景色を眺めてみる。雨は止みそうにも無く、傘は手放せない。
恵菜は、バスの中で入手したパンフレットの表紙を見ながら、
「晴れてれば、吉野川が見えるんだって」
「この天気じゃ見えないな」
章良は、ショルダーベルトがズレそうになり、掛け直す。四国三郎とも呼ばれる川だが、この天気だとその姿を拝むのは難しそうだ。曇った景色を見ながら、時間を調整しようしていたが、思ったよりも雨が駐車場のアスファルトに反射して、ズボンの裾が濡れてきた。
章良は腕時計を確認して
「ちょっと早いけど、雨降ってるから受付で待たせてもらうか」
恵菜も「そうね」と同意した。当然ながら湿度は高く、雨が降っているのに、気温は高めだ。
入り口には、ビニール製の傘袋があり、章良は2枚取って、1枚を恵菜に渡した。施設の中に入る前に、服や鞄に付いた雨水を拭き取っていると
「ご連絡を頂いた章良さんですか?」
30代と思われるショートヘアの女性が、タオルを2つ持ってやってきた。章良は「そうです」と返し
「すみません。少し予定の時間より早いですが、いいですかね?」
アポを取った時間よりも、15分ほど早かった。女性は「大丈夫ですよ」と優しく答え、2人に「よかったら、これを使ってください」とタオルを差し出す。「大丈夫ですよ」と断りを入れたが、結局お言葉に甘えて、軽く拭く程度でお借りした。
女性の名前は、山瀬 初実といい、章良が電話をかけた際に対応した担当者でもあった。施設の中へ案内されると、章良たちよりも若そうなポニーテールが特徴の女の子(多分)を見かけた。
「ここのスタッフさんって、お若いんですか?」
恵菜が気になって聞いてみると
「そうねぇ。確かに、平均年齢は若いかもね。彼目当てで入った女の子もいるみたいだし」
「彼?」と、聞く前に廊下で車椅子を押す青年がいた。顔立ちだけでなく、見た目からしても好青年という雰囲気を醸し出していた。
「彼が上勝 佳主真君。うちの女性スタッフからも、おじいちゃん、おばあちゃんからも支持が厚くて、人気の子」
「ふーん」と、興味なさそうな章良だが、恵菜は「取材しようかな」と、仕事的な興味なのか単なる興味なのか分からないが、気になったようだ。
To be continued…
【登場キャラ】
・光規 章良。母国では、アキラ・スーリア。一条刃の捜索願をもとに、3人の情報を求めて高齢者支援施設へアポを取った。アポを取る際、状況によってはWebメディアの取材も兼ねるかもしれないと、管理運営会社への許可取りも依頼していた。
・一条 恵菜。母国では、エナ・キュメル。情報を探るために、一条という名字にしたがその効果は薄く、期待したほどの成果は得られていない。
・健。フルネームは不明。記憶移植先は、カノム・エルメ。
・一条 刃。3人のうち刃だけ、フルネームが分かっている。記憶移植先は、ジョーム・ファルト。
・鋼。フルネームは不明。記憶移植先は、ディフェン・ドラグリン。
・ディフォルミス。研究過程の偶然の産物。その姿は怪物である。強敵であり、カノムとともに姿を消した。カノムは、ディフォルミスに敗北しており、ディフォルミスが生存している可能性は非常に高い。
・山瀬 初実。祖谷剣山高齢者支援施設のスタッフ。電話や経理担当の1人。31歳の女性。
・山瀬 飛鳥。施設のスタッフ。ポニーテールの子。23歳。
・上勝 佳主真。23歳の好青年。施設内で絶大な人気を誇る。彼を目当てに、施設のスタッフとして働く女の子もいるほど。
【特記】
・研究所。母国のディブラ兵器研究所のことであり、主たる目的は危険な兵器を安全に解体する研究であった。しかし、その裏では解体によって得られたノウハウを生かし、新兵器の開発が行われていた。ディフォルミスのような怪物が生まれるのは、もはや時間の問題であった。ディフォルミス誕生時の話は、今後本編にて展開予定。
「第4章 行方不明者捜索願」に関して。
健以外の、残りの2人が名前のみですが登場し、ディフォルミスという強敵の名も明確になり、レギュラーメンバーの名前は今回で出揃ったかなと。フルネームが分からないキャラもおり、何より過去の話はこれからですね。
次回は、現代パートと異世界パートの両方が進みます。高齢者支援施設での話と、女王陛下への報告を兼ねた昼食会。