第3章 転生者と魔族
神様との会話を終え、”神託の間”に戻ってきたノーク。入ってきた扉の外へ出れば、”洗礼の儀”とやらが完了するのだろう。
蒼い絨毯を歩き、扉の方へ向かう。だが、視線を感じて途中で足を止めた。振り向いても、誰も居ない。もしやと天井を見上げると、天窓のガラスが割れる! そこから見たことも無い、翼の生えた赤いゴブリンが5体も現れた。どう考えても、お祝いしに来たわけではなさそうだ。なお、カノム(ノーク)は、ゲームや小説、漫画などとは縁がなく、”ゴブリン”という小鬼を知らない。
翼の生えた赤いゴブリンたちは、ノークの方を見て棍棒をどこからともなく取り出した。神様がノークに説明した鞘のような仕組みだろうか。ノークは戦闘になることを考え、鞘から剱を引き抜く。
黒い剱を左利きで構えるが、ノークから仕掛けることはしない。出方を窺っていると、中央の1体が棍棒を振り回しながら、急接近したかと思えば、視界から消える。
ノークは背後の物音に気づき、振り返ると同時に剱を振るう。振るった先に、ゴブリンがおりクリティカルヒット。斬られたゴブリンが壁へと飛んでいった。
ノークは一瞬、剱の威力に疑問を持ったが、再度背後からゴブリンが3体同時に襲撃。その場にしゃがんで棍棒を避け、剱を再度振るうと、ヒットして3体まとめて壁へと飛んでいく。
残った1体の所在を確認すると、最初の場所から移動せずにノークの方を見ており、目が合った。しばらく見合ったままの時間が過ぎ、入り口から
「ノーク様! 大丈夫ですか!? 失礼、開けますよ」
音で騒動に気付いたエギナが、ドア越しに声をかけ、扉を開く。すると、赤いゴブリンがエギナの方に向かって、駆け出す。標的を変更したようだ。ノークはすぐに後を追いかけ、剱をゴブリンに向けて振るう。加減を考える暇も無く、剱で斬られたゴブリンが、勢いよく扉すぐ横の壁に激突。
しまったと思ったが、もう遅い。神からの洗礼により、現状の力加減が分からず、もともと備わっていた剱の力も抑えることなく……。
「ノーク……様?」
エギナは我が目を疑いながらも、見送る際に疑問に感じたことが確信に変わったようで、すぐに切り替えて咳払いをし
「一度、自室へお戻りになりますか? 原状復帰は、こちらで行いますので。それに二三、聞きたいことがあります故……」
*
部屋へ戻って椅子に座ると、エギナはため息をつき、フィーサが心配そうにこちらを見ている。エギナは立ったまま、ノークに対して
「状況が理解できないため、ご説明いただきたく。まず、本当にあなたはノーク様でしょうか?」
なんとまぁ単刀直入に聞かれ、正直に言うしかあるまい。ノークは
「目覚めたら、このノークという少年になっていました」
「……そうですか。つまり、転生者ということでしょうか? 話には伺ったことはありますが、実際に見るのは初めてです。ということは……」
エギナは疑うことや拒絶することも無く、納得したようだ。フィーサは、エギナにハンカチで包んだ何かを渡し、
「洗礼の儀を執り行っている最中に、お部屋のお掃除をしていたところ、これが……」
「アカドクソウ……」
どうやら2人が納得している理由としては、その擂り潰した葉が残っていたことのようだ。ただ、ノークはよく分からず
「そのアカドクソウというのは……?」
「失礼しました。イチから説明いたします。アカドクソウは、その名の通り、毒をもつ植物です。ノーク様本人が、我々に隠れて、昨夜服毒自殺を図ったのだと推測されます。ノーク様がそこまで追い込まれていたとは……、我々補佐官としては、気づけなかったことが悔やまれるばかりです……。ご本人が命を絶たれた今となっては、真意は分かりませんが……、プレッシャーを感じていたのかもしれません。この世界は、現在魔族により統治されています。それに対抗すべく、一番洗礼の儀に近かったノーク様に、様々な方面から期待の声がありました。現状を知った神様が、きっと素晴らしい力を与えてくれるだろう、と。しかし、ノーク様は毎日惜しまぬ努力を続けて参りましたが……」
エギナは明確な表現を避け、首を横に振った。どうやら努力が実を結ばず、強くならなければならないという義務感に苛まれ、精神的に限界が訪れ、周囲や自分自身からの過度なストレスにより、自殺したのだろう。
「あまり言いたくはありませんが……、服毒自殺の手段を選ばれたのは、転生の可能性を託したからでしょう……。体が無傷のまま死亡した場合、異世界からの転生者が宿ると言われています。絶対的ではありませんが……。私も、実際にこうして目の当たりにするまで、御伽噺や伝説のようなものだと思っていました」
「転生の話が受け継がれているということは、過去には実際にあったってことですか?」
「文献レベルですが……。ただ確実なこととして、歴代の女王に転生者がおり、その代をキッカケに生活様式が大幅に変わりました」
異世界転生者がこの世界で、自分の前世での情報や習慣を広めたようだ。今のノークのように、カノムつまり前世での記憶も持っていた、と。
「ところで、先程の飛竜紅ゴブリンの件、ヤツは魔族の中でも決して弱くは無く、一般騎士がパーティーによる編成で討伐するレベルであり……、1対1、況してや1対5など、高等騎士でも避ける場面でした。また、元ノーク様では……」
エギナは、また明確な表現を避け、首を横に振った。ノークは、努力が実を結ばず、強くなれなかったのだろうか……。すでに他界しているノークに聞くことは叶わず、
「ノークは、どのような人柄だったんでしょうか? 聞いている限り、努力家であり真面目な人物であったことは、間違いないと思いますが……」
「ノーク様はシャルク家の四男であり、本来であれば継承の権利はありません。ただ、ご兄弟が先の大戦で騎士として出陣し、結果として敗北により帰らぬ人となりました。結果、シャルク家のトップはノーク様となりました。王族からは前例の無いことで、対処としてノーク様に継承の権利を与えたのです」
「エギナさん。継承とは、何のことですか?」
「継承とは、一言で申しますと女王陛下の王婿となることです。継承は、3つの家系が候補となり、女王陛下に選択権があります。基本的には、王婿の指名をされたあとに拒否した記録はありませんが、やむを得ない事情で辞退することも可能らしいです。ただ、女王陛下の機嫌を損ねると、一体どうなるか……」
「なる……ほど……」
ノークは困惑しながらも、今は納得するしか無い。エギナから話をもう少し聞くと、他の家系も大戦により敗北し、死者が出ているそうだ。話は、大戦のことになり、
「大戦の引き金となったのは、魔族の新しいエースが現れたことでした。それまで頡頏していた戦力が崩壊し、魔族が優勢となり、敗北は時間の問題でした。散りゆく騎士の姿を見て、当時の女王陛下が敗北を宣言なされ、現在に至ります」
「大戦をしてまで、魔族の目的は……?」
「目的などありません。魔族は勝つことのみに執着しており、勝利後も度々現れては、悪事を働いて……。それこそ、先程の飛竜紅ゴブリンの件も同じです。利害など考えず、私達の生活や平和を脅かし、自己中心的な……いえ、寧ろ何も考えていないのかもしれません……」
To be continued…
【登場キャラ】
・ノーク・シャルク。シャルク家の四男であり、継承の権利はないはずが、兄たちが大戦により死去し、繰り上がって権利を得る。また、大戦の後に洗礼の儀が一番早く訪れることもあり、各方面から過度な期待をされ、自身も努力を惜しまずに日々を過ごしてきたが、その努力が実を結ばず、ストレスにより精神が崩壊し、カノムが転生する前夜に服毒自殺をしており、逝去。
・カノム・エルメ。ノークに転生し、カノム本来の戦闘能力と、洗礼の儀で飛躍したノークの能力がかけ合わさり、現状制御できないパワーを持つこととなった。
・エギナ。転生については知っていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
・フィーサ。掃除中に擂り潰された毒草の残骸を発見し、エギナへ報告した。ノークの死去には、かなりのショックを受けている。
・飛竜紅ゴブリン。翼の生えた赤い小鬼のようなモンスター。魔族であり、洗礼の儀を終えたノークを襲撃したが、返り討ちに。
【特記】
・洗礼の儀。12歳となる日に、神様より洗礼を受ける。その結果は様々であり、戦力強化や知力向上、才能開花など。ノークの場合は、前世(つまり、カノム)からの能力引き継ぎと、ノークの能力向上であった。
・転生者。過去にあった事例としては、歴代の女王陛下のうち1名が転生者だった。その代をキッカケに、生活様式が大幅に変わったらしい。なお、転生者については、王族と継承権利のある3家系しか知らない。一般には知られていない話である。
「第3章 転生者と魔族」に関して。
前世で強敵と戦うために強くなったカノムが、転生後の能力受け取りをすれば、それ相当の戦闘力になるため、序盤から強めです。無双できるかと言われても、コントロールできないことには、諸刃の剣ですかね。チートには変わらないですが。
次回は、現代パートとなります。章良が入手した情報について、話が展開するかと。