第25章 対極
魔術剣士異世界で過ごし始めてから1年が経つ。進級時に、2回目の”宣告”があった。どうやら3年間で3回、”宣告”があるようだ。ステータスの底上げとなる。1年目ですでに、この世界で5本の指に入るステータスを持った3人。加減がコントロールできずに、数ヶ月で実力が一部バレてしまった。学校側から、レベルの高い魔法や剣術は学校内で使用を禁止され、夜な夜な遠方にテレポートして、誰もいない森の中で試す日々を過ごす。
3人は前世までのことを後悔していたが、クラスメイトたちに馴染み、いつの間にか忘れていた中学の頃を思い出しつつ、学生生活を謳歌するようになった。目的や後悔は消して忘れない。
「進級した君たちは、引き続きグカーチャが担当する」
担当教諭は引き続き、グカーチャである。噂話が好きな学生達によると、3人の規格外がいるため担当教諭が軒並み辞退して、継続となったらしい。本当かどうか分からないが。
「次は水中での剣術の授業につき、プールに集合すること」
授業が終わり、休み時間となる。年中暖かいため、四季という概念はない。別の国に行けば、雪があるらしい。
クルシャは、シュームとユージョマの席まで、水着の入った袋を持って行くと
「水中で呼吸が出来るようになるとか?」
2人は次の授業の話をしていた。
「また授業内容の予想か?」
「そんなところ」
と、シュームは話を切り上げて、水着と鞄を用意する。ゆっくりとしていると、クラスメイトの女子達が
「また3人、ゆっくりとしてる」
「早く行かないと、またギリギリになるよー」
「わかってるよ」
クルシャが返事して、「あとから行くから」と女子達を見送る。穏やかな学園生活。
「こんな風に過ごせるのって、いつ以来だろうね」
シュームは席を立ち、机に忘れ物がないか確認する。クルシャが3人のなかで一番学園生活を楽しんでいるように見えており、
「本当なら、俺たちは中学を卒業して高校に行って、大学やら就職やら……。失われた学校生活だ。目的を見失わない程度に楽しまないとな。そうしないと、やっていけないし」
失った学園生活を過ごしつつ、来る脅威に備える。
*
覚悟しないといけない時がきた。
フェリーは和歌山港にあと5分ほどで着岸する。恵菜の姿をした人物の姿はいつの間にか消えていた。別人に化けたのかもしれないが、今探しても勝てる算段がない。
章良はニュースの続報が出ないかスマホとテレビを確認していた。すると……
「引き続き、テレビ日本放送前で発生した通り魔事件についてお伝えいたします」
通り魔事件として報道されるようになった。中継はアレ以降行わず、スタジオから遠屋アナウンサーが伝えて、SNSなどの映像を繰り返し流している。
「最新の情報が入ってきました。通り魔事件の被害状況についてです。死亡者が6名。負傷者が18名となっており、被害はさらに広がっているとの情報があります。犯人は取り押さえようとした警備員や警察官を殺傷しており、大変危険です。現場付近には絶対に近づかないでください。犯人はなおも暴れているとのことです。近隣住民の方やお仕事中の方は、危険ですので外に出ないでください。外に出ている人は、速やかに建物内に避難してください。この事件に伴い、テレビ日本放送前の大通りは通行止めです。通行止めの影響で周辺は渋滞が発生しています」
死傷者の名前は出ていない。SNSではモザイクのかかっていないショッキングな映像が溢れている。襲撃に遭ったイオは無事だろうか。考えたくはないが……
テレビからニュース速報の音が鳴り響く。嫌な予感がする。そうあってほしくない。章良の願いは無情にも……
”ニュース速報。東名ジャンクション高架下で重傷を負っていた テレビ日本放送の女性アナウンサー 一条 恵菜さん 搬送先の病院で死亡を確認”
すぐにアナウンサーが速報について触れる。
「ニュースの途中ですが、速報が入りました。画面でもお伝えしておりますが、午後1時過ぎの通報により、東名ジャンクションの高架下にある倉庫で発見された、テレビ日本放送の女性アナウンサー 一条 恵菜さんですが、搬送先の病院にて、死亡を確認したとのことです。発見当時、一条アナウンサーは顔の半分を失い、意識不明でした。テレビ日本放送では、朝の情報番組を担当しており」
章良は右手を強く握りしめ、悔しさと無力な自分に苛立ち、机を勢いよく叩く。
「健たちに会う前に、なんで……」
船が大きく揺れる。接岸したようだ。しばらくして、和歌山港に到着したことを告げるアナウンスが流れる。章良はゆっくりと呼吸を整え、すぐに切り替えてスマホで東京へのルートを検索する。
「ここからバスかタクシーで最寄りのリニアの駅まで行って……」
和歌山から東京まで約1時間20分。おそらく一番早いルートだ。そうと決まったら、急いで下船する。バスの出発まで待てず、結局タクシーで最寄りの駅まで急ぐ。
その道中、タクシーの後部座席に設置された液晶でもニュースが流れていた。恵菜の死去と通り魔事件が交互に流れる。他のニュースを流すことなく、現在も進行中の通り魔事件。時間が経過するごとに死傷者の数が増えている。
専門家が、このままだと過去最悪の事件になると警鐘を鳴らす。外に出ないことや現場に近づかないことを告げるが、SNSではそれでも近づこうとする人たちの映像が流れている。相手はおそらくディフォルミスである。近づいてくる人にも容赦ない。
タクシーを降りて、リニアに乗り込む。チケットはタクシーに乗っている間、スマホで購入した。人に当たらない程度に急いでホームへ。丁度リニアが到着し、扉が開く。
新大阪や名古屋を経由して、東京の品川駅まで約1時間。リニアの到着駅を案内する液晶でも、ニュースが文字で流れていた。”通り魔事件 港区汐留周辺は厳戒態勢 立ち入り禁止区域へ”。規制線が張られて、現場近くまで行けなさそうだ。イオを助けに行けるだろうか。
黒雲の力でゲートを開くことが出来れば、すぐに東京に駆け付けられたが、今は消耗していて使えない。次に使えるのは1週間後だ。それに現物は阿波大学の研究室にある。
こんなときに使えないなんて……。そう後悔しても仕方が無い。そもそも。今日の実験で確認するまで使えなかった代物だ。
名古屋駅発車後、SNSでは死傷者の名前が流れていた。どこから出た情報かは分からないが、そんな不確かな情報でさえ、章良は求めていた。恵菜の死去は、テレビで流れている以上、事実だろう。恵菜が偽情報を流している可能性はゼロに等しい。ディフォルミスが、恵菜の姿になれた理由も説明できる。ディフォルミスは喰った人物、つまり殺した人物の姿と記憶を得ることが出来る。恵菜が意識を取り戻す可能性は、ディフォルミスが姿を得ていた時点で、ゼロだったということだろうか。
逆に、生きていれば、その姿になれないということだろう……。
To be continued…
【登場キャラ】
・クルシャ。一条 刃が転生。ジョーム・ファルトの記憶が混ざっている。
・シューム。黑柄 健が転生。ディフェン・ドラグリンの記憶が混ざっている。
・ユージョマ。鋼 修司が転生。ディフェン・ドラグリンの記憶が混ざっている。
・光規 章良。和歌山から東京へと移動中。
・一条 恵菜。意識不明だったが、搬送先の病院で死去。
・イオ。通り魔事件に巻き込まれて深手を負う。
・遠屋。テレビ日本放送の男性アナウンサー。
「第25章 対極」に関して
異世界パートは1年が経過。失われた中学校生活を思い出しつつ、学園生活を謳歌しているようです。それとは違い、現代パートは恵菜の死去が報道され、章良はイオを救出できるかどうか。




