第23章 Case2[終]:夕暮れに流れる紅血
キングは、ピューマとスナネコの獣人の少女を両手に掴んで、3人を睨んでいる。奇襲をかけたコリーだが、周囲の野次馬の目線でバレてしまい、同じ手を使うのは難しそうだ。
「無闇に動くと、奴に攻撃する前に2人が……」
リアンはどうすべきか考えるが、すぐに良い策は出てこない。
「相手が有利な立場にいる。手を拱いていても、奴が解放するとは思えないぞ」
バンザーはどういう結果になろうとも、最悪の事態も想定すべきだという考えているようだ。周囲に人がいるからこそ、動きづらくても、ここで斃さねばどうなるか……
「やめて! その子を離して」
大人の獣人、ピューマと思われる女性だろうか。おそらく掴まれている少女の母親だと思うが……
「あぁ?」
キングは聞き耳を持たない。デカい態度で、縋る女性を蹴り飛ばす!
考えていたからこそ、走り出すのが遅かった。リアンとバンザーはほぼ同じタイミングで駆け出したが、2歩目で女性が蹴られている。コリーはもう一度ミュートの能力を自身にかけて、音を消す分、2歩出遅れる。
リアンとバンザーは、黒雲の剱の柄を今まで以上に強く握りしめて、キングへ剱を振り被って声を上げながら攻撃を仕掛ける。キングは、店のショーケースに強打した女性を見ていたが、ゆっくりと迫ってくるリアンとバンザーの方を見て
「動くなって言っただろ」
キングは両手に力を込めて、骨の折れる音と悲鳴と共に周囲に血が勢いよく飛び散る。リアンは、目の前で起きたことに、感情がぐちゃぐちゃになり、表情が大きく歪む。その表情に赤い血飛沫が付き、キングを切り裂く。バンザーの振るう剱もキングに届いたが、相手はあまりにも余裕な表情だった。背後にはコリーの剱が体を貫く。両手は血塗れだが、キングの体から血は出ていない。
キングは斬られたまま、右脚を軸にして、左脚でバンザーとリアンをまとめて蹴り飛ばす。さらに、振り向いて右手で持っていた死体とともに、コリーへ投げつけつつ殴り飛ばす。
3人を追いやり、今度は左手に持っていた死体を、視界に入ったというだけの理由で、果物屋の店主の方へ投げつける。さらに、その場から逆側の散髪屋の店主と客を殴り飛ばし、周囲は悲鳴と混乱で逃げ惑う人々。
「貴様ら、動くな! 逃げるな!」
真っ赤な手で、周囲の獣人たちを指差す。
「かかってこいよ」
挑発的な態度。自信過剰だが、それ相当の力を持っている。飛ばされてばかりの3人。力の差が歴然だ。
リアンは地面に頭を強打し、流血している。
「力の差が……」
「俺たちの考えが浅はかだった」
バンザーがらしくない言葉を発した。左腕に力が入らない。左手を握ろうとしても、上手く力が入らない。
「転生を繰り返す俺らと転移を繰り返す相手。強くなるのはどっちも。当たり前だよな」
「それでも、立ち向かわないと」
喋っている間にも、すでに4人が殺されている。また関係の無い獣人がキングに殺されている。
「もう一回、コリーとタイミングを合わせて」
リアンは頭から流れてくる血を拭いて、瞼を開く。血が目に入りそうだ。
「ケン。もう一回なんてあんのか?」
「え……?」
バンザーに言われて、キングの方を見る。また誰かの血が流れている。その奥で、コリーのいた方を注視する。
「あれ……」
そこにいるはずだった。ここから見ても分かった。倒れたまま、起き上がらないし、……潰されていた。
「俺たちの……負けだ……」
隣にいたはずのバンザーがそう言って、キングに殺されていく。殺戮が続く。俺たちの考えは甘かった。今度も悪くて引き分けか、善戦できれば勝てると思っていた。負けるのは一瞬だ。あのときと同じように……
キングが視界を塞ぐように立つ。リアンはもう攻撃する意思もなく、放心状態だ。キングはリアンの頭を握って持ち上げると、同じ視線の高さに。キングは首を傾げて
「なんだ。まだ息はあるが、心ここにあらずって感じだな」
リアンの焦点はキングの顔に合っていない。視野は血で狭まっていく。
この状況……、どこかで見た覚えがある。何度も悪夢として見たカノムの記憶では無い。
「……マキさん?」
懐かしい名前を呟いた。すると、キングの口元が緩んだように見えた。
「ハズレ。サヨウナラ」
キングの声とともに、視界も意識も途絶える。獣人世界で、3人は惨敗したのだ。
キング……、いやディフォルミスは獣人の世界でその後も殺戮を繰り返し、喰って糧にした。ますます強くなるディフォルミスに、次は勝てるのか……
*
船室。医務室のベットだろうか。章良は、近くに座る恵菜が本人だとは思えなかった。静かな時間だけが過ぎていく。ふとテレビの音が僅かながら聞こえてきた。もしかすると、恵菜の事件について、ニュースで引き続き取り扱うかもしれないと思い、耳を傾けてみる。丁度交通情報を伝えているようだ。
「タンクローリーと高速バスを含む玉突き事故で16キロの渋滞が続いています。ご利用の方は、迂回をご検討ください」
女性アナウンサーが伝えているが、肝心のどこの高速道路かは聞き取れなかった。
「さて、速報を引き続きお伝えします」
恵菜のニュースだろうか。どこのテレビ局の音が聞こえているのか分からないが。今度は男性アナウンサーの声で
「テレビ日本放送の正面玄関付近で、暴動が起きているニュースを中継でお伝えします」
暴動? 恵菜のニュースではないが、章良は情報を聞き漏らさないように注意深く聞く。今度は現場の中継に切り替わったようで、騒動の雑音が多くなる。別の男性アナウンサーが
「はい。正面玄関前よりお送りします。暴動は15分ほど前から発生しており、1人の男が暴行をするほか、凶器を持って暴れており、警察が犯人を取り押さえようとしていますが」
すると、女性の悲鳴が聞こえてくる。中継していた男性アナウンサーも、驚いたのか悲鳴の後、言葉が続かずに間が空いた。
「えーっと……ですね。目撃者の証言では、男は最初、20代の青年に無言で殴りかかったあと、何度も殴り、青年は血を流しており、止めに入った40代の男性と20代の男性が刺されて、意識不明の重傷。現場周辺では、警察が抑え込むも男は力尽くで振り払って、警察官にも重傷者が出ており、周辺は一時パニックになりました。現在も」
直後に破裂するような音が聞こえ、多くの悲鳴とともに「逃げろ!」「爆発したぞ!」「人が死んでる!」と生々しい声が放送に乗る。声だけでは判断できない。ゆっくりと起き上がって、テレビが置いてあるであろう方へ。音量が小さかっただけで、テレビは医務室の一角にあった。カメラマンは、現場を映さないようにしていたが、野次馬だった人々が混乱で逃げ惑うため、カメラが大きく振れて、現場を捉える。男は無表情にカメラを見ている。すぐにカメラが大きく振れて、最初に襲われた青年が画角に収まる。すると、章良のよく知る人物だった。すぐにスタジオに切り替わったが、一瞬見えた青年は、紛れもなく
「……イオ?」
To be continued…
【登場キャラ】
・コリー。一条 刃が転生。狐の獣人。
・バンザー。鋼 修司が転生。ジャガーの獣人。
・リアン。黑柄 健が転生。犬の獣人。
・キング。その正体はディフォルミス。
・光規 章良。負傷して医務室に運ばれた。
・一条 恵菜。意識不明の重傷のはずであり、章良の近くにいる恵菜は本人では無い?
・イオ。謎の男に襲撃され深手を負っている。
「第23章」に関して
本章で第二部が終了となります。カノム達はこれまでと違い惨敗しており、引き分けにさえもならず。現代パートでも、死傷者が出ており、危機的状況が継続中。和歌山から東京にすぐに移動することは出来ないので、章良がイオを救うのは難しいと思われ……
次回より第三部突入です。まずは異世界パートからスタート予定。




