第19章 僕らが憶えていること(後編)
燃え上がる火の手。建物は炎に包まれる。ジョーム・ファルトは、燃える廊下を駆ける。壁や天井が崩れる。部屋に駆け込むと、1人の女性がいた。彼女はマーフィという名で、産まれながら聾唖であった。耳が聞こえず、言葉が喋れない。偶然会ったときから気掛かりになったが、彼女は強く逞しかった。ジョームの心配など不要であった。会話は点字用のカードを使用する。
彼女は火災に気付いているのだろうか。避難できているだろうか。心配になって、燃える建物に飛び込んだ。
「危ないから逃げよう」
聞こえないのは分かっているが、点字カードで悠長に教えている暇は無い。一刻を争う。
ジョームは彼女と過ごすことで、パートナーになることも考えていたのだろうか。
すぐに避難しようと腕を掴んで廊下へ出ようとしたが、目の前で崩れ落ちて、通れなくなる。窓も遠く煙と熱気で喉が痛い。彼女は事態を察したのか、ジョームに向かって首を横に振る。
建物の外にいた仲間がジョームの名を叫ぶが、その声は届いただろうか。外にいた仲間達は、ジョームはマーフィと共に、火災で亡くなったと思っていた。
だが、ジョームはとマーフィは病院の地下通路まで脱出をしていた。煙を吸い、マーフィは気を失っている。おんぶするように、一歩一歩前に進むジョーム。その目の前に、怪物が現れた。ジョームには戦うような体力は残っていない。
怪物の姿を視界に入ると、こちらに迫ってくる。抵抗する力なく、2人は命を落とした。
*
観覧車のゴンドラが大きく揺れる。ディフェン・ドラグリンは、ゴンドラの扉を蹴り破って、外に身体を半分出す。ゴンドラは頂点を通り過ぎてはいるが、まだまだ高い。
「何してるの!?」
一緒に乗っていたエナ・キュメルが驚いている。
「観覧車の支柱がやられた。このままだと、観覧車が倒れる」
ディフェンはどこか下りられそうな足場を探しつつ、観覧車のメンテナンス用のはしごのような足場を見つけた。
「ちょっと、まさか飛び降りようと……」
その直後に大きな音が響く。どこかのゴンドラが、地面に落ちたらしい。遊園地は悲鳴や泣き出す人で阿鼻叫喚だ。混乱の中、スタッフは腰が抜けて誘導することも逃げることも出来ない。落ちたゴンドラには人が乗っていたようだが、潰れて赤く染まっている。
楽しいはずの行楽地。怪物の出現によって、死亡者が出ている。
少女がエナにしがみ付き「怖い」と震えながら言う。エナに言われて嫌々同行したディフェンだったが、状況が変わった。遊園地に剱を持って入ることなど出来ず、武器が無い。
観覧車がまた大きく揺れる。ゴンドラがまた一つ落下し、逃げようと無謀にも外に出て、そのまま体勢を崩して地面に激突する人もいた。ディフェンが頭上を確認すると、目の前に何かが落ちてくる。素早くキャッチすると、ボルトだった。観覧車のどこかを止めていた部品だろう。
「このままだとゴンドラが落下する。下りるなら今だ」
ディフェンが手を差しのばす。エナは少女を抱え、ディフェンの方へ。
「観覧車が歪んで、ゴンドラと地面が近くなっている。支柱の梯子に飛び降りて、すぐに地面に飛び降りる」
少女の名前はリン。訳あってエナが姉のように面倒を見ている。いや、姉というよりも母親だろうか。観覧車のゴンドラから脱出後、ディフェンは怪物と対峙。怪物はディフォルミスだった。なぜ観覧車を崩そうとしたのかは分からない。ディフェンは観覧車の部品だったと思われるパイプのようなもので応戦するが、怪物は暴走を続けディフェンの身体を傷つける。それまで単独行動が多く、仲間は足手纏いだという考えをしていた。カノム達との旅を通じて、ディフェンの考えが徐々に変わっていったのかもしれない。
ディフェンは、この日ディフォルミスに切り裂かれ、死亡した。
*
暗く街灯は無い。夜空の星が煌めいて、たまに雲で隠れる。大きな橋の中央で、ディフォルミスとカノムが対峙している。次はどちらから仕掛けるか。橋の袂では、エナが負傷したアキラの治療を行っていた。
アキラ達がどんな会話をしているのか、カノムは分からない。今は目の前にいる怪物、ディフォルミスを斃すことで頭がいっぱいだ。
先に仕掛けてきたのは、ディフォルミス。視界から一瞬で消えて、カノムの背後へ。カノムが反射的に動いて剱を振るうが、鋭く尖った黒い爪のようなものが皮膚を掠める。1秒でも遅かったら、掠り傷どころでは無い。
戦闘は20分以上にも及ぶ。当人達の時間感覚はそれ以上だろう。汗だくのカノムは動けば、汗が飛ぶ。ディフォルミスに効果があるのは、同じ鉱石を含む”黒雲の剱”と呼ばれる剱のみ。”黒雲の剱”は使用者を選び、呪われた剱や伝説の剱と呼ばれていたが、本来はディフォルミスと戦うための剱だった。
雨は降っていない。でも自分の汗で転ぶかもしれない。戦うごとに位置を変える。アキラたちの方へは向かわせないようにしつつ……。
無風。相手が動いたときや自分が動いたときに、空気が動くぐらい。飛び道具ならば、風の影響は無いだろう。暗闇の中を射抜けるのであれば。前提として、そもそも”黒雲”を使用した射抜く攻撃や投擲の手段がない。
ディフォルミスに多人数で挑んだが、深手を負って戦えない人や命を落として帰らぬ人、最後に戦えるのがカノムのみとなった。
ディフォルミスに攻撃は当たっている。それでも一向に疲れを見せない。カノムは1人になってから傷を多く作る。自分の身よりも攻撃を優先する。致命傷にならなければ、多少の攻撃は受けてでもディフォルミスへ攻撃を入れる。
カノムとディフォルミスの戦いだが、2人が剱と爪を交錯すると空中にゲートが開く。異空間や異なる時間を結ぶ”時空間の狭間”である。カノムの身体をディフォルミスの攻撃が貫く。吐血するカノム。アキラが名を叫ぶが、”時空間の狭間”が急速に閉じる。カノムとディフォルミスは”時空間の狭間”と共に消えた。
カノムは敗北した。ディフォルミスはまだ斃せていない。
*
「3人ともディフォルミスに斃されたのか」
一番最初に死んだコリーは、2人の話を聞くのは初めてだ。2人は、コリーがディフォルミスと会っていたことを初めて知った。
「ディフォルミスを斃すことで、この繰り返す転生が終わるのかな?」
リアンの考えに、2人ともそんな気はすると無言で賛同し、
「転生しないとなると、本当の意味で死ぬってどういうことだろうな。無限に転生するのとどっちが……。いや、そんな話はどうでもいい。ディフォルミスによって、どれだけの人が」
バンザーは自分たちの”本当の死”について考えるのはやめ、今やるべき事を考えるようにする。リアンは
「試してみようよ」
「試すって?」
コリーが「もっと詳しく言え」と説明を促すと
「もしもの仮定が本当か確認する。ディフォルミスに勝つ」
To be continued…
あとがき
【登場キャラ】
・黑柄 健。カノム・エルメの記憶が混ざっている。”時空間の狭間”によって、ディフォルミスとともに転移しながら死亡した。現在はリアンに転生。
・一条 刃。ジョーム・ファルトの記憶が混ざっている。火事からマーフィを救出し地下へ向かったが、ディフォルミスに襲われて、死亡した。現在はバンザーに転生。
・鋼 修司。ディフェン・ドラグリンの記憶が混ざっている。遊園地でディフォルミスに挑むも死亡した。現在はコリーに転生。
・ディフォルミス。怪物。ヤイバ、ハガネ、カノムを斃すも喰っていない。
・光規 章良。カノムと共にディフォルミスに挑んだが、負傷して戦線から一時離脱。離脱中にカノムが敗北した。
・一条 恵菜。ハガネが一番結婚しなさそうと言う偏見で、勝手にハガネの名前を使って、リンを養子として迎えた。
・マーフィ。ヤイバが想う人。聾唖の女性で火災に気付かず、逃げ遅れたところをヤイバが救いに来た。しかし、地下に脱出後、気を失ったままディフォルミスに急襲された。
・リン。エナに救われ、姉のように慕う。一応、養子として手続きしているため娘。戦渦に巻き込まれ死亡した。
「第19章」に関して
3人の昔話はこれで一旦区切りがつきます。簡単に整理すると、健と刃、鋼が日本で産まれて、ディブラ兵器研究所での出来事を終点とする”第一生(健サイド)が第17章。カノムとジョーム、ディフェンが産まれて、ディブラ兵器研究所での出来事を終点とする第一生が第18章。1回目の転生(本当に転生なのかは定かでは無い)を果たし、”健とカノム”、”刃とジョーム”、”鋼とディフェン”が、アキラやエナ達と過ごし、ディフォルミスの1回目の敗北をした第二生が第19章。そこからバラバラになって、集結するまでの数多の転生を繰り返した単独転生期が第1章~第11章あたりまで。第12章以降で合流した3人は、ディフォルミス討伐を目標に動き始めました。
獣人の世界で何が起こるのか……。次回は現代パート。章良とディフォルミスが向かい合う。そして恵菜の容体は?




