第18章 僕らが憶えていること(中編)
ディブラ兵器研究所。白を基調とした研究所は、兵器の安全な解体を行う研究を表向きで行っていたが、実態は解体で得た技術を元に開発を行っており、他国へ秘密裡に売買していた。その事実が発覚するキッカケとなったのが、ディブラの悲劇と呼ばれる事件だった。
けたたましい警報音が研究所に響く。慌ただしい状況の中、女性の研究員が年老いた研究員に確認を取る。
「状況は!?」
「地下の第九研究室で怪我人が多数。現在は、第八研究室前の廊下にて銃撃戦になっていますが、歯が立ちません」
「何としてもこの研究所から外へ出すな! コレが外に出れば未来はない」
この会話を聞いて、4人の青年たちは状況を理解した。ディフェンは護身用の銃に弾が装填されていることを確認しつつ、
「マズい状況じゃないか?」
ジョームは少し考える素振りをして
「俺らも手助けに行くか」
「人数が足りていないし、行くべきだろ」
ヴァルグも同意見で、カノムに指示を仰ぐ。リーダーのポジションとなったカノムは
「行こう」
即決して、研究員に第八研究室の場所を聞く。
「第八研究室というのはどこですか?」
「君たちは、確か……」
年老いた研究員は部外者に話すことを拒むようだったが、女性の研究員はすぐに
「地下6階よ。奥の階段を使えば降りられるはずよ」
「ありがとうございます」
カノム達は教えてもらった階段の方へ走る。部分的に停電が発生し、階段はやや薄暗かった。
地下6階。恐ろしいぐらいに静かで蛍光灯が点いておらず、廊下は全体的に暗い。ディフェンが最初に
「本当にここか……?」
そう思うのも無理はない。銃撃戦ならば、こんなに静かなはずがない。4人が周りを見渡すが
「明かりが欲しいな……」
暗くてはっきりとは分からない。すると、奥の方で銃声が聞こえた。4人は発砲がした方へ走っていくと
「これは……」
血の臭いがする。暗闇で分かりにくいが、廊下に何十人という人が倒れている。まるで切り裂かれたようで、バラバラな遺体が転がっており、内臓や首なども。目を背けるわけにもいかず、戸惑っていると
「下がれ!」
前方から声がしたが、悲鳴とともにすぐに消えた。
「何かいる……」
カノムは目を凝らす。息遣いが聴こえ、気配を感じる。ジョームは自分のポケットに入っていた小型の懐中電灯のことを思い出し、取り出して正面を照らすと、目の前には見たこともない”モンスター”がいる。全体が黒くて手足があるようには見えない。目はあるのか? 口は?
「こいつか」
カノムは銃を構えて、発砲。ディフェンも撃つが、モンスターは動じない。銃は効かないようだ。モンスターがこちらを向いて、ゆっくりと迫ってくる。勝てるはずがない。そう直感した。
結果、敗北した。研究員50人以上が犠牲となり、モンスターの名前はディフォルミスという。
*
「研究所でいた”僕たち”と、日本人の”僕たち”って一緒?」
リアンが疑問に抱えていたことを、2人はそれほど意識していなかったようで、コリーは首を傾げてバンザーは考えはじめた。
「言われて気付かされたな。確かに中学生のときの俺たちと、研究所にいた俺たちは、まだ別々だったな……」
研究所にいたカノム達とは別に黑柄 健達も生きており、記憶が混在する前の話だった。
「説明できないこととして、中学生の僕らがあの研究所にいたという記憶が無いのが……、どうしてだと思う?」
「ディフォルミスが暴れたあの日、カノム、ジョーム、ディフェンとしての記憶はある。同じ日に研究所にいたと思われる黑柄 健、一条 刃、鋼 修司としての記憶は無い。というか、その場にいたのか?」
コリーは、分かりやすいように自分も含めて名前で整理を進める。
「僕の考えなんだけど……」と前置きをしつつ、リアンが主観で話を進める。
「主人格は黑柄 健で、身体も黑柄 健だけど、そこに死亡したカノムの記憶を移植された。混在してた期間、アキラ達と旅をして、次第にカノムと黑柄 健の記憶が区別できるようになって、ディブラ研究所での出来事を思い出した」
「なるほどな。俺の考えは」と今度はコリーが考えを話す。
「俺たちは、ケンとヤイバ、ハガネで自分たちのことを呼んでいた。カノム、ジョーム、ディフェンは、かなり時間が経ってから思い出したかのようだった。身体的には、中学生のときの俺らの姿じゃないと辻褄が合わないけど……違和感がある。とはいえ、青年だったときの俺たちだと、年齢的にあり得ない。それでも、俺はカノム、ジョーム、ディフェンの方に黑柄 健、一条 刃、鋼 修司の記憶が移植されたと考えるよ」
リアンは、日本人中学生の黑柄 健たちに対して、カノムたちの記憶がそれぞれ移植されたと考えている。しかし、コリーは、カノムたちに対して、日本人中学生の黑柄 健たちの記憶がそれぞれ移植された、と考えている。身体がどちらかという点で、2人は真逆の考えだ。そうなると、気になるのはバンザーの考えだ。
「俺はどちらかと言えば健の考えに近いときがあったな。カノムたちに、どこにでもいるような中学生の記憶を移植して利点はあるのか。それよりも、もっとヤバいことが行われていたんじゃないかって……」
「ヤバいこと?」
「カノムたちは、大事な人物だった。ところが、カノムたちはディフォルミスに敗北して死んでいる。死んだ人間を生かしてまでも、何かをする必要があった。俺は仮説として、あの日ディブラの研究所で、もうひとつ事件があったと考えてる。絶望的な状況下で、どうしても生かしたいと考えた人物がいた。研究所の人員は壊滅。そこへ日本にいた俺たちが異国に急に現れたら、どう考えるだろうな。倫理観なんてない。中学生だろうと、実験台にしてカノムたちと……、そうだな言うならば”融合”させた」
「これまた別次元から……」
コリーは、バンザーのような考え方はしていなかった。新しい切り口から考えているなと思いつつ、否定はしない。
「”時空間の狭間”が関係してるってことか?」
「研究所で”時空間の狭間”を開いた。そこに巻き込まれ、日本から遠く離れた地に飛ばされたと考えれば、説明できるだろ?」
コリーは、バンザーの考えについて聞いていたが、リアンは
「……3人とも考えが合わないってことは、さ」
「ん?」
「どれでも無いかもしれないってことだよね……?」
「正解が分からないから、否定も肯定も出来ないな」
「もしかしたら、僕らが考えられないようなことがあの場で起きてたんじゃないかな」
「健にしては、漠然とした話だな」
「それと、僕らは大切な何かを忘れてる気がする……。研究室には4人目の仲間、ヴァルグがいた。塾の教室には、僕ら以外にも多くの生徒がいた」
忘れている何かとは、ほかの人だろうか。考えれば考えるほど、分からなくなりそうだ。
「2人は塾に通ってた?」
「……いや、覚えてない。通ってたかもしれないし、そうじゃないかもしれないし……」
バンザーは、曖昧な記憶で思い出せない。コリーに関しては、リアンから
「たぶん、刃は通ってない。ならば、どうしてあの日……、あの場所に集まったんだろう?」
ここから先話し合っても答えは出ず、疑問の提示だけで終わった。自分たちは、覚えているようで覚えていない、忘れた部分がある。3人とも思え出せないのは何故だろうか。
ディブラ兵器研究所で何があったのか。塾の先生である槙 久二代の家に集まって何があったのか。そして、どちらもなぜ皆が集まったのか。どうしてそこにいたのか。
To be continued…
【登場キャラ】
・黑柄 健。リアンに転生。カノム・エルメの記憶が混ざっている。
・一条 刃。バンザーに転生。ジョーム・ファルトの記憶が混ざっている。
・鋼 修司。コリーに転生。ディフェン・ドラグリンの記憶が混ざっている。
・ヴァルグ。カノム達と一緒に、ディブラの研究所を訪れていた。
・ディフォルミス。ディブラの研究所にて、研究過程における”偶然の産物”として生まれたとされる怪物。異世界と現代で会ったディフォルミスは同一人物と考えられている。喰うことで、その人の容姿や声、記憶を持ち、自由自在に操る。研究所での暴走時は、まだ喰っていないため、黒いモンスターだった。
【特記】
・ディブラ兵器研究所。その昔、”ディブラ科学研究開発所”である”惨劇”があり、一度閉鎖された過去がある。その後再建された際に名称が”ディブラ兵器研究所”となった。兵器の安全な解体を行う研究を表向きで行っていたが、実態は解体で得た技術を元に開発を行っており、他国へ秘密裡に売買していた。その事実が発覚するキッカケとなったのが、ディブラの悲劇と呼ばれる事件だった。ディブラはトップの名前であり、現在は他界している。
「第18章」に関して
回想シーンは、実際に起こっていたこと。その後の3人の会話は推測になります。3人とも考え方が違うため、事実との乖離が大きくなっているのかもしれないし、誰か1人は事実と合っているのかもしれないし、その辺りはまだ分からず。回想以外は曖昧な記憶で語っていますので、この後、真相が分かってくるかどうか……




