第16章 假面の龜裂 ~カメンのキレツ~
8月11日。徳島県海影町にある阿波大学。カフェスペースで、章良と恵菜が珈琲を飲んでいた。祝日だが、講演会があるため臨時営業していた。利用客のほとんどは講演会に参加しており、今の時間は貸し切りに近い状態だった。
「章良はそれを使って出かけるつもり?」
恵菜は章良が”黒雲”を使い異世界へと向かうことに関して、再確認するように聞いた。章良の決意は変わらない。
「もう決めたことだ。今回、鼠を転移させることに成功した。これ以上実験を待っていられない。充電ができる来週にも、健たちを探しに向かう」
「そう……帰って来られないかも……とかは考えた?」
「必ず帰ってくるよ。ここに」
章良は健たちを連れて帰ってくると考えているのだろう。健たちが自分達の知っているままである保証は何処にも無い。
何も言えずにいると、テレビの何気ない会話だけが聞こえてくる。恵菜が所属する”テレニチ”のワイドショーだ。時刻は15時過ぎ。ワイドショーでは、東京の駅で売られている焼きたてパン特集をしており、美味しそうに出演者が食べている。
「私はこっちのパンが好きかな」
「本当にどのパンも美味しい。今度見かけたら是非買いたい」
「以上、ブーム先取りのコーナーでした」
と、女性アナウンサーの内文美がコーナーを閉めると、カメラが急いで切り替わり、暗い顔をした男性アナウンサーの遠屋が一人だけ映る。原稿を一枚だけ持ち、唾を飲み込んで読み上げる。
「ここで速報が入りました。警視庁によりますと、本日午後1時過ぎに匿名通報ダイヤルで”東名高速道路の高架下に負傷者がいる”との通報がありました」
中継映像はなく、現場の地図が表示される。
「負傷者は顔に大けがを負っており、意識不明とのことです。警視庁では事件の可能性が考えられ、現場付近の捜査を行っています。繰り返します。本日午後1時過ぎに警察庁の匿名通報ダイヤルで”東名高速の高架下に負傷者がいる”との通報があり、警察が駆けつけたところ、顔に大けがを負った女性がおり、意識不明で病院へ搬送されたとのことです」
倉庫の中で見つかったとは報道されていない。どうやら、倉庫の中にいたという事実は、捜査の機密事項になっているようだ。つまり、犯人や通報者しか知らない。
地図から画面が切り替わると、スタジオのスタッフや出演者と思われる驚きの声がテレビの音声に乗った。テレビをなんとなく見ていた章良も驚いて、声が出なかった。画面上部に速報のテロップも入る。
「ただいま続報が入りました。全身にケガを負い、意識不明の人物は……当社、テレビ日本放送の女性アナウンサー、一条 恵菜さんであることが判明しました」
一条 恵菜が大怪我を負い、病院へ搬送された。一体誰がそんなことをしたのだろう。そして、章良の隣にいる一条 恵菜の姿をした人物は……?
章良が恵菜の座っていた方を見ると、すでに姿は無い。幻想だったのだろうか。扉がカランコロンを大きな音を立てて閉じる。
幻想では無い。どうやら恵菜が飛び出したようだ。章良はテーブルの上の物をすべてトレーに乗せて、返却口へ。急いで恵菜を追いかける。
構内を走ると、恵菜がタクシーに乗っている。もともと講演会終わりの客を狙っていたタクシーだ。タクシーは空車がもう一台止まっている。章良は空車のタクシーに飛び乗り、
「前のタクシーを追って!」
すると、タクシーの運転手は目つきが変わり
「そんなことを言われるのは何十年ぶりだろうね。腕が鳴る」
「早く!」
アクセルを踏み込み、エンジンを吹かし、急加速して前のタクシーを追いかける。ただし、法定速度は遵守で。
タクシーの後部座席で、章良は冷静になろうとするが、まだ受け入れられない。恵菜が大怪我を負っていた。一緒にいた恵菜は偽物だ。他人に成り済ますことが出来る怪物に心当たりがある。断言してもいい。ヤツはディフォルミスだ。しかし、ディフォルミスは成り済ますことができる人物は、喰った相手でないといけないはずだ。どうして恵菜は生きているのに、ディフォルミスは恵菜の姿になれるのだろうか。自分達が考えていたディフォルミスの条件が間違えていたのだろうか。それならば、章良や健たちの姿にもなれるのではないか? 考えてもディフォルミスを捕まえる以外に、確かめる術が無い。
海影町から阿南市方面へと高速道路を使って北上する。対面通行の高速道路のため、余程で無い限り見失うことは無いだろう。ラジオでは、恵菜の事件ついて、些細なことでも続報があればニュース速報として喋っている。朝の番組の顔だ。そんな彼女が意識不明に陥る事件がトップニュースにならないはずがない。仕事用のスマホでニュースを調べても、アクセス数がトップであり、様々な記事が出ている。もし犯人がディフォルミスならば、警察は犯人を捕まえることなど出来ないだろう。ヤツは、いくつもの顔を持つ。
章良はニュースの記事で毎回書かれている一文が気になった。警察庁の匿名通報ダイヤルで通報したのは誰だろう。ディフォルミス本人が? 恵菜なら直接警察に通報するだろうし、誰が連絡したのだろうか。警察庁の匿名通報ダイヤルは、通報者の身元を知られずに警察へ通報できるシステムだ。刑事事件も取材したことがあり、章良はそのシステムを知っていた。
ディフォルミスが恵菜に成り代わったのはいつからだろう。恵菜が重傷を負っているから、そんなに前ではないだろう。ニュースの記事を読むと、恵菜は朝の生放送に出演していた。だから警察は生放送終了後に事件に巻き込まれたと考えているだろう。しかし、生放送をディフォルミスが出ていた場合、恵菜は生放送よりも前にディフォルミスと対峙したと考えられる。
タクシーで長時間移動する。前のタクシーが暴走するような気配は無く、赤信号で止まったときに乗り込もうかと考えたが、まるでどこかへ案内するように感じた。
タクシーは徳島港へと向かう。港に近づき、タクシーが止まる。支払いをしているかは分からないが、恵菜がタクシーから急いで降りる。そのまま出港間際のフェリーへと駆ける。章良は運転手に名刺を渡して、タクシーの支払いを会社請求にお願いし、追いかけるように駆け出す。
「逃がすかよ! 待て!」
叫ぶもフェリーへ一直線だ。警備員の抑止を振り切り、改札を抜けて離岸するフェリーに飛び乗る。フェリーの汽笛が鳴り、このままでは逃がしてしまう。
「無茶しやがって……」
警備員は押し倒されたまま。起き上がる前に章良は走り抜けて、改札を通り抜けて、乗船通路からすでに離岸したフェリーへ大きくジャンプ。足は届きそうに無い。
手を伸ばしてなんとか欄干に捕まる。懸垂のように体を欄干の上へ。足で蹴って、鉄棒の前回りのようにして乗り込み、甲板で背中を強打。
「背中撲った……。あのまま海に落ちて死んだと思った……」
無茶をして一歩間違えば、海に落ちていた。
船は徳島と和歌山を結ぶ紀伊興産オーシャンフェリー。紀伊興産という会社が定期運航する大型フェリーである。騒動を知った船員が駆け寄って
「お客さん、大丈夫ですか!?」
「すみません。チケットを買う時間が無くて……、いくらですか?」
章良は背中を摩りながら財布を出した。
To be continued…
【登場キャラ】
・光規 章良。異世界へと健たちを探すことを考えていたが、恵菜の姿をしたディフォルミスと分かり追いかける。
・一条 恵菜。高架下の倉庫で意識不明の重傷。
・内文美。テレビ日本放送の女性アナウンサー。
・遠屋。テレビ日本放送の男性アナウンサー。
・ディフォルミス。黒雲の剱でしか攻撃できない怪物。
「第16章」に関して。
タイトルには異字体を用いました。現代に現れたディフォルミス。武器も無い状態で章良はどうするのか……。そして、意識不明で重傷の恵菜。現代パートがいきなり絶体絶命の危機に直面しています。現代パートの続きが気になりますが、次回は異世界パートです。




