第14章 もしかして
少し遡り、8月10日午後10時半。イオは息を切らして走る。雨合羽を着て雨の中を走る。東京都渋谷区の渋谷駅前にあるスクランブル交差点の人混みを掻き分け、山手線のガード下へ。
「探すならどこが……」
ブツブツと呟き、ガード下で呼吸を整えると宮益坂を駆け上がる。表参道を抜けて、国道246号線を青山一丁目駅方面へ。丁度、イオが走る道路の下には地下鉄の半蔵門線と銀座線が走っている。左手に明治神宮外苑のイチョウ並木が有名な通りが見える。今は夏。イチョウは緑色だろうが、暗くて雨が降っているため、その緑を見るにしても明かりが照らす一部分ぐらい。
イオは警視庁のある桜田門まで走っていた。恵菜から受けとった携帯電話を開き、ある人に電話をかける。しかし、いつまで経っても繋がらない。”電源が入っていないか、電波の届かないところにいる可能性があります”というアナウンスだけが流れる。
(約束の時間に代々木公園にはいなかったし……電話は繋がらない。たまに行くって行ってた青山一丁目駅や赤坂にもいないし……。赤坂って言ってたのはどこかの店なら、探しても無駄だったかもしれないけど……。あとは日比谷公園か? 今晩、汐留には近づかない方がいいのか……?)
イオはある人物を探すため、雨の中東京都内を走る。もうすぐ終電の時間を過ぎる。
*
獣人の異世界で、刃はコリーという狐の獣人に転生した。前世までに所有していた黒雲の剱が手元にある。獣人の異世界を観察して分かったことがある。どうやら獣人たちは、火と水、エネルギーなどを魔法のように操っている。そのため、ガスや水道、電気といった概念はないみたいだ。そして、昼夜が存在しない。いつも夕暮れ時だ。空を見上げても太陽のような光源は見当たらない。不思議な世界だ。
コリーとして、水が出せないか試してみる。路地裏に転がっていたバケツのような容器を見つけ、そこに水を出してみる。どのようにイメージすれば水が出てくるのだろうか。そもそも、水なのか……? 異世界を自分達の元いた世界を基準にして考えると、水や食べ物といった基本的な衣食住を知るべきだろう。コリーは、寝ていない。睡眠は必要ないのだろうか。時間の概念はあるのだろうか。
暦や時間は元いた世界だと当たり前だったが、この異世界では時計やカレンダーのような類いを見かけない。そもそも日が傾かない。
転生するなら、この世界の取扱説明書も同封して欲しい。そんな風に考えていると、表通りが騒がしくなる。もめ事だろうか。コリーは野次馬のように、騒ぎの中心を見に行く。
「何があったんですか?」
コリーは先に集まっていた野次馬の方々へ聞くと、
「喧嘩だってよ。あっちの犬に一方的にやられてるみたいだけど。武器なんか持って」
すると、野次馬は平然と自分の店や飲んでいた居酒屋へと戻っていく。最後まで見ないようだ。
コリーは喧嘩しているという犬の獣人の方を見ると、黒い剱を持っていた。花壇に突っ込んだジャガーの獣人は、起き上がって犬の獣人へ目がけて剱を振るう。こちらも黒い。コリーはまさかと思いつつ、静観する。
「いつまで俺たちは、こんなことを強いられるんだ?」
「この楔をどこかで断ち切らないと。……喧嘩してる場合じゃ無いよ」
「元々言えば、お前が」
ジャガーの獣人が何度も剱を振り、犬の獣人が体勢を崩す。
犬の獣人は防御せず、ジャガーの獣人が剱を勢いよく振り下ろす。それを見たコリーは、自分の持っていた剱で弾く。
「なんだ?」
ジャガーの獣人がコリーの方を見た。コリーは
「久しぶり、ふたりとも」
コリーはジャガーの獣人を指差して「ハガネ」、さらに犬の獣人を指差して「ケン」と別の世界での名前を呼び、さらに自分を指差して
「俺はヤイバ。憶えてる?」
すると、犬の獣人は起き上がって
「本当にヤイバなの?」
「本人確認を含めて、ここだと目立つ。場所を変えよう。それと、花壇の修理代」
修理代について触れると、ジャガーの獣人と犬の獣人が目を合わせる。そして、黙ってコリーの方を見た。なんとなく察して
「ふたりとも……もしかして一文無し?」
どうやらお金は持っていないようだ。仕方なくコリーが代わりに支払うことにした。コリーは支払う際、2人を睨んだ。地道に貯めた硬貨がまとめて消えていく。借金せずにすんだのは良かったが……
*
8月11日金曜日、朝の情報番組。レギュラーを務める恵菜は、この日、淡々と進めていた。暗いニュースが多く、速報で大物の芸能人が数日前に亡くなったことが判明したことを伝えるなど、速報がいくつかあり、予定していたコーナーが一部休止になるなど放送内容が変更された。番組の最後で
「それでは次は各地の天気予報をお伝えします」
恵菜がそう言うと、地方のテレビ局は地元の天気を伝えるローカル放送に切り替わる。テレビ日本放送では、関東の天気予報を伝える。天気予報士の木野村 淳は、今日の天気予報と週末の天気予報について、解説を行う。
「今日は関東全域で青空が広がりますが、ところによってはゲリラ豪雨が発生する可能性があり、注意が必要です。今週末は天気が崩れ、関東では激しい雨が降るでしょう」
*
新橋の高層ビルにある大きなモニターには、テレビ日本放送の映像が流れている。イオはその映像を見ながら、暗い表情をしていた。天気予報のコーナーが終わり、番組はエンディングへ。イオは汐留方面へ歩き出し、次第に駆け足になる。
ガラス越しにエントランスが見え、いつもの場所でイオは立ち止まった。建物の看板には、テレビ日本放送とあり、ロゴマークの”テレニチ”とイメージキャラクターみたいなものが書かれていた。恵菜を待つときは、いつもこのくらいの時間から待っていた。打ち合わせ終わりの恵菜が出てくると、「暑いんだからエントランスで待ってれば良いのに」と言うが、今日は違った。
「あれ? どうしたの?」
「恵菜さん、今日はどこかへ行く予定がありますか?」
「大学の教授に調査結果を聞きに行く予定だけど、イオも一緒に行く? 章良は現地で落ち合うから」
「そうだったんですね。昨日、約束していた時間になっても来なかったので心配して……」
「そう……。章良に会ったら伝えておくね。厳しく言わないと」
「……。いいんです。章良さんは忙しいみたいですし……。また今度で」
イオはそこで切り上げ、恵菜を見送った。恵菜はイオに対して特に気にしていないようだったが、イオは恵菜の姿が見えなくなったのを確認して、テレビ日本放送のエントランスへ入る。受付に行くと、イオが何度も恵菜のことを尋ねるため、顔と名前を覚えている斉城という女性がおり、斉城はイオを見て
「イオ君。一条さんなら、さっき出たところだけど。いつもは声をかけてくれるのに、今日は呼びかけてもそのまま外に出ちゃったよ」
「もしかしてすれ違ったかな?」
とイオは惚けるように言い、話を切り上げ
「ちょっと確認したいことがあって……、昨日恵菜さんがどこに向かったかって分かりますか?」
「昨日なら、二子玉川に行くって言ってたかな」
恵菜は毎日、受付の斉城に声をかけて行く場所を伝えていた。イオや章良が来たときに伝えるため。イオと章良以外の人には伝えない。とは言っても、章良が受付まで来たことは無いから、活用しているのはイオだけ。もともとイオは携帯電話を持っていなかった。そのため、居場所を伝えるのに受付で聞けば分かるようにしていた。
To be continued…
【登場キャラ】
・イオ。連絡手段が無かったが、恵菜から携帯電話を受けとって、最近は番号を知っている相手へ電話連絡ができるようになった。ある人物と音信不通になり、8月10日の夜は思い当たる場所を手当たり次第に探していた。
・コリー。一条 刃が転生した狐の獣人。
・木野村 淳。テレビ日本放送の男性天気予報士。
・斉城。テレビ日本放送の受付を担当する女性。恵菜とイオとの伝言担当。恵菜からケーキを奢って貰ったらしい。
「第14章 もしかして」に関して。
出会った相手は本当に健と鋼なのだろうか。本人確認は次回にて。前半でイオが東京を雨の中駆けていますが、代々木公園から桜田門までだと8キロぐらいかな。一度、渋谷駅の広場を寄っているみたいなので。後半で翌朝新橋にいるので、終電の時間を迎えた後も探したのかもしれないし、こんな時間に外を出ているはずがないと割り切って、どこかで朝まで過ごしたかもしれないですね。野宿はせずとも、お金はあるはずだからビジネスホテルや24時間営業のカフェとかで過ごしたのでしょう。
斉城という受付の女性は平日出勤で、恵菜はレギュラーの情報番組で平日は必ずテレビ局にいるから、イオが日本にいる間はアナログな方法だけど確実に情報交換ができるようにしていたみたいですね。
次回は、異世界パートからスタート。現代パートでは……




