第13章 鉱石の正体
8月11日(金・祝)。徳島県海影町にある阿波大学。構内のロータリーを見ると、祝日なのにタクシーが2台止まっていた。迎車ではなく空車と書かれていたため、待機しているようだ。構内に入る際、守衛さんに講演会の参加ですかと聞かれたので、今日は何かの講演があるのだろう。
理工学部棟へ向かう前に、章良は寄り道をしてみることに。講演会が開かれる”阿波皆水晶ホール”は、その昔本物の水晶石で造られた野外ホールだったらしい。しかし、天候に左右される点と、台風の影響で耐久性の問題が出て、屋内のホールに建て替えられた。水晶はほんの一部に装飾として残されているだけとなったそうだ。
公演内容は、垂れ幕に書かれていた。2つあり、”海洋生物とAIシステム”という題目と”物的転送の可能性”という題目。それを見ただけではよく分からない。章良は記事のネタにならないかと思い、パンフレットだけ入手できないか受付で確認する。しかし、飛び込みの取材だとすぐには回答できないと言われ、切り上げた。
理工学部棟へ向かい、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが到着するまで、1階の様子を見ると、機械機器工学科と書かれたドアの向こう、ガラス越しにロボットが見えた。廊下にロボット競技大会全国出場決定の張り紙があり、全国大会に向けての調整を行っているのだろう。こっちを取材するのもいいなと考えていると、エレベーターの扉が開いた。理工学部の学生と思われる男女がエレベーターから降りるのを待ち、章良はエレベーターの中へ。3階のボタンを押して扉を閉めようとすると、小走りの足音が聞こえた。もしやエレベーターに乗ろうと走っているのではと思い、開くボタンを押した。理工学部棟は、7階建てでエレベーターは2台ある。次のエレベーターを待ってもすぐに来そうだし、走る必要はなさそうだが……。
走ってきたのは、恵菜だった。
「ありがとうございます」
と、顔を見ずにお礼を言って、エレベーターに乗る。章良はエレベーターの扉を閉めて、
「別に急ぐ必要は無かったと思うが」
「なんだ……。章良か。お礼言って損した」
「は?」
「忘れて」
恵菜とのやり取りはエレベーターが到着して、すぐに終わった。エレベーターから降りて、廊下を進み、一番遠い研究室の扉へ。恵菜がノックして
「すみません。江島教授はいらっしゃいますか?」
すると40歳ぐらいの男性教授が現れた。研究者のイメージが強い白衣では無く、紺のスーツ姿だった。
「待っていたよ。どうぞ中へ」
研究室の中に入ると、コンピュータや電子顕微鏡、フラスコなどが目に入る。
「好きなところに座って」
江島教授はそう言って、研究室の奥から筺を持ってくる。机の上に置くと、筺の蓋は開いており、中には黒い鉱石がある。この鉱石は、”黒雲の剱”に含まれている隕石の欠片である。
「君たちの言う”黒雲”の鉱石。言葉の似た黒雲母とは違い、確かに地球の鉱物ではないことが分かりました。鉄隕石の可能性をお二人から聞きましたが、90%は鉄とニッケルで構成されており、鉄隕石の条件を満たしていました。しかし、残りの10%は……」
「10%は?」
「結論から先に申します。まだ仮定の話ですが……、この鉱石は生きています」
「生きて……? どういう意味ですか」
章良が聞くと、教授は「言葉の通りです」と答え
「この鉱石は、生命活動している可能性が考えられます。言い方を変えれば、地球外生命体。宇宙人とでも言いましょうか」
「分かるのはそこまでです」
大学の研究設備で調べるには限界がある。かと言って、黒雲の鉱石を国の研究機関に持って行くと、詳細を開示する必要がある。どこでいつ誰が入手し、現地にどのくらい残っているか。詳細を調べたいが、公的機関には提出したくない。章良たちは、この鉱石が独占や他の目的で利用されるのを危惧した。母国はディフォルミスによって戦火に見舞われ、復興を行っている。鉱石のことが公になり、他国から侵略されれば、あっという間に占領されるだろう。日本だろうがどこだろうと、鉱石の価値を知る者は少人数で秘密裡に調べたい。
「それで、本題のアレは?」
章良は、連絡を受けた結果に関して急かすように言うと
「鉱石の力を使って、空間を移動する。はじめに聞いたときは半信半疑だったが、原子単位で転移させることに成功した。今では1リットルの水を別の空間に移動させることが出来る。これも天埜教授の研究成果や君たちの母国の研究成果もあってこそ」
天埜教授とは、章良と恵菜が取材し、江島教授を紹介してくれた女性教授のことである。時間や空間に関する研究を行っており、若き天才教授と言われているとか。
「ある条件が揃うと、この鉱石は2点間のゲートを開く。使用した後は充電が必要で、今だと1週間はかかる。今回、初めて動物実験を行う。水で成功してはいるが……」
黒雲の鉱石には、ある力があった。現代科学ではまだ解明できないような、時間と空間を移動する力。母国には、その力に気づき鉱石の多くが眠る周囲を囲うように神殿が建立された。黒雲の鉱石について原理は分からず、神殿内には無数の狭間が現れては消えるを繰り返した。当時、狭間のことは”時空間の狭間”と表現していた。希望した世界や時間に繋がることはなく、”時空間の狭間”が消滅すると、帰れる可能性は皆無。
章良はその昔、この”時空間の狭間”を通って過去の出来事を改竄したことがあった。
あの日は雨が降っていた。ケンとハガネが向かい合って、剱を構え、俺たちはどちらに加勢するか判断がつかず、ただ呆然と見ていることしかできなかった。全てが終わった後、止めればよかったと後悔した。章良は雨の中その場から立ち去るように走り、気付けば時空間の狭間の前に立っていた。まるで呼ばれたかのように。
時空間の狭間は希望した世界や時間に繋がることはない。しかし、狭間を通ると少し過去の世界だった。章良が1回でその世界に辿り着いたのかは分からないが……。
いずれにせよ、章良はケンとハガネが死ぬ少し前へとタイムスリップした。そこから自分でできる限りのことをした。起きる出来事を可能な限り変えずに、対峙したのはケンとハガネの代役を務めた影武者で歴史を置き換えた。
章良は過去の出来事を改竄したことを、結果良かったのだと自分に言い聞かせていた。もし罪に問われるのであれば、自分が代償を負う覚悟だった。
*
獣人の異世界。刃が転生した狐の獣人は、名前を”コリー”というそうだ。持ち物の中に、身分証明書のようなカードが入っていた。家族はいるのだろうか。転生すると文字が読めるのかどうか気になるが、不思議と読めるのはコリーの勉学の結果だろうか。書かれている文字は日本語ではない。英語でもないし、象形文字のようで、書くのは難しそうだ。試しに文字を書こうとしたら、日本語のままになった。これでは他の獣人に見られると、転生者だと容易に判断されてしまう。しかし、日本語や英語は獣人から読める文字なのだろうか。もし読めずに、模様だと思うのであれば、暗号として使えるかもしれない。相手がいればの話だが……
To be continued…
【登場キャラ】
・光規 章良。Webメディア”トティック”で働いている。
・一条 恵菜。テレビ日本放送の女性アナウンサー。朝の生放送番組にレギュラー出演している。
・江島。恵菜と章良からの依頼で、”黒雲”を調査していた。
・天埜。女性教授。時間や空間に関する研究を行っており、若き天才教授と言われているらしい。章良と恵菜に江島教授を紹介していた。
・一条 刃。獣人の異世界で、コリーという狐の獣人に転生した。
【特記】
・黒雲。隕石の欠片で黒い鉱石。鉄とニッケルで構成された鉄隕石と思われたが、それだけではなく江島教授によると”生きている”らしい。地球外生命体の可能性がある。黒雲の剱は、黒雲から造られており、ディフォルミスも黒雲と関係があるらしいが……
・時空間の狭間。黒雲によって発生する異世界や過去、未来といった空間及び時間を往来できるゲートのことを指す。ゲートは発生したあと、徐々に小さくなって消滅する。消滅すると全く同じゲートが発生することは、確率としてゼロに近い。過去を改竄した場合、その結果がどのように影響するのかは分からない。起こることが前提で未来は変わらないかもしれないし、別の世界が生まれるかもしれない。そこについては言及無し。(おそらく解明できない……)
「第13章 鉱石の正体」に関して。
ほぼ現代パートで構成され、異世界パートは全然進んでないですね。鉱石の正体が地球外生命体の可能性があるとのことですが、喋ったり動いたりする動物ではなく植物に近いのかな。
命名に関して。刃が転生した名前をコリーにしたのは、”狐狸”から。イメージで刃は嘘とかを平気でつくだろうし、化ける狐だろうなと思って。
次回は現代パートでイオが久しぶりに登場かな。そして、異世界パートを進めようか。




