第10章 転生の楔
ノーク(カノム)は、黒い剱を振るい迫ってくる敵を一撃で仕留める。自分が仕留め損ねると、どうなるか。転生しても、誰1人と失いたくはないという気持ちに変わりはない。
転生前は、強敵に為す術無く、多くの仲間を失った。自分ができることなど知れている。自分が大勢を助けることができたかどうかは分からないし分かりたくもない。もし、助けることが出来たならば、即ちそれは自分の失態だと自分自身を責めただろう。
この場に避難した人々は、恐怖と心配で心が押しつぶされそうな表情だった。
リフィナ女王も立場上、民を安心させるために毅然として振る舞っているように装っているが、内心は恐怖で一杯だろう。ノークが敵に集中できるようにと、リフィナ女王については隣にいるエギナが支えている。数少ない兵士も震えを抑えて、カノムの攻撃を免れて迫ってくる敵がいれば、足止めするために神経を尖らせている。
どのくらい倒し、どのくらいの時間が過ぎただろうか。先の見えぬ戦いが続く。傍から見れば、ノークが圧倒的な力を持って、所謂”無双する”ように見えているかも知れないが、徐々に体力は奪われている。一体でも逃せないという緊迫感。精神的にも削られている。
民達の声援はない。声援があれば士気が上がり、民達の不安に思う気持ちを和らげることができるかもしれない。しかし、声援により魔族達の狙いがノークに集中せず、分散する危険がある。声援のない静かな戦闘が続く。
正確には数えていないが、倒した数が3桁になり、敵が可能な限り集団で攻めてくるようになった。大きな敵や遠距離攻撃を仕掛けるような敵も増えてきたが、狭い通路によって相手が大振りな攻撃は出来ず、遠距離攻撃中だと他の敵が攻められず、攻撃前にノークが敵を素早く斬る。おそらく、かなりの強敵だろう。
敵の種類もがらりと変わり、一撃で倒せなくなってきた。ゲームで言えば要所要所に出てくるボスと連続で戦う”ボスラッシュ”のような状況だろう。この世界のボスについて、ノークは知らないが。
リフィナ女王は、自分達のために戦い続けるノークの背中を見て、民には聞こえない声量で
「ノークは、もう十分にやってくれている」
「我々の想定を遥かに凌駕しています。ただ、同時に新たな問題が……」
「エギナがそれを問題視するのは、ノークを裏切ることになる。それを分かっていてか?」
「だから、悪者になるのは私だけが。もしくは、それに気付いた者が声を上げるかもしれません。ノーク様があまりも強すぎると、それは諸刃の剣に成り得るかと」
「まだ勝ったとは断言できない。ついに、元エースがお出ましだ」
狭い通路に現れたのは、魔族の元エース。つまり現在のトップツーが現れた。どんな見た目かと思えば、黒い魔女と表現すべきだろうか。モンスターというよりも人型に近い。二足歩行で、腕がある。魔法の杖のようなものを持っている。しかし、顔は人とは程遠く、龍のようだった。”ドラゴン魔女”とでも表現する。
ノークは一呼吸して、剱を構え直す。先手を取るには、もう少し相手が近づいてから。ドラゴン魔女が攻撃を仕掛けるかと思えば、立ち止まった。罠だろうか。何かの攻撃の準備か。ノークの頬を伝う汗。緊迫した時間。ヤツを倒せば、あとはエースを残すのみだろう。
ここまで一貫して、魔族は人語を喋らなかった。元エースも喋るような気配はしない。もしや、何かを召喚して戦うのだろうか。それならば、召喚される前に叩くべきだ。判断を誤るわけにはいかない。ノークは、ここまで無傷だった訳ではない。攻撃を受けて、傷を少なからず負っている。
足音が狭い通路の奥から響く。ヒールのようなコツコツと歩く足音。元エースの前を横切るように現れたのは……、ドレスを着た若い女性だった。
ノークの後ろで、リフィナ女王が「姉様!?」と叫ぶ。エギナの手を振り払い、リフィナ女王が段々と駆け足に。
リフィナの姉は、元女王。確か、大戦で姉が死去し、リフィナが女王の座に就いたと聞いた。死んではおらず、生きていたのだろうか。
しかし、気になる事がある。なぜ元エースであるドラゴン魔女は攻撃しないのか。リフィナの姉は、どうしてどの魔族からも攻撃されないのか。考えられる理由は、ひとつだろう。姉は敵だ。魔族同士が攻撃し合うことは、これまでも見受けられなかった。それに、姉は本当にリフィナの姉と同一人物なのだろうか。それこそ、他人の姿に変身できる魔族ならば、説明がつく。奇しくも、ノークが前世で戦った相手、ソイツが他人に成り済ますことが出来た。
ノークは、まさかそんな偶然があろうかと思いつつも、一目散に駆けるリフィナ女王の前を右手で遮った。リフィナ女王はノークに止められ、
「姉様が生きていたんだよ! 姉様は魔族じゃない」
「リフィナ女王様。下がっていてください。ヤツは、あなたの知っている姉であるとは限りません」
リフィナ女王は首を横に振る。そんなはずがない。目の前にいるのは、確かに自分の姉だと信じている。
エギナが遅れて、「リフィナ女王様。ここは下がりましょう」と、声をかけてリフィナ女王を止める。ノークに制止されているとは言え、強引に走り出しそうだった。
すると、リフィナの姉が声をかける。
「リフィナ。ごめんね」
と、謝った。ノークは、姉の後ろにいるドラゴン魔女の方も確認するが、動きはない。敵だと思われるが、流石に今の状況で斬ることはできない。姉ではないという確証が欲しい。
兵士や民達は、固唾を呑む。戦闘が中断して、3分ほど経過した。
「ごめんね」
と、また姉が繰り返す。最初は元気な姿を見られて嬉しかったが、リフィナは少し怖くなってきた。
「ごめんね」
また繰り返す。それしか言えないのか。悪寒がして、鳥肌が立つ。徐々に近づいてきて、2メートル程。
「姉様……なの?」
「ごめんね。姉さん、死んじゃったの」
冷たい笑顔を見せたかと思えば、目を見開きリフィナへ襲いかかる。ノークはすぐに剱を振ると、斬られた姉の右腕が宙を舞う。血が出ないことに気付いて、間髪入れずにもう一度剱を振る。技を出す余裕はない。姉は斬られたことに気付いて、リフィナへの攻撃を止め、後ろへと下がる。
「どうして?」
姉は斬られた腕を見る。ゆっくりと、瞳孔が開いたままの瞳が動き、自分の腕からノークの持つ剱の方へと視線が変わるのが分かった。
「なぜそれを持っている? この世界にないはずのものを……。もしや、お前は……」
姉の周りを黒い粒子が霧のように纏い、姿が変わる。目の前には、十代後半の少年が現れる。すると、ノークが苛立ち、顔つきが変わる。
「やめろ」
ノークの言葉に、少年は確信を得たようだ。どこからともなく、剱を取り出す。
「この姿は嫌か?」
少年が問うと、ノークは力強く叫ぶように
「他人の姿を騙るな!」
「どうした? 攻撃してこいよ。ケン」
紛れもなく、少年はノークのことを”ケン”と呼んだ。この世界でその名を知る者などいるはずがない……
ノークの目の前にいる少年は、嘗ての仲間の姿だった。名前はジン。
To be continued…
【登場キャラ】
・ノーク・シャルク。カノム(ケン)が転生。この世界の神から、この世界でのほぼ最大に近い力を受け取り、魔族からの解放を託されていた。それがアドバンテージとなり、多くの敵を薙ぎ払った。
・リフィナ女王。自分が恐怖を感じていたとしても、民を安心させるために毅然として振る舞うように頑張っている。
・エギナ。ノークの強さを頼っていたが、想像を遥かに凌駕し、強すぎるため、最強の味方が最強の敵にならないかと、心配し始めている。
・ドラゴン魔女。元エースであり、モンスターというよりも人型に近く二足歩行である。顔は龍のようである。
・魔族の新しいエース。リフィナの姉やジンなど、さまざまな人に姿を変えることが出来るらしい。なぜかケンの名前を知っていた。
・リフィナの姉。先の大戦により死去。
・ジン・バルヴァバード。嘗て、カノム達と共に戦った仲間。弟がおり、名前はニンという。しかし、2人とも戦いの中で命を落とした。
「第10章 転生の楔」に関して。
タイトルと同じ”転生の楔”にしましたが、次回に持ち越しかな。ジンだけではなく、嘗ての仲間についてですが、あまり登場キャラを増やすつもりはないので、出てくるのは今回のジンぐらいまでかなと思ってます。ジンとニンについては、次の本編で触れるため、書くならば次回ですかね。
ということで、次回も異世界パートです。




